麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

2年振りの温泉!東北旅行記<その1>


先週、金~日で2泊3日の東北旅行に行ってきました。
月曜日からは通常通りの5日間の勤務をこなしましたので、レポートの時間がありませんでしたが、週末ようやくPCに向かう時間ができました。
先週の東北旅行をレポートさせていただきます。

1日目:6月22日(金)

前日からの天気予報は、埼玉が雨で旅行先の岩手が曇り「塗れた傘を持ち歩くの、面倒くさいなぁ~!」と思いながら床に就きましたが、朝目覚めると雨音が尋常ではありません。
個人的には「晴れ男」でもないけれど「雨男」では絶対にない自信があったいわゆる「普通の人」のつもりだったのですが、今年3月に青春18きっぷで旅行し始めた頃から雨に祟られています。「病気のお蔭で、雨男になったのかなぁ~!?」と危惧しましたが、まだ旅行先が雨と決まった訳ではありません。気を取り直して準備を始めます。
でも雨音は数分ごとに激しさを増し、いまや「ゴー!」というくらいの激しい音に変っています。道を歩く人を見ると、台風の時のように傘が全く役に立たないようで、完全にびしょ濡れのようです。これは岩手の天気はともかく、「駅に着くまで大変な目に遭うぞぉ~! 最悪の場合、夕方までに花巻につけばいいのだから、出発時間を延期しようか… まぁ、何とかなるだろう!」なんて考えていました。
でも雨は一向に止む気配どころかまだまだ強くなる一方… これ、電車、大丈夫?と心配を始めるぐらいの天候になりました。

岩手の旅を満喫したい妻は、近所のタクシー会社に電話して様子を聞きます。駅までは徒歩10分の道のりですから、本来は駅まで行くのにタクシーを呼ぶなんてご法度とは言いませんが、個人的にはあまりしたくありませんが、この雨ならば仕方がないのでしょう。こんな時に障害者の身なりの私がいれば近距離のタクシーを呼ぶのにも比較的抵抗が少ないのかも知れません。
幸いタクシーは10分後には自宅に到着、タクシーに乗れば駅まで3分の至近距離ですが、車の中から見てもすごい雨です。
無事に駅に到着、自宅でも駅でも塗れずにタクシーに乗降できましたので、何と折り畳み傘を取り出すこともなく、列車に乗れた訳です。梅雨時期の旅行なのに、結局今回の旅行では傘を一度も取り出すことはありませんでした。前回、駅前の転倒からスタートした旅行に比べると、とりあえずラッキーな滑り出しでした。

幸いにも電車ダイヤは乱れることなく動いていました。(後で聞いたら、この日朝の東京のダイヤはメチャクチャだったとか… ここでも、本当に幸運でした!) タクシーに乗ったおかげで予定より数本前の列車に乗れたこともあり、本当は朝食のおにぎりを買って新幹線に乗り込む予定でしたが、30分ぐらい時間が余ったので、大宮駅内の神戸屋で美味しいパンとコーヒーにありつくことができました。
大宮駅の神戸屋は本当に久しぶりです。1年半ぐらい前、リハビリセンターからのリハビリの帰り道に菓子パンを買ってリュックで自宅に持って帰るのが日常だったので、その時以来です。

久しぶりの東北新幹線は大宮発8時22分の「はやて103号」。はやてという名前の通り大宮から仙台まではノンストップですが、仙台からは各駅停車で岩手県の各駅に停まる、まさに今回の旅行にはうってつけの列車です。花巻の温泉に泊まることは決めていたものの、それまでのスケジュールをまだ決めていなかった私は、岩手県の何処でも途中下車出来るように、1カ月前にこの列車の指定席を盛岡まで予約していました。

使っている切符は何度も書いていますが、JR東日本の「大人の休日倶楽部パス 東北スペシャル」。50歳以上対象のクレジットカード「大人の休日倶楽部」を持っている人限定の切符です。JR東日本全線に4日間乗り放題で、おまけに特急も新幹線も乗り放題、指定券だって6回までなら無料で13,000円というスグレモノの切符です。
50歳になる前から「50になったら必ず入ろう!」と心に決めていたこのクレジットカード。50歳になった翌日ぐらいにすぐ申込書を送りましたが、50になった8日後に脳卒中で倒れた私の手元にクレジットカードが届いたのは入院中。1年間は全く恩恵に浴せませんでしたが、昨年9月の五能線弘前旅行で初めて使うことができましたので、今回が2回目の利用です。
切符全体の設定期間が2週間ぐらいしかないので、「混雑するんだろうなぁ~!?」と想定しましたが… 今回、本当にこの切符のお蔭で大混雑でした! 以前からこの切符が出るたびに旅行をしている友人に聞いた後日談では、「年ごとに、設定期間中の混雑は激しくなる一方で、特に今年は凄まじかった。」とのこと。確かに、どこへ行っても平均年齢が異常に高い? 集団が目立ちました。

混雑のもう一つの理由は、今年4~6月にJRグループと自治体が共催するDC(ディスティネーションキャンペーン)が岩手で開催されていることです。
JRの全国DCとしては、岩手県、何と32年振りなのだそうです。32年前のキャンペーンと言えば「詩情豊かな岩手路」をテーマにしたキャンペーンで、私が岩手の一部(野田村)に一番通っていた年に開かれていた個人的には極めて思い出深いキャンペーンです。(もっとも、当時はDCの何たるかをあまり理解していませんでしたが…)
DCを岩手で開催することを決定したのは震災前のはずです。その後、震災があり復興があり、そして平泉の世界遺産決定もあり、「いわてDC」は思ってもいない盛り上がりを見せているはずです。
なので相応の混雑は覚悟しての出発でした。

余談が長くなりましたが、旅行記に戻ります。
予想通り「はやて103号」は完全満席です。それどころか、その後の新幹線も軒並み完全満席状態で、事情を知らないビジネスマンは「何で??」と不思議に思っていることでしょう。
乗り込んだ「はやて」には団体客がいて(というか我々夫婦の指定席が団体席のブロックの端)若い添乗員が忙しそうに動き回っています。私が最後に国内旅行の添乗員をやったのは… 2000年ぐらいのことでしょうか? いずれにしても添乗員の動きを懐かしく見ていました。でも「昔取った杵柄」でその添乗員の悪いところも見えてしまいます。勿論、見ず知らずのしかも他社の添乗員なので、何も言うことはありません。
大宮で新幹線に乗車した頃は相変わらず凄い雨でしたが、宇都宮を過ぎたころからは雨音も聞こえなくなり、仙台に近づくにつれて時折晴れ間も見えるようになりました。

仙台を出たはやては各駅停車になり、とたんに「ローカル新幹線」の風情になります。仙台以降の駅は昔懐かしい駅ばかりです。

古川駅…昔の私の受け持ちセールスエリア(県北)の中心部。当時、毎日のように車で来ていました。本当に懐かしい!
くりこま高原駅…私がいた頃にこの駅はありませんでした。当時地元が建設推進に熱心で、当時何にもない空き地にあった巨大な看板を思い出します。「ここに『栗原登米駅』を建設しよう!」
一関駅…東北に配属になった数少ない同期が勤務していた場所。よく遊びに来ました。同期が当時住んでいたアパートは当時駅の出入り口がない駅の裏。(なので駅に行くのに大回りする必要がありました)今では出入口は出来たようですが、相変わらず新幹線駅出口と工場の入口が直結しており、超ローカルです。

大船渡線に乗り継ぐ我々は新幹線を一ノ関駅で下車。はやての観光客のおよそ3割以上が下車したでしょうか… さすがに世界遺産効果です。数多くの人はそのまま平泉方面へ行く東北本線に乗車するようで、予想以上の混雑です。
我々が乗る大船渡線気仙沼行はたった一両で発車を待っています。でも大人の休日倶楽部パス効果なのかいわてDC効果なのかは?ですが、一両の列車なのに満席で座れない人が出るという状態です。すぐに新幹線から乗り換え列車に移動した我々は何とか席を確保できましたが… 乗客の大半は観光客の風情、なおかつ50代は超えている人が多そうです。やっぱり… なのでしょう。
 
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大船渡線の終着駅は大船渡市の盛駅なのですが、今の終着駅は気仙沼です。気仙沼~盛間は震災で線路が壊滅してしまい、まだ復旧の見込みはないそうです。でも気仙沼までは一両の列車は懸命にゴトゴトと走ります。頑張れ!大船渡線! 早く三陸鉄道と再び接続して!

20分ぐらいたって、我々の目的地「猊鼻渓駅」に到着。大半が降りるかなぁ… と思っていましたが、下車したのは1/3ぐらいの人たちです。この先、大船渡線に観光地はあまりありません。恐らく気仙沼に「震災地見学」に行く人たちなのでしょう。

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猊鼻渓駅から船下りの乗り場までは徒歩で10分程度。列車を降りたらすぐに猊鼻渓観光のメイン「船下り」の乗り場を目指します。
 
いつもより更に冗長な文章になってしまいましたが、続きは次回とさせていただきます