麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

紀伊半島一周の旅

青春18きっぷを利用した2024年春の鉄ちゃん旅最長の旅は、2泊3日での紀伊半島一周。とはいえ、紀伊半島はかなり大きいし各駅停車での紀伊半島一周は本数も少なくかなり大変なので、青春18きっぷの利用は最初の紀伊半島の玄関口である名古屋までの利用だけで、翌日の紀伊半島周遊には特急を利用したので、「青春18きっぷの旅」とはとても言えないため、単に紀伊半島の旅としてレポートを記します。

 

1日目:3月18日(月)

 

この日は青春18きっぷを使って紀伊半島の入り口である三重県松阪市までの旅。でも普通に東海道本線の各駅停車で名古屋を経由して松阪まで行くのはあまりに面白くないので、私が一度も乗ったことがない塩尻~名古屋の中央西線を乗りつぶすことをメインに、中央線を全線乗車することをこの日のテーマと決め、朝早く中央線の始発駅東京駅に降り立ち、旅のスタート。

最初の高尾駅までは中央線快速列車で1時間の旅。この中央線快速にも2024年にグリーン車が導入されるらしく、導入されれば是非乗ってみたいと思っているのですが、この3月の導入ではなく今年秋以降の導入のようなので、この区間は何の面白みもなく乗り慣れたロングシートにちょこんと座っての1時間。中央線快速には昔からよく乗っているとはいえ、実は高尾まで乗り通した経験はあまりなく、当然と言えば当然なのですが、周辺の通勤・通学の乗客が乗ってきては降り、何度も何度も入れ替わるさまが何故かとても面白く、外の風景ではなく周囲の乗客から彼ら彼女らの人生を空想して楽しんでいました。(決して変質者ではありませんので、念のため)

高尾からはようやく青春18きっぷの旅らしくなります。やってきた各駅停車は旅情あるボックスシートがある電車で、贅沢にも1人で4人用のボックス席を独占して窓からの景色を楽しみます。すぐに神奈川県に入りますが、すぐ近づく相模湖は視界が広がることもなく、あっという間に見えなくなって写真が撮れなくなるのは以前の旅でも経験済み。この区間の各駅停車に初めて乗ったのは昭和48年、中学3年の時友人と2人でカメラを持って甲府に昇仙峡を見に行ったのが最初です。そんなおよそ50年前のことを回想しながらの旅。あの時一緒に旅したM君、中学を出てからは一度も会っていませんが、今どこでなにしているのでしょうか…?
大月駅、特急列車に抜かれた向こうのホームには富士急行線が見えています。そのうちに乗りに行きたいとは思うものの、今は外国人ばっかりなのでもう少し円が上がって(戻って)外国人観光客の数が落ち着いてからにしようと思っています。

中央線らしい山並みがきれいに見えています。こんな景色が、見たかったんです!

東山梨駅、ようやく富士山を見ることが出来ました!唯一真っ白い帽子を被り、四方の山を見下ろすその様は、やがり”日本一の山”ですね!

その他も、この区間の山並みをのんびり見られて満足。中央線で来て、正解!

甲府では乗り継ぎ時間も短いため慌ててホームを移動しますが、次に乗る松本行きは甲府まで8両ぐらいあった列車の乗り継ぎ列車が半分の4両ぐらいに減ってしまったため、大混雑。旅情の全くないロングシートのほぼ全ての座席が埋まっていて、結構立っている人もいます。本来なら八ヶ岳が見える右側のボックスに陣取り、アルプスの山並みを楽しみたいと思っていたのですが叶わず、ようやく見つけた左側の優先席に何とか座り、旅情少なめの旅。その後降りる人もあまり多くなく、山並みも諏訪湖もゆっくり見ることはあんまりできずに中央線の中間地点である塩尻に到着。

塩尻からは未乗の中央西線。このあたりの区間は自家用車では何度も走っていて、時折すれ違う列車を見るたびに「いつかは乗ってみたい!」と思っていたものです。その何度かすれ違った普通列車と同じデザインの列車の座席は、ロングシートではなく進行方向を向いているので、景色を見ながら旅情を楽しむにはよい配置。因みにここからはJR東海の運行になります。

塩尻からの中央西線木曽路木曽川に沿って山深い地域を走ります。塩尻から並走する国道19号線を走り、奈良井宿に行ったのは2015年。その時には、その後に上高地に行ったことをとても懐かしく思い出しました(その時の投稿はこちら)が、列車は奈良井駅に停まった後、奈良井宿はあっという間に通過してしまいます。
旗挙八幡宮も一度は行ってみたいとずっと思っている史跡。何故か親近感を覚える木曽義仲の時代をいつかは偲びたいと思っているのですが、鉄道の旅では「ここにあるのかぁ~…」と認識するのが精一杯。

「木曾路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」この有名な島崎藤村の夜明け前の冒頭がこの景色を見ると、”その通りだなぁ…”と思い出され、藤村の表現力に改めて感服します。決して藤村ファンではない私ですが、この名作を読んだ中学(もしかしたら高校?)時代を思い出します。

中央西線は本当に木曽川に沿うように走ります。このあたりは木曽川の水量の多いところなのか木曽川に作られたダムなのでしょうか…? 確認できないままに列車は先を急ぎます。

この列車の終着駅は中津川。ここで中央西線のローカル線の旅が終わり、ここからは名古屋近郊の快速列車の区間です。

長い中央線の最初と最後の区間が同じような都市近郊の快速列車なのが何となく不思議な感じです。ロングシートで然程旅情は感じられないのですが、見たことがない景色を楽しみます。

瑞浪、多治見、高蔵寺など一度は降りてみたいと思っている街を通過、特に多治見は何故か昔から時刻表上で親しみがある町なので、次回こそ降りてみたいと思います。高蔵寺愛知万博の会場へのアクセス駅として覚えた駅で、この駅ではその時の仕事を思い出しました。(因みに、結局愛知万博には行けませんでした。)名古屋に近づくにつれてだんだんビルも多くなり、定刻通り16:37に名古屋駅到着。

この日の泊りは松阪市に設定しているので、名古屋から後1時間ローカル線に乗る必要があります。JRはやや遠回りなルートなので時間が掛かりすぎるし、JRを走って途中伊勢鉄道を走る「快速みえ」に乗ってもJR以外の乗車券代が掛かるようだし、おまけに次の「快速みえ」の出発は1時間後で、何となく旅情は味わえそうにないし… と考え、急遽昔から憧れていた近鉄特急に乗ることにして、急ぎ近鉄駅で間もなく出る特急の指定券を購入。

30分に一本程度出ている有料の近鉄特急ですが、その利用者の多さにはちょっとビックリ。私の横の席はずっと空いたままでしたが、前の座席は四日市と津で乗客が降り、そのたびに次の乗客がその席に座ります。つまりたった1時間で3人の乗客が1つの座席を使うなんて関東圏の有料特急ではちょっと考えられない運用ですね。近鉄特急の1時間はそんな意味でもとっても新鮮な1時間でした。

松阪に泊まった理由は、松阪牛ならぬ松阪鶏を楽しむため。松阪には2019年夏に台風の前日に泊まり、松阪牛回転焼肉を楽しんでいます。(その時の投稿はこちら)今回は、松阪牛を食べるまでの予算がなかったのと、鶏肉が苦手な妻と一緒の時には絶対に食べられないだろう隠れた名物の「松阪鶏」を楽しむための宿泊です。東横インすぐ近くの「だるまや」が目星をつけていた店。

1人なので予約はしていなかったのですが、カウンターの最後の1席に何とか座ることが出来ました。その後も何組かの方が来店され、入店できずに諦めてトボトボと帰っていかれました。流石は、人気店ですね!

網で焼き、味噌だれで食べる松阪鶏はとってもまいう~!

想像したよりしつこくなく、鶏の味を引き立ててくれます。鶏焼肉を堪能して、最後は「お店の名物」と書かれたカレーまで食べてしまいました!

2日目:3月19日(火)

 

この日は紀伊半島周遊の日。紀伊半島はとっても大きいので各駅停車でのんびりと走ったのではとても1日では回り切れそうにないため、今日は特急列車を乗り継いで紀伊半島反対側の和歌山駅までの旅。最初に乗る予定の特急南紀号は松阪駅9時過ぎの出発なので、その時間まで東横インでのんびりしていてもいいのですが、恐らく早く目覚めてしまい朝から時間を持て余すであろうという自分の予想通り7時には朝食も食べ終わって暇になってしまったため、7時半には宿をチェックアウトして、特急の時間まで1時間強の松阪市のぶらり散歩。松阪市内は、前回の訪問時に観光をする予定でしたが、その際には台風で市内観光どころではなかったのですが、事前に見どころをいろいろと検討したことを何となく覚えています。この日も数時間あればゆっくりと市内を見たいのですが、1時間強なので本当にただ歩くだけで終わってしまいそうです。

最初に見えたのは松阪牛の名店「和田金」。前回、松阪牛を食べるならここかなと眼をつけていたのですが、流石に真夏のすき焼きには食指が動かず、訪問を見送ったお店。

そのすぐ先には三越のライオン像の原型が。かって三井大豪商の屋敷があり、「豪商のまち松阪」の入口&シンボルだそうです。

朝の散歩のゴールと決めていたのは松阪城址の入口。中には入らずに今度は別の道で駅までのんびりと戻ることにします。

本居宣長の宮と記念館もあります。勿論記念館を見る時間はありませんが、記念館を見ても本居宣長国学の研究なんて何にもわからないでしょうね…

御城番屋敷 ここだけはのんびりと見たかったのですが、この日は火曜日で定休日なので見学は叶いません。和田金の松阪牛とともに、3度目の目標ですね。

約1時間半の散歩を終え、松阪駅へ。定刻通りに名古屋から走ってきた特急南紀号の指定席(勿論海側!)に乗り込みます。

JR東海の特急南紀号、最初の1時間以上は海沿いではなく田園風景と山岳風景の中を走ります。途中「紀伊長島」の名前を聞いたので、「紀伊、え~もう和歌山県なの?」とかなり驚いたのですが、この紀伊長島は”紀伊”といえどもまだ三重県なのだそうです。紀伊半島の地理は、和歌山県飛地があったり奈良と3県の県境が微妙に絡まり合ったり、素人の私には理解が難しそうです。

紀北町のあたりからようやく海が見え始め、熊野からは期待通り海沿いを走ります。

この辺りからは線路と国道42号線とが海沿いを交互に走り、過去2回のドライブでも「次は列車でのんびりと海を眺めたい」と念じながらハンドルを握っていた場所。

新宮で三重県から和歌山県になり、JR東海からJR西日本に移った次の停車駅がJR東海の特急南紀の終点である紀伊勝浦。次に乗る特急列車まで約2時間あるので、紀伊勝浦の駅前をとぼとぼと漁港まで散策してみます。

港の先には2015年に左手をケガして色々と大変だった思い出の宿「ホテル浦島」が見えています。(その時のブログはこちら)懐かしい~!

漁港の市場でお昼を食べるつもりでいたのですが、何と市場は定休日のようです。残念!

仕方がないので、駅と漁港の道にあったマグロ専門店「竹原」に入り、マグロ定食@1,650円也をいただきます。

でも、このマグロ、流石にマグロの町である那智勝浦、本当に旨かったぁ~!

まだ次の列車までは時間があったので、駅前のレトロなお土産屋さんに入り、私の大好きな「那智黒」をはじめいくつかのお土産を3月まではまだ籍がある職場に送ります。この旅行の翌日に私の送別会をしてくれるとのことなので、最後に職場に行くためのお土産です。

紀伊勝浦駅で特急列車を待つ間に印象的だったのはこのポスターがまだ残っていたこと。訪れた1週間前にすぐ近くの串本で打ち上げに失敗して打ち上げ後すぐに爆発してしまったロケット… その時のニュースの記憶がまだ生々しかったので、このポスターを涙なしでは見られませんでした。次回こそは成功しますように!

次に乗るJR西日本の特急くろしお号は沿線の目玉南紀白浜のパンダをイメージした特急列車。

今回も進行方向左側の指定席に陣取り、目に前に広がる太平洋の景色を堪能します。

沿線には過去の旅で立ち寄った太地、串本などの懐かしい地名が続き、とっても嬉しい時間だったのですが、列車から見えるかなぁと期待していた橋杭岩は、残念ながら見えませんでした。これらの写真は特急列車内で撮ったものですが、この海の近さ、感じていただけますか!? 

紀勢本線はやっぱり素晴らしい!

沿線の観光中心駅南紀白浜で殆どの乗客が入れ替わります。この特急は新大阪行きなので、白浜で温泉とパンダを満喫したファミリー客でほぼ満席となり、車内は関西弁と笑い声でかなり騒がしくなります。紀伊田辺、御坊などの懐かしい名前と景色を楽しみながら16時過ぎに予定通り和歌山駅に到着。
和歌山に降り立って宿泊を決めた目的は、自分的に大好きな「和歌山ラーメン」を満喫するため。まずは和歌山駅から市内をトボトボと歩き、一度は食べてみたかった和歌山の有名店「井出商店」を目指します。

5時過ぎなので人気店と言えども井出商店には行列はありませんでしたが、空席は1席しかなく最後の空席に何とか滑り込みます。 井出商店を食べるのは、新横浜のラーメン博物館以来凄く久し振りでしたが、やっぱり旨い!

店を出るタイミングでは、数組の待ち客の姿がありました。
和歌山駅前のホテルとビジネスホテルの中間のような宿に投宿。中途半端な時間にラーメンを食べたので何となく居酒屋などを探す気にもなれず、ホテル内のレストランでチキン南蛮定食のご飯を食べずにおかずだけをビールで流し込んで夕食としました。

3日目:3月20日(水)

 

この日は朝食も食べずにホテルの部屋でのんびり。その理由は10時の開店を待ってもう1つの人気店での和歌山ラーメンを食べるため。それでもあまりに暇すぎたので、小雨と強風の中和歌山駅まで行ってみますが,、何故か駅中が騒然としています。どうやら強風のため紀勢本線の一部列車が運休になっているようです。私の予定にはあんまり影響がないとはいえ、何となく嫌ぁ~な予感がしました。
10時まで時間を潰し駅前の近鉄デパートに10時に開店と同時に入店。目的は、このデパートの地下にある和歌山ラーメンの名店「清乃」の支店に行くため。はじめてのデパートなので地下へ降りてからお店まで少々迷いましたが、何とか3人目で食券を買うことが出来ました。

でも、食べ終わって出るときには行列が…

名店、清乃… 2019年にも本店に何とか行きたいと様々検討し結局諦めた経緯がある憧れのお店。はじめての味は… やっぱり大好きな和歌山ラーメンのNO1を井出商店と争うとも噂される通りとっても美味。駅前のデパートにこんな美味しいラーメン屋さんがある和歌山市民が本当に羨ましくなりました!

この日は関空発の午後のフライトをマイルで取っているので、フライトの時間まで時間はたっぷりあるのですが、雨と風で何もしたくないような天気です。とりあえず鉄ちゃんとして一度も行ったことがない南海の和歌山市駅に行きたいと思い、バスで和歌山市駅に向かいます。途中、和歌山城が見え一瞬降りようかとも思ったのですが、この悪天候ではお城の散策もできないので降りても仕方ありません。初めて見る和歌山市駅もあまり時間をつぶせる場所もなさそうなので、停まっていた南海電車につい乗ってしまい関空を目指すことに。

(南海)和歌山市駅 この時は小雨でも晴れていて、強風!

2000年(頃)に仕事で来て以来の関空は大混雑。とりあえずどっかに座って軽く腹を満たしたいと思っても、レストランもフードコートも大混雑。仕方がないのでりんくうタウンまで1駅戻り、フードコートで本場であろう(=絶対旨い)ことを信じ買ったタコ焼きを食べていると、JALからメールが入ります。「強風で飛ばないかも。飛んでも羽田で降りられずに関西に戻るかもしれません。」

とりあえず関空に戻ろうとすると今度は関空行きの列車ダイヤが強風の影響で大幅に乱れていて、次の電車はいつ来るのか? という状況。それでも何とか関空まで行けて、何とか飛び立ったJALは何とか羽田に降りられて、”やれやれ”と安堵したのですが…
この日の悲劇は最後の最後に。自宅まで帰る宇都宮線に乗っていると、隣駅蓮田駅で「強風で利根川の橋を渡れないため、運転を見合わせます。」とのこと。隣駅まで歩けば1時間半ではありますが、結構疲れているし駅前にはタクシーも見つかりません。仕方なく動き出すのを待っていて、結局1時間半後に宇都宮線は動き出したのです。
こんなことなら、すぐに歩き始めておけば良かった… 朝、和歌山駅で感じた不吉な予感が、ここまで戻ってきて現実になるなんて思ってもいませんでした!