麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

北海道グルメ2024<その3:道央・道北>

8日目:6月17日(月)

 

この日は大雪山を観光しながら旭川に向かう一日。行程上、今回の旅で最も晴れてほしい日ではあるのですが、今日と明日の天気予報は雨予報で、”北海道の屋根”大雪山の眺望はあまり期待できそうにありません。そんな訳で観光にはあまり期待できない日なので、相変わらず肩の凝りが激しいため大都会旭川に早く着ければマッサージが受けられるのではないかと朝からネットを検索し、旭川駅前のイオンモールの中に全国チェーンのマッサージ店がありネット予約ができるので、今日4時からのマッサージを予約してこの日の観光のスタート。
大雪山に向かい演歌でも有名な石北峠を超えます。大雪山は午前中から雨予報なのですが、ありがたいことにまだ雨は降り出してはいません。一旦、大雪湖脇の三差路を左折して帯広方面に向かい、最初の目的地は「三国峠展望台」。これだけ北海道に来ている私なのになぜかこの道は初めて通る道なので、この「三国峠展望台」も勿論初訪問。

曇天なので山並みは見えないので、とりあえずきれいな山並みは次回までお預け。全部最高の景色が見えてしまったら次に北海道に来る理由がなくなってしまいますから!

この後、もう少し帯広方面に進んで松見大橋の写真が撮れそうなビュースポットを探してみましたが、大昔乗った士幌線の終着駅あたりのかなり遠くまで来た感じなのに見つからないので、諦めてUターンして戻ってみると、三国峠のすぐ近くにビュースポットがあって、多くの方が写真を撮っているではありませんか!? 駐車場も満車で駐車もできず、結局松見大橋の写真は撮れずじまい。でも、ここにはもう一度来るのですから場所が判ったことだけで満足することにします。
次に目指したのは懐かしの層雲峡温泉街の黒岳ロープウェイ。層雲峡温泉といえば昔の北海道への団体旅行の定番温泉街で、昭和58年6月に初めての添乗員として最初に泊まったのがこの層雲峡温泉だったことも懐かしい思い出。お客さんから「北海道なのに、メシがマズい!」と酷評されましたが、精算の時に料金を見ると1泊2食付きで一人6,000円。いくら40年前といっても、一流ホテルで温泉もあって@6,000円では、旨い飯まで期待するのはいささか無理があるような… (でもこの旅行、その後は素晴らしかったので全体的には皆さんにご満足いただけた記憶があります。)ロープウェイに乗るのはいつ以来なのでしょう? デジャブ感はあるので初めてではなさそうですが、正直いつ以来なのかは全く思い出せません。

ロープウェイに乗り黒岳7号目まで。展望台に上って大雪山の景色を楽しみます。

本来なら、この先にあるリフトに乗ればもっと素晴らしい大雪山の景色が見えるのでしょうが、上を眺めても雲がびっしり掛っているので眺望は全く期待できそうにありません。おまけに天気予報通りいよいよ雨が降り始まったので、上に行くことは諦めてロープウェイを降りました。

青空が見えているところもあるのに...

層雲峡最後の観光は、有名な2滝。まずは流星の滝。

続いて、銀河の滝。

相変わらず素晴らしい2つの名瀑を満喫!

旭川市内繁華街のホテルにチェックイン。早速私は路線バスで旭川駅を目指し、駅隣接のイオンモールにある予約したマッサージ店へ行き、予約の4時に丁度良く到着。今回、阿寒湖・根室旭川と3回のマッサージを受けましたが、その結果ようやく何とか回復することが出来ました。マッサージ代は3回共各1時間の施術で、1万円、3千円、6千円と合計で2万円近くを散財してしまいました。このお金で、もっと北海道の旨いものが食えただろうにぃ~!
妻は旭川市内の喫茶店を探して、ケーキとコーヒーを愉しんだようです。

この日の夕食は2014年にその味を満喫した居酒屋天金。

6時の予約ではまだまだ明るい

2014年には予約効果で1階の個室に案内され、雰囲気・味とも最高な旭川グルメを満喫しました(投稿はコチラ)が、この日は10年前とは比べ物にならないくらいの大混雑! 勿論今回も1か月以上前に予約はしていたものの、案内されたカウンター席は6組全員が同じ6時スタートの予約客! また、予約のないお客さんが建物内の階段にずらっと並んで席が空くのを待っているのです!(その数、ざっと15人以上!)
でも、味は10年前と同じで最高! まずは、刺身盛り合わせ。

大好きなアスパラ。

バター炒めの次には天ぷらでいただきます。

私の大好物の北海道珍味、氷下魚(コマイ)。旅館では絶対に食べられない味!

でも、今日のおすすめで期待して頼んだ「増毛産ウニ」だけは、アレッ?って感じ。

明後日からは日本海側に入り、いよいよ待望のウニが味わえると思ったのに... 色も味もあの増毛産のウニとはとっても思えない… 少し不安になりましたが、とはいえ10年振りの居酒屋天金を満喫しました。
やっぱり、旭川の夕食はここですね!

 

9日目:6月18日(火)

 

この日は天気も悪いので、午前中はのんびりする日。いつも通り夜早く寝て朝早く目覚めた私は、ホテルから散歩してのんびり旭川駅まで

旭川駅… 昔とは全く違う風景!

学生時代、24時間営業の旭川駅には本当にお世話になったものです。稚内・網走などに夜行急行が走っていたので、0時過ぎまで待合室で列車を待ってから夜行急行に乗ったり、明け方まで待合室で寝てから、深夜の上り列車で札幌に向かったり… でも、旭川駅にあの頃の旭川駅の面影は微塵もありません。ホームに上がって特急列車オホーツクを眺めてみます。

のっ、乗りたい!

突然、「そうだ、やっぱり北海道でも電車に乗りたい!」という強く思い至り、「次の大人の休日倶楽部パスの発売(9~10月)には、北海道に行こう!」とこの時に考え始めます。今年の秋には実施したいと考えていますが、果たして実現できるでしょうか?
一旦ホテルに戻り、妻お気に入りの「宮越屋珈琲」の旭川店でモーニング珈琲をいただきます。この宮越屋珈琲は公式HPに店舗紹介がなかったので直営店ではないようなのですが、朝から美味しいコーヒーをいただきました。

宮越屋珈琲の玄関

朝昼兼用の食事はここも2014年に行った回転寿司店トリトン」にて。2014年は開店直後に行きギリギリで席を確保できたという自身の投稿があったので、今回は11時すこし前の到着を目指していたのですが、宮越屋珈琲でのんびりしすぎてしまったため、到着は11時のほんの数分前、慌てて順番の最後尾に並びますが…

10年振りの旭川トリトン

開店して順調に席に案内されていましたが、我々の順番になると、「お待ちいただきます。待ち順番1番です。」との非情な通告。平日の開店前に並んだのに、まさか待ちだなんて… 本当に凄い人気の回転寿司ですね! 流石に前のお客さんたちも皆寿司をゆっくりと満喫しているようで、結局30分近く待つ羽目になりましたが、人気なだけありやっぱりトリトンの寿司は最高でした!

やっぱり、まずは名物ホタテ!

一番人気のホタテをはじめ、本当に旨い魚のオンパレード!

私は以前「回転寿司では、なごやか亭が(北海道)NO1では?」と投稿した記憶がありますが、少なくとも「トリトン、なごやか亭、根室花まる」の御三家(私が勝手に認定したもの)の中では、順位は付けられないのでは…? と、思うようになりました。

この頃になると、天気予報通りかなり激しい雨が降り出しています。今回、北海道に来てから初めての豪雨です。とりあえず雨を凌ぐために旭川高砂酒造でお買い物。

高砂酒造

試飲が出来ない私が酒蔵に来る目的は、土産用の日本酒(ここのお酒「国士無双」は意外と私好み)を買うことに加えて、ここの名物「酒粕ソフトクリーム」。目的通り日本酒のお土産を自分用に仕入れ、酒粕のソフトクリームも満喫!

旭川を出て、今日の宿がある道北の美深に向かいます。旭川から美深に向かう途中、士別にある「世界のめん羊館」などを観光する予定にしていたのですが、この豪雨の中での牧場見学は現実的ではありません。代案としてはその先の名寄の天文台なども考えていたのですが、今朝その天文台のホームページを覗いてみると「途中の道で、ここ数日連続して熊の目撃情報が寄せられている。」という注意喚起が… そんな注意喚起の中でまでわざわざ行く程魅力的な天文台とも思えなかったので、結局どこにも行くことなく美深を目指したのですが… 最初は高速道路道央道を走っていたのですが、あまりの雨の激しさに高速を走ることを躊躇い、慌てて一般道に降りて稚内に向かう主要国道40号線をのんびりと走ります。途中、ナビの天気予報機能が「5分後、この先で豪雨があります。」と突然の緊急事態宣言のようなものが数回発せられ、まだこの車とこのナビに慣れていなかった私は、おおいにビビッてその都度スピードを緩めたりしながら、何とかドライブを継続します。(ナビのこの機能ですが、その後雷雨の時には結構頻繁に警告が発せられることが判り、今では警告にいちいちビビることは無くなりましたが、この時はこの車に乗り換えて初めての警告だったので、実はかなりビビりました!)
何とか今日の宿びふか温泉に到着。ここに宿泊する目的は、美深で養殖しているチョウザメ料理を楽しむことなのですが、雨もかなり小降りになってきたので、施設内にある「チョウザメ館」でチョウザメをいただく前にチョウザメの養殖を見学。

チョウザメ

たくさんのチョウザメが狭い水槽内に押し込まれて生活しており、あまりに窮屈そうで少し可哀想になりました。故郷のロシアならだだっ広い湖や川の中で悠々と暮らせるだろうに…
宿の夕食は「チョウザメ堪能プラン」。実はこの宿のこの料理、2020年に最初に予約してから3回予約してその都度コロナ事由でキャンセルしていたのですが、今回が「4度目の正直」。

チョウザメ堪能プラン

ところが、予想より遥かにキャビアが少なく、とても”チョウザメ堪能”とは呼べない感じ。

キャビアはたったこれだけ… 堪能??

食堂も大衆食堂のような雰囲気で、結構安っぽい作りと大衆食堂並み(またはそれ以下)のサービス。40年前から悪いイメージのなかった美深に、初めてマイナスのイメージがついてしまいました。

 

10日目:6月19日(水)

この日は前日とうってかわって好天気。

びふか温泉の全景

いよいよ日本海岸に行き、今日からは待望のウニを満喫するぞぉ~!と元気モリモリ。美深からやや北上して音威子府へ。2015年に音威子府の駅でそばを楽しみ、「『また、来ます!』と言ってはみたものの、今度来るときはもうあのお店はないだろうなぁ~」と心の中では思っていたのですが、残念ながら予想通りもうお店はありません。(その時の投稿はコチラ)お店があれば、宿の朝ご飯をパスしてでも絶対食べたかったぁ~!
音威子府からは、進路を西方面に変えて日本海を目指しますが、最初は「雲一つない」好天気だったのに、日本海が近づくにつれて徐々に雲が多くなります。「え~っ、これじゃあ利尻富士、見えないじゃん!?」と落ち込みながら日本海岸に着き、今回「利尻富士が見えるとしたら、ここしかない」と当たりを付けておいた「道の駅えんべつ富士見」へ。

今回の旅の最北地点

上の展望台に行ってみますが、残念ながらやっぱり利尻富士は全く見えません。  (波田陽区風に)ザンネン!!  今回はここが旅の最北地点で、この後は利尻富士からは離れるだけなので、この旅では利尻富士は見られずに終わります。同様に2015年の旅でも利尻富士はその姿を出し惜しみされて全く見られなかったので、貴重な利尻富士の眺望は前回(2022年)の時だけ。(その時の写真はコチラ)でも、2022年の時にたっぷり見られたので、今回見られなくてもあまりフラストレーションは溜まりませんでした。(という、負け惜しみ)

これからは日本海岸を南下。2年前に北上したコースを逆に走ります。2022年に昼食にフグを食べた初山別村、今回はフグではなくソフトクリームを食べるつもりでしたが、何故かソフトクリーム屋さんは閉まっています。2年振りの羽幌の町に着き、まずは2年前にも来たコインランドリーでこの旅2回目の洗濯。今回、本当に殆ど長袖を着ていないので、半袖のシャツはフル稼働ですが、長袖はどれも1回も洗濯しませんでした! 羽幌のコインランドリーには北九州ナンバーのオープンカーに乗ったカップルも同様に洗濯をしていました。我々より遥かに遠い北九州からの旅… 「お互いに、よい旅しましょうね!」と心の中でエールを送ります。
羽幌での昼食は有名店「北のにしん屋さん」にて。羽幌では前回、朝食を「浜のかあちゃん食堂」で食べ、昼食を小平(おびら)の超有名店「すみれ」で約2時間並んで海鮮丼を食べたのですが(その時の投稿はコチラ)、今回の北のにしん屋さんで羽幌周辺の有名店はほぼ制覇です。 まだ12時前だったのですが駐車場激込みで、数分経って空きが出たスペースに何とか駐車。

食券販売機では、「うに丼」は売り切れ。仕方なく私は名物の「はぼろ丼」をいただきます。

やっぱり羽幌の海鮮は美味しい!

前回同様羽幌のエネオスでガソリンを入れ、羽幌の観光は前回しているので留萌方面に車を走らせます。留萌に近い臼谷漁港というところがホタテ等が安くておいしいというので向かってみますが、お店はどこも閉まっている感じ。

臼谷漁港

山田漁業部というお店のドアを開けて作業をしているおばあさんに尋ねてみますが、「今日、お祭り(イベント?)があったんで、ホタテは全部売れてしまったの。だから売れるものはありません。ゴメンね。」と、申し訳なさそうに言われます。妻とは「ホタテは、夜食べるからいいね?」と言って、臼谷漁港を諦めます。
その後、道の駅で日本海を眺めてから今日の泊りである苫前町の温泉宿「とままえ温泉ふわっと」へ。この宿に素泊まりで宿泊したのですが、この宿がとってもユニーク。我々が予約していた部屋はキャビンタイプの部屋だったのですが、部屋の中に3つのシングル個室があり、お互いが別室で眠れます。

このようなシングルルームが3つあります。

冷蔵庫などは1人1つありトイレもちゃんと(3人で1つ)あるのです。この部屋に2人で泊まるのに2人の宿泊料が何とたったの6,000円。つまり一人当たり3000円で、ユースホステル並みの値段! これで温泉にもちゃんと入れるのですから、最高の宿です! 早速、とままえ温泉を満喫!

このスペースに冷蔵庫や荷物置き・ハンガー等もある!

この日の夕食は、車で約20分走って小平町の超有名店「すみれ」の再訪。2年前にはお盆のピーク時だったとはいえ11時前に行って2時間待ったあのお店です。

2年振りのすみれ

夜の営業は5時からということで5時に行ったところ行列は全くなく、口明けでお店に入れたのですが、冒頭から「スミマセン。本日、ウニはありません。」 温暖化の影響で本当にウニは取れないのだそうです。仕方がないので、私は(ウニなしの)海鮮丼。

やっぱり、海鮮丼の盛りと鮮度は凄い!

妻は「ホタテ・いくら丼」をオーダーしたところ、「スミマセン。今日、ホタテもないんです!」。これも臼谷漁港のお祭りの影響なのでしょうか? 仕方がないので、妻はイクラ丼で我慢。

イクラ丼で我慢」なんて超贅沢ですよね!?

この旅で唯一のアルコールなしの夕食だったので、セイコマートでアルコールを仕入れて部屋で晩酌。6,000円なのにオーシャンビューの部屋からは日本海に沈む夕陽が見られます。

左側の島が天売島

部屋からは2年前に楽しんだ天売島(左側)と焼尻島(中央)が見えます。このまま沈めば丁度焼尻島に夕陽が沈むとお酒を飲みながらずっと眺めていましたが、残念ながら最後の最後に雲がかかってしまいました。

焼尻島に沈む夕陽

 

北海道グルメ2024<その2:道東グルメ>

6月24日に北海道から埼玉に帰ってきて間もなく1カ月が経つのですが、実はブログの投稿はそっちのけで、”夏休みになる前に”と、あちこちに旅行をしています。先週(7月前半)には思わぬトラブルに巻き込まれてしまったのですが、旅行記はあくまで日付順ということで今回のトラブルも徐々に投稿させていただきます。まずは、北海道の続きです。

 

4日目:6月13日(木)

 

この日は厚岸でのカキにリベンジした後、かれこれ40年以上前からこのあたりに来た時は必ず泊まっている民宿霧多布里へ。まずは朝から昨日は女性用だったあかん鶴雅1階の大浴場に15年振りに入浴。やっぱり、上のお風呂とは違って1階のお風呂は本当に大きくって素晴らしい! 写真がないのが本当に残念です。
この日のメインであるランチに備えて、鶴雅のビュッフェ朝食は軽めにいただきます。でも、予定がなければガッツリ食べたいような豊富な品揃えでした!
ゆっくり鶴雅を出て、釧路経由で厚岸へ向かいます。釧路周辺では鶴公園や北海道の動物が集まっているという釧路市動物園なども見学候補に入れていたのですが、鶴雅でのんびりし過ぎててしまったためそれらの観光はせずに、結局向かったのは何度か訪問経験がある釧路市湿原展望台。

ここから本来なら釧路湿原見学コースを歩いて見学すれば湿原の素晴らしい景色が見られるのですが、今日は展望台からの展望だけにして散策はカット。展望台からの景色は…「あれ、こんなもんだったっけ?」 昔は、もっと湿原が見えたような記憶があったのですが…

その後、釧路市内を通らずに今日のメインの厚岸へ。2年前、「カキを食うぞぉ~!」と、勇んで厚岸に来てみたら貝毒検査により厚岸のカキ全体が提供中止になっているというカキ大好物の我々夫婦にとっては信じられないような不幸の瞬間に遭遇(その時の投稿はこちら)したので、そのリベンジをすることが今日のメイン。厚岸について、まず向かったのは海産物(カキ)の直売所であるエーウロコ。

エーウロコ ここに来るのも久し振り

ここは販売・全国発送がメインの直売所ですが、イートインコーナーがあるので、イートインコーナーが今回の我々の目的。今回は貝毒もなくカキはちゃんと販売されているようですが、イートインコーナーではレンジでチンした蒸しガキのみで生ガキはNGなのだそうです。確か数年前には生ガキをイートインした記憶があるのに... 仕方がないので、ブランド厚岸カキのマルえもんの3Lサイズのカキを買い、イートインコーナーのレンジでチンしていただきます。

やっぱり、厚岸のカキ、最高~!

とはいえ、イートインの蒸しカキだけでは満腹にはならないので、次に向かったのは厚岸に来るといつも必ず訪れる道の駅「コンキリエ」。

コンキリエ

ここでの定番は海鮮BBQが楽しめる炭焼炙屋で、我々も来るたびに毎回ここでカキをガッツリ食べているのですが、今回は珍しくレストランをチョイス。その理由は、妻の「カキフライが食べた~い!」という一言。確かに、新鮮な厚岸の大型カキのカキフライは旨そうです。レストランで妻はカキフライ定食、私はカキフライカレー。

確かに、厚岸カキのカキフライは信じられないくらい旨い!
勿論、追加オーダーで生ガキもいただきます!

厚岸のカキを満喫、2年前にも食べたソフトクリームまで満腹のお腹に押し込んでから、霧多布までの海沿いの道をドライブ。この道を通るたびに毎回野生のシカに遭遇するのですが、今回は鹿にも会えずにだんだん霧が濃くなってきたタイミングで懐かしの地琵琶瀬展望台到着。

濃霧の琵琶瀬展望台

その後霧多布湿原も楽しみます。

今日の宿は大学3年、21歳の時から来ている民宿「霧多布里」。途中、長~いブランクはあるものの、かれこれ43年間通っていることになります。40年以上前には東京で呑んで宿主の田無の自宅にも泊めてもらったこともあり、いまだに懐かしく思い出します。この日の夕食は「追加料金を払うので、旨い海鮮を食わせてください。」とお願いしていたので、他の宿泊者の豪華なお刺身に加えて、追加の刺身と道東の至宝であるメンメ(キンキ)の煮物も満喫しました。

でも、この宿では何となく美味しい料理の写真を撮る気になれないのは何故なのでしょう…?(家にいるような感じだから?)

 

5日目:6月14日(金)

 

今日は根室に泊まって昼・夜共に根室のグルメを楽しむ日。昨晩泊まった霧多布里、43年間この宿は一泊で出たことはなかった(必ず、2泊以上はしていた)のですが、今回は初めて1泊で出ることになりました。毎度のように、「また、来ます!」と元気に挨拶して宿を後にします。「宿がいつまで続くのか…」とか、「自分はあと何回北海道に来られるのか」 などそろそろそんなことを考えるようになってきた64歳の私… あと、何回霧多布里に来られるのでしょうか!?
昨晩、「霧多布岬で、野生のラッコが見られるかも!?」ということを知り、根室に向かう前に霧多布岬に向かってみます。この岬にも霧多布里に来た回数と同じくらい来ていますが、勿論野生のラッコなんて見たことはなく、私の中では「ラッコなんて水族館でしか見られない珍獣」だと思っていたので、野生のラッコ目撃情報には半信半疑で岬へ。車を停めて岬突端まで歩いていくと、途中カメラマンと数人の観光客が海を眺めています。どうやら、野生のラッコ、見られるようです! こんな時のために数年前に大枚をはたいた双眼鏡でカメラマンに教えられた通りの方向を覗いてみると、確かに遠くながら野生のラッコが2匹見えます! おまけに1匹は子供ラッコを腹(?)に載せており、実際には3匹いて、双眼鏡で食い入るように見ていると、やがて親ラッコは子供ラッコを「泳ぎの練習」とばかりに海に放します。ここでカメラに切り替え、3匹の野生のラッコを望遠機能で何とか撮影することが出来ました!

カメラで撮った3匹のラッコ

私のカメラ&スマホカメラで望遠を最大級にして撮ってみますが、残念ながらこれが限界です!

スマホで撮った3匹のラッコ

昭和の時代、ラッコをアメリカに見に行くツアーパンフレットの「アメリカ西海岸では、ラッコも、海の野生児なんだ!」というキャッチフレーズを興味深く眺めたことを、数十年振りに懐かしく思い出しました! 今では水族館からも消えて絶滅危惧種になっているラッコ、次に霧多布岬に来る時まで(というよりずっと)、元気でいてくださいね!
霧多布から根室までは1時間程度。この旅の直前、根室で熊が出て車を襲ったドラレコの映像が再三流れていたので、根室近くなって細い道に入るとやや緊張が始まりますが、勿論鹿はともかく熊に出会うなんて幸運(?)もなく最東端の街根室に到着して、まずは最東端(?)のコインランドリーへ。最東端といえども、ちゃんと洗濯乾燥機があることはネットで調査済みです。洗濯・乾燥を待っている間に今日の根室の宿に電話、用件は根室市内でのマッサージ店の情報収集。2日前に阿寒湖でマッサージを受けたのにまだ相変わらず肩がずっしりと重く、「今晩、旅館でマッサージを受けられないかしら?」と電話で質問。ところが、宿の回答はつれなく「旅館でマッサージなんて呼べないし、近所にマッサージなんて知らない。根室にはないんじゃない? ネットで調べるしかないね。」この回答に不安が増殖して、スマホで必死に「根室 マッサージ」で検索すると数件の情報がヒットしますが、勿論、ネット予約などはできる筈はありません。電話した最初の2軒はけんもほろろで、「明日まで満員」、「イチゲンさんお断り」。こうなるとどうしても今日マッサージを受けたくなるのが人間心理で、3軒目にようやく「今日の1時からならいいよ」というところが見つかり、とりあえず予約。そうこうしているうちにコインランドリーも無事終了して、昼食に向かいます。今日の昼食は2015年にも訪問経験がある「回転寿司 根室花まる」。この根室花まるは札幌市内などにある超人気回転寿司店。札幌あたりの行列店には行ったことはないのですが、”根室花まる”の”根室店”なのだから本店ではなくともやっぱりここが本拠地なのだと信じての再訪です。

人気店といえども最東端根室でまだお昼前なので行列はなく、すぐに美味しいお寿司をいただきます。

こんなお店が家の近くにあれば、間違いなく毎日通ってしまうのにね!

寿司を満喫し、マッサージの予約までまだ30分以上あるので、近くの「北海道立北方四島交流センター」に立ち寄ってみます。「プーチンさん、本当に早く4島を返してよ!」と毎回叫んでしまいます。国後・択捉・歯舞・色丹 本当に、早く行きたい! 勿論、パスポートなんて無しで!

予約していたマッサージ店に向かいます。ナビで何とかたどり着けましたが、小さい看板はあるものの本当にごく普通のお宅で、出てきたおばさん(=電話に出てくれた方)に玄関隣の和室に案内され、そのおばさんからマッサージを受けます。勿論、待合室なんてないので、妻は同じ部屋でずっとその様子を眺めています。マッサージ代金は1時間で3000円で、効果はともかく阿寒湖のホテルの1/3以下の値段でした。
1時間のマッサージでスッキリし、次は納沙布岬を目指します。この日はいい天気で、すぐ先の貝殻島もきれいに見えます。

すぐそばのオーロラタワーに登って北方領土を上から見てみたいと向かいますが、何故か臨時休業(Google情報)。というより、どうやら潰れてしまった感じです。根室市内に戻りますが、まだチェックインまで時間があるので、風蓮湖までドライブ。2015年にはこの近くの春国岱を散策した記憶があるのですが、今回は湖の遠望だけで満足します。

今晩の宿は根室の料理旅館。”ミシュランに掲載されている日本最東端の宿”という売り文句につられての予約。料理以外はバストイレも外で、部屋がある2階への階段も結構急で、おまけに今日午前中のつれない電話応対など結構モチベーションも低く宿に着きましたが、午前中の電話のことには一切触れずに(違う人だったのか?)とても親切に応対してくれて、あまり良くなかったイメージもやや回復。料理も、名物ウニの茶碗蒸しから始まり、さまざまな手の込んだ料理、花咲ガニ、メンメ…

最東端のミシュラン料理

流石にミシュランに載るだけのことはある宿でした。

でも、急な階段、風呂、夜中にトイレに行くリスクなどを考えると、私のこの宿の再訪はないでしょうね。

 

6日目:6月15日(土)

 

根室の旅館の朝食は通常は1階の大広間で食べるのですが、階段が辛い私に配慮していただき2階の部屋まで朝ご飯を運んでいただきました。朝食には季節外れの秋刀魚の塩焼きが出て、これが驚くくらいの美味。とても冷凍のようには思えないし、かといっていくら根室でも6月に秋刀魚が取れるとは思えないし… チェックアウトの時に「根室では6月でも秋刀魚が取れるんですか?」と聞いてみたところ、流石に根室でも6月には秋刀魚は取れずに「この秋刀魚は、前年秋から漁船に頼んで特殊な方法で保存して貰っているのです。美味しいでしょ!?」とのことです。やっぱり、「さんまは、根室に限る!」ですね! この秋刀魚を食べにもう一度根室に来たいと思いました。
この日は摩周湖屈斜路湖などの定番観光コースを久し振りに巡る予定。いつもなら最初に私の人生を変えた思い出の地である開陽台の地平線を眺めてから摩周湖に向かうのですが、今日は何となく開陽台には行く気になれず、その代わりに養老牛温泉へ。目指したのは養老牛のソフトクリーム屋さん。一昨日、霧多布里で宿主と呑んだ時に「北海道で一番美味しいソフトクリームはどこか?」という話になり、我々はソフトクリームは好きだけどまだNO1は決められないのですが、北海道に40年以上住んでいる霧多布里の宿主は、「養老牛の山本牧場のソフトクリームが一番!」というので、これは何としても行ってみなければ… と思い、開陽台をスルーしてまで向かったのです。

本牧場ミルクレーム

霧多布里の宿主曰く「牛乳が違う。完全放牧の牛乳が原料なので、ソフトも旨いんだよ!」という通り、確かにソフトも牛乳も濃厚で本当に旨い!

でも、「我々的北海道NO1」は、そう簡単には決められません。今後も、NO1探しの旅はまだまだ続きます。
次に向かったのは定番摩周湖の第一展望台。2年前に来た摩周湖は裏摩周展望台(昔の第2展望台 投稿はコチラ)だったので、”表”摩周に来るのは、2015年以来9年振り。(投稿はコチラ)この展望台、私的には摩周湖が見える確率は今までは100%で、逆に一度も「霧の摩周湖」を見たことがないのです! 「そろそろ、霧の摩周湖に当たらないかしら…?」と思いながら展望台に上がると、霧は多いものの今回も湖は見えています。

摩周第一展望台からの眺め

レストハウスでトウモロコシ等を食べて簡単なお昼にします。このレストハウスで忘れられない思い出は1990年2月11日。この日の昼間、マイク・タイソンが東京ドームで世界タイトルマッチをしていて、ボクシング好きの私(と数人のお客さん)は摩周湖そっちのけでこの試合をこのレストハウスのTVで観ていました。出発時間になった頃、無敵だったタイソンの旗色が悪くなり、この場を離れたくないお客さん(と添乗員の私)は、バスガイドさんに無理を言って出発時間を延長、その結果無敵タイソンが初めて倒される瞬間を目の当たりにすることが出来たのです! でも、その時に無理を通した私の横暴に罰が当たり、その日の帰りの飛行機が釧路空港から飛ばずに、翌日は連休最終日で北海道発の飛行機の席が1席も取れなかったために、釧路からやむなく電車で横浜まで帰るという最大級のトラブルにも遭遇したのです!
続いて、第一展望台より少し高い第3展望台に向かいますが、徐々に霧が濃くなり、第3展望台に上がると、見事なくらいの「霧の摩周湖」! 私的には初めての霧の摩周湖が観られて満足でした??

摩周第三展望台からの霧の摩周湖

続いては屈斜路湖に向かいますが、この近くに元々この日の予定にしていたソフトクリームのお店があるので今日2食目ではあるものの向かってみることにします。

「ソフトクリーム下さい」「今、ソフトクリームやってないんですよ…」「えぇ~、ソフトクリーム食べに来たのにぃ…」「ジェラートならあるんですけどねぇ…」ということで、ジェラートで我慢することに。勿論、ジェラートも充分美味しかったのですが…
屈斜路湖に向かう前、定番の硫黄山

相変わらず強烈な硫黄臭と白煙 初めて来た45年以上前から全く褪せない観光地です。

屈斜路湖も久し振り(2015年以来)の訪問。

昔は阿寒国立公園に来る時には必ず通った美幌峠には2009年以来15年振りの訪問です。

やっぱり、この景色、最高ぉ~!

この日の泊りは能取湖畔の宿。

部屋からは能取湖と湖畔が見えて、秋ならば湖畔の真っ赤なサンゴ草が見事なのでしょうが、残念ながらまだ6月なので野鳥が遊びに来るのは見えますが、真っ赤なサンゴ草は見えません。

秋はここが真っ赤になるのだとか…

この宿も料理で選んだので、ホタテ・カキなどの美味のオンパレード。

”道東の至宝”メンメは一昨日以来この日で3連チャンでしたが、この日のメンメが一番美味しかったかも?

道東のメンメ尽くしもこの日まで

7日目:6月16日(日)

 

この日は道東の網走から道央方面に向かい、温根湯(おんねゆ)温泉まで行く1日。午前中は網走近郊の天都山付近の観光地を見学。まずは2009年にも訪ねたオホーツク流氷館へ。

中では、クリオネが見られたり-20℃の厳冬(流氷)体験をできる施設があったりと、何となく紋別にもある同様の施設と同じようで混同しそうな展示内容。

寒い…

でも、流氷の様々な展示を見るにつけ、40年前に比べて日本に来る流氷が激減していることを本当に実感します。40年以上前の大学生時代、本当に流氷が広大なオホーツク海一面にびっしりと張りつめ、この上を歩いて行けばロシア(当時はソ連)にまで行けるのではないかと思われるほどの風景は、残念ながらもう見られないのでしょうね。
屋上からの網走市内の眺め。

反対側には網走湖能取湖の2つの大きな湖が同時に見えるという珍しい眺望。

どちらも懐かしい眺めでした。
次に訪ねたのは博物館網走監獄。刑務所=網走というのは私の子供時代などの昔のイメージで、近年は網走=刑務所のイメージはかなり薄れているようだし、昔は網走刑務所といえば健さんだったので、最近の人たちは健さんの映画なんて知らないだろうから、博物館網走監獄なんかに行く人は殆どいないだろうから、この博物館が無くなる前に最後に見ておこうかな… などと考えて向かったのですが、私の思い込みは完全に打ち砕かれることになりました。まず広~い駐車場がほぼ満車状態、この日は日曜日だったので隣のオホーツク流氷館もそれなりに混んではいたのですが、監獄は子供連れのファミリーや外国人旅行者で溢れています!

監獄の中は、昔何回も来ているのでその記憶を辿りながら歩きますが、独房の中で大昔みんなでふざけて”出してくれぇ~!”と遊んでいた数十年前の記憶が蘇りました。

ブックマークしていた網走近郊のジェラート店も予想以上に大混雑。

昨日に続いてのジェラートですが、妻も私もジェラートよりもミルクたっぷりのソフトクリームの方が好みではあるのですが、やっぱり有名なだけありこのジェラートも美味でした!

この日のお昼は北見市街にて。北見のご当地名物”オホーツク北見塩焼きそば”を北見のシティホテル”ホテル黒部”のレストランでいただきます。

TVでも何度も取り上げられたらしい”オホーツク北見塩焼きそば”、最後にテーブルで”魔法の水”を掛けるのがポイント。この水はどうやらホタテの旨味が凝縮されたスープなのだそうですが、確かに美味しい”オホーツク北見塩焼きそば”でした!

今日の宿は温根湯温泉。今日泊まる宿は大昔職場の親睦旅行で来たことがあり、全体的に楽しかった記憶があるので、その時のことが懐かしくなり、ついポチっと予約してしまったものです。まだ宿のチェックインまでは時間があったので、まずは川魚が多数飼育されているという「北の大地の水族館」へ。でもこの水族館、評判の割にはやや期待外れだったような… 次に向かったのはすぐ近くの「北きつね牧場」。北きつねを放し飼いにしている牧場。

ただ、「あれもダメ、これもダメ」的な禁止事項が多く、当然のことながらキツネもイラスト等のようには可愛くないので、何となくやや怖いキツネに注意・ビクビクしながらの園内散策で、特に楽しいと思われるような観光地でもありませんでした。

恐らくは20年以上振りに泊まった大型温泉旅館。楽しかった思い出はよくよく考えると豪華な宴会料理や一緒に泊まった懐かしい仲間とのことが中心。お風呂はともかくこの日の夕食はバイキングで、内容も品数も阿寒湖の鶴雅を上回るものではないので、ホテルのこと以外にはあの時の楽しい思い出を思い出すことはありませんでした

 

北海道グルメ2024<その1:北海道上陸>

退職後の最初の長い旅行はどこに行こうか…? なんて考えることもなく、「退職したら、やっぱりまずは北海道に行こう!」という発想は北海道病がもう一生治らない私の当然の思考回路のなせる業。2年前は長~い大学の夏休みに有休休暇を組み合わせて”大学生か!?”というくらい長い20日間の旅行をしたお陰で、帰宅後に大きく体調を崩したため、今回は20日はやっぱり流石に長すぎると考え、控えめに15日間の旅をプランニング。(それでも長いか!?)
ただ、北海道ももう何十回目ともなると、「行ったことがない」観光地なんて殆どなく、特に見たい場所もないというのが正直なところ。なので今回の旅はいつも以上に”食”をメインとすることにして、ネット等で見つけた「ここで食べてみたい」という場所と「もう1回食べたい」という過去にいい思いをした宿・食堂を再訪することをメインにしましたので、ツアータイトルはズバリ「北海道グルメ2024」。なお、退職後なので年間の旅行費用予算にも限りがあるので、食事以外は極力節約したいところですが、ここしばらくの宿泊代金等の値上がりは本当に激しく、予約をしながら「えっ、こんなに高くなったの!?」と脂汗を流しながら1円でも安い方法を探しては見たものの、それにしてもこのところの諸物価高騰の高い波は本当に北海道旅行にも確実に押し寄せてきております。
ということで、今回もいつも通りの珍道中をダラダラとレポートすることにします。

 

1日目:6月10日(月)

 

出発は前週にハローワークでの失業認定日を受け、失業保険を無事にいただいてからの出発。いつも通り仙台発夜の苫小牧行きフェリーを予約しているので、昼前に埼玉の自宅を出れば良いので、過去には朝出て途中の観光を何度か楽しんだのですが、今回は仙台までの間にもう特に行きたいところもないので、昼に出ようと考えていたのです。
ところが、普段通り朝起きると体に深刻なトラブルが突如2つも発生してします。1つは、右耳に異物が詰まったかのように突然右耳の聴力が極端に落ちているのです。実は、このような症状は過去にも数回経験があり3~4年くらいのスパンで突然発生します。毎回、数日我慢した後我慢しきれなくなって耳鼻科に行き、耳の中の掃除をして貰うと嘘のように回復、前回はコロナの厳戒態勢の中での受診だったので確か2020年だったと記憶しています。今回、この症状を持ったまま北海道に行くのはどうにも嫌なので、8時の病院の受付開始を待って近所の総合病院の耳鼻科へ。総合病院の耳鼻科は予約患者が優先なので2時間以上待たされましたが、今回も耳の中を掃除してもらうとスッキリと普段通りに聞こえるようになりますが、親切な総合病院の医師は念のため人間ドックの倍以上の時間をかけた丁寧な聴力検査を実施してくれます。とてもありがたいことなのですが、夜のフェリーの時間が決まっている私は、「早く終わってほしい」と、気が気ではありませんでした。
もう1つのトラブルは突如激しい肩こりの発生。肩こりや腰痛とはもう数十年の付き合いで、時折突然激しい肩こりや腰痛が発生するのですが、その時には何度かマッサージを受ければ回復することが出来ます。耳鼻科の会計を待ちながら行きつけのマッサージ院に予約を試みますが、「今日は混んでいて、次の予約は16時になります。」とのつれない返事。その時間では仙台夜発のフェリーには間に合わないので、諦めて自宅に戻り予定通り11時過ぎに出発進行! それにしても、出発直前の体のトラブルが2つも一緒にやって来るなんて嫌な予感もしますが、特に耳は北海道で発生しなくて本当に良かったと思います。
12時前には東北道に乗り、この旅最初のランチは下りには行ったことがなかった羽生PAのフードコートへ。食べたことがなかったお目当ての「神様ちゃんぽん」の赤ちゃんぽんをいただきます。

味は… やっぱり、高速のフードコート!

その後は順調に東北道を走ります。予定通りに仙台に着けたので、フェリー乗り場に近いこれもこのフェリーに乗る時には毎回利用している日帰り温泉でゆっくり汗を流してからフェリーターミナルへ。
今回のフェリーは、往復とも太平洋フェリーの大型客船”きそ”。

やっぱり、大きい~!

仙台港からこのフェリーに乗るのはもう5回目なので、手続きは慣れたもの。今までは、特等などある程度贅沢な船室に乗っていたのですが、今回は節約のため窓のない1等インサイドツインを選択。外側は見えないとはいえ、シャワーもTVも冷蔵庫もあるツインルームなので、十数時間の船旅ではこの部屋で充分満足です。このフェリーのビュッフェの食事内容が徐々に落ちていることに毎回ガッカリしているので、今回はビュッフェには行かずにバーカウンターでカレーやパスタを食べた後には、部屋で売店で買ったお酒を飲んで早めに床についてしまいました。

 

2日目:6月11日(火)

 

朝食のビュフェを食べに行くこともなく、朝食は船室の中で乗船前に買ってきたパン等で軽めに済ませ、朝から窓のない部屋でTV(BS)を見ながら苫小牧到着を待っています。昔、この船で丁度先発したヤンキースマー君の投球をBSで楽しんだことを懐かしく思い出します。東海岸ヤンキースの試合は日本時間朝8時開始が多かったためこの船でもたっぷりと見られたのですが、西海岸の大谷君のドジャースは11時開始が多いので、11時苫小牧着のこの船では楽しめません。予定通り11時前には車に乗り込み、11時過ぎに2年振りの北海道に上陸!
11時到着して最初のイベントは、毎回苫小牧での海鮮ランチ。過去には1時間半以上並んで食べたマルトマ食堂なども経験したのですが、今回は未訪問の有名店「魚金食堂」へ行くことに決めていました。行列は覚悟の上でしたが、フェリーから直行したものの11時半前でもやはり行列! でも、2015年のマルトマ食堂の時ほどではないようです。

魚金食堂 11時過ぎからずっと行列

思ったより回転は早くはなく、結局45分以上並ぶ羽目になりましたが、12時過ぎに何とか着席することが出来ました。
私の注文は店のイチ押し「うおきん海鮮丼」。やっぱり、北海道の海鮮はまいう~!

妻の注文は「わがまま丼」で、うに、ホッキ、いくら、ほたてをチョイス。

でも、何となく「あれ、ウニの色が何か変…」 ちょっと、嫌な予感がしました。

その後、向かいにある2年前に朝から並んで豪華海鮮丼を食べた「海鮮みなと食堂」も覗いてみますが、12時半なのにもう「売り切れ」なのだとか…

海鮮みなと食堂は12時半でもう売り切れ

やっぱり、苫小牧の海鮮は人気ですね!

今日は十勝まで走るのですが、何度か走った高速道東道は片側1車線でトンネルが大変多くプレッシャーがかかり快適なドライブは楽しめないので、1時間は余分に時間はかかるのですが一般道を走ることにして、半自動運転に切り替えて快適なドライブ。途中道の駅あびらD51ステーションというところがあったので車を停めてみますが、昔の特急おおぞらはあったものの何故かD51はありません。

どうやら機関庫の建物の中にありそうですが、何故か入口が判らずにスルーしました。
この旅でも美味しいソフトクリームをたくさん食べたいといくつかの有名店をブックマークして臨みましたが、”この旅最初のソフト”として楽しみにして向かった「コーヒースタンド シエスタ」は何と火曜定休。落ち込んで走っていると、2年前にも来た「道の駅夕張」で2年前にも食べた「夕張メロンソフト」を見つけたので、この旅最初のソフト!

でも、夕張メロン直売所は休みのようでした。

北海道最初の宿は2年前に泊まった「フンベHOFおおくま」。何より圧倒的に美味しい夕食と朝食に魅せられての再訪です。(2年前の投稿はこちら

2年前は海鮮尽くしのメニューをチョイスしたのですが、今回は肉も食べられるメニューをチョイス。

4大カニ(ズワイ、タラバ、毛ガニ、花咲)から始まって、本当に旨いもん尽くしの夕食に大満足。前回とは違ってトウモロコシはまだ早かったけれど、アスパラの天ぷらは絶品でした!

前回、旨かったメロンは「あと半月」とのことだったので、半月後に友人への配送を頼み、8月後半だというトウモロコシを孫たちに送る手配を済ませて、北海道上陸初日にして早くもお土産の手配は完了です!

 

3日目:6月12日(水)

 

フンベHOFおおくまは朝食も最高!焼きたてのパンや美味しいコーヒー、新鮮で甘くって美味しいじゃがいも・トウモロコシや果物がたっぷり皿に乗っており、前回は食べ過ぎて昼ごはんが食べられなかったほどですが、今回は旅が始まったばかりでまだまだ胃袋も元気なので、美味しい果物も全て完食!

今日は阿寒湖までのんびりとドライブする1日。まずは懐かしの池田ワイン城へ。

ワインに全く馴染みも造詣もなかった大学生時代、近くを通るたびにその時に出会った旅人を誘って池田駅で下車してワイン城のレストランに行き、当時最安値だったけれど大学生の舌には絶品だった”たんシチュー”を満喫し、池田町内でしか買えなかった「町民還元用ロゼワイン」を買って次の宿への土産に。当時町民還元用のロゼワインは800円だったと記憶していますが、当時はワインが全般的にかなり高かったので、800円でもありがたかった記憶があります。
まずは屋上から池田町の田園風景を眺めます。

ワイン城にはバスが停まっており、朝から試飲のコーナーは大賑わい。どうやら中国人団体のようで、ワインは買わないものの朝からタダのワインをガブガブ飲んでいるようです。我々は試飲の混雑を避けて久々に自宅飲みのワインを数本仕入れます。今は「町民還元用」ではなく「町民用ワイン」という名前ですが、1,000円以下で買えるので40年以上前と値段はほぼ一緒のようです。
次は約1時間掛けて足寄へ。足寄の観光をしたことはないのですが、昔よく添乗員をしていた頃に観光バスが足寄を通ると突然田舎の建物の前でバスが停まります。田舎の新聞社なのですが、バスガイドが「ここが、松山千春の実家ですよぉ~!」というと、当時のお客さんは皆バスを降りて写真を撮ったていたことが、私の唯一の足寄の記憶。大学生時代には池田から北見を結ぶローカル線「池北線」が走っていて乗車経験はあるものの正直途中駅足寄の記憶はありません。

その後、池北線は第3セクター「ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」になりましたが今ではその第3セクターも廃止、今では昔の駅舎が道の駅になっています。

道の駅には「松山千春コーナー」もあるというので楽しみにしていましたが、実際に見てみると、たったこれだけ??  足寄の観光としてブックマークしていたのは、ここの道の駅とラワンブキ自生地。観光案内所にラワンブキの生育状況を聞いたところ、「最大2mぐらい。育っていますよ」と聞いたので楽しみに向かったのですが、途中の楽しみにしていたソフトクリームのお店は何故かお休みで何となく嫌な予感が。観光協会から教えられた最初の自生地は何故か見つからず、2つ目の自生地は何とか見つかったのですが…

結構大きいと言えば大きいふきの自生地ですが、観光写真で見られるような人の背より大きいようなフキではとてもありません。

足寄の観光は残念な結果に。この後、地理的にはまだ足寄ではありますが、観光エリア的には阿寒湖のエリアに入ってしまうことが多いオンネトーへ。ただ、ラワンブキ自生地からオンネトーへの道道は狭い砂利道で運転がしにくく、やっとのことでオンネトーへ。

オンネトーといえば昔ユースでよく歌われていた「ねむるオンネトー」。この歌を作った人は当時私が定宿としていた釧路ユースのペアレントだった田中さん。ミーティング時、時に乗ってくると田中さんはこの自作の「ねむるオンネトー」を弾き語りしてくれたことも懐かしい思い出。この曲はさとう宗幸さんのアルバムにも収められているので、いまだに時折聞いてあの頃を懐かしんでいます。この時も、湖岸で口ずさんでしまいました。

ねむるオンネトー

本日の宿がある阿寒湖到着は2時前。

ホテルのチェックインまで時間があるので、昔添乗員として散々乗った阿寒湖遊覧船に。この船に乗るのは間違いなく昭和の時代以来です。

多分、昭和62年(1987年)以来です。

阿寒湖遊覧とまりもの島を楽しむこの船。「こんなコースだったっけ?」と記憶を辿りながら楽しみます。でも遊覧船の乗客は半分以上は外国人で、日本語だけのアナウンスで島への上陸、大丈夫かなぁ~なんて心配していましたが、無事に今日の宿鶴雅の前の港に到着。

あかん鶴雅

旅行開始以来、ずっと肩こりが激しかったので、阿寒湖の高級旅館鶴雅にチェックインするや否やマッサージの有無を確認。電話で聞いたときは「エステしかありません」といわれていて大いに焦ったのですが、ちゃんとマッサージはあるようですが、何と1時間で1万円という超観光地値段! 自宅近くなら1時間で4千円以下なのに… でも、正直お金の問題ではなく状況は深刻なので1万円を払ってマッサージを受けます。マッサージは… 良かったのですが、流石に1万円なのでコスパを考えると… ??
鶴雅グループの宿泊は実は初めて。鶴雅の宿は夕食が私の嫌いなバイキングなので敬遠していたのですが、「1回くらいは泊まっておかないと…」と考え、今回鶴雅のフラッグシップホテルである阿寒湖畔の鶴雅を選択。ただ、ビュッフェでちゃんとカートがあるかどうかは、予約の前に確認はしておきました。肝心なビュッフェの夕食は、北海道のビュッフェの中では上位に入るであろう内容ではありましたが、カートがある割に段差もありカートでは行けないコーナーもあったので、満足度はそんなに高くありません。
お風呂は、2009年には日帰り温泉で巨大なお風呂を楽しんだ記憶があるのですが、2009年は下の大きな風呂が男性用で私には満足度が高かったのですが、上のお風呂はそれほど大きくもなく、2009年に妻の満足度があまり高くなかったことが15年経ってようやく理解できました。

"流されて"佐渡<後編>

3日目:5月14日(火)

 

天気予報ではこの日から天候が回復するという予報。昨夕の素晴らしい夕焼けで、「明日の天気は大丈夫!」と安心して床に着いたのですが、その通りになって嬉しい限りです。 まずは昨日寒くって観光に行かなかった宿近くの観光地へ。最初に行ったのは海辺の景勝地「弁慶のはさみ岩」。巨岩と巨岩の間にくさび型の岩がすっぽりと挟まっている場所で、その昔弁慶が投げ入れたのだとか… 運転しながら車からは見えるのですが、近くの駐車場に降りると岩を見に行くには私には少々きつい階段を上がらないと見られない感じなので写真に撮るのは断念して、車からの眺望だけで満足することにします。(念のため、弁慶のはさみ岩の観光案内はこちら)車から眺めた感想としては、「想像していたよりはやや小さめ」。とはいえ、実際近くで見たら投げるにはとんでもない大きさなのでしょうね!? それにしても日本のあちこちを旅していると弁慶の伝説は空海の次ぐらいにたくさんありますね。実在していたのなら、一度は見てみたかったなぁ~!

駐車場には、私の知らない偉人らしい人の墓所があります。

近くの漁港の景色。今日の天気は最高です!

次に訪ねたのは、”ラピュタの世界が体験できる”としてYou Tube等では大人気の「北沢浮遊選鉱場跡」。ここの夜のライトアップも幻想的で素晴らしいらしく、昨晩泊まったホテルでも無料のナイトツアーを実施していて、フロントの女性からも「本当に素晴らしいですから、是非!」と強くお薦めされていたのですが、元々我々はラピュタにあまり興味がない上に、夜酔っぱらって段差の多い暗い場所を歩くと私の場合さまざまなリスクがありそうですし、とはいえお酒を飲まない高級旅館の夕食は拷問に等しいので、参加を見送っていたのです。昨晩、夕食会場等に意外とお客さんが少なかったのはどうやらみんなこのライトアップを見に行っていたみたいなのです。
暗い中で歩くと危ないだろうなと思われる道をゆっくり歩き、You Tubeで何度も見た風景に到着。

この時間の観光客は我々だけですが、この時間多くの方が雑草苅りの作業をしていて、機械の爆音が騒々しくて、ラピュタの世界どころではありませんでした。

でも、確かに「ライトアップしていたら綺麗だろうなぁ~」と想像できる景色でした。

その後、昨日行った佐渡金山を超えて、佐渡の山の高いところである「大佐渡スカイライン」を目指し山道を登ってゆきます。このスカイラインからは佐渡島が本当に地図のように見えるらしいということで、何とか天気のいい時にドライブしたいと念じていた場所。数十分山道を登っても佐渡金山以降にはすれ違う車がほとんどないような状態で快適なドライブが続きます。時折左側には佐渡北部の海岸線と海の絶景が見えるようですが、車を停めるような場所もなく、助手席の妻は景色を楽しんでいるようですが、私にはそんな余裕もなくひたすらアクセルを踏み続けます。
ようやく「大佐渡スカイライン展望台」に到着。ただ、この展望台にはトイレすらなくただ駐車場と展望スペースがあるだけで、観光客も誰もいません。

肝心な眺めも手前の木々に遮られて、イマイチの感じです。

先を急ぎ、次はいくつかのサイトに推奨されている展望スポット「交流センター 白雲台」へ。ここには駐車場、ビジターセンター、トイレ等もあり、車も数台停まっています。

佐渡島はかって横に長い島が2つあったのが、その後真ん中の海が隆起して平野になり2つの島が繋がって1つの大きな佐渡島になったという話が頷けるように、向こうの山並みと手前の平野が眺められます。平野は穀倉地帯・米どころであり佐渡でもたくさんのコシヒカリが取れ美味しい日本酒が造られているのも頷ける景色ですね。一昨日呑んだ友人の家の田んぼもこの中に見えている筈です。

佐渡スカイラインの展望に満足して、今度は坂を降りて行きます。でも、この両津方面に降りる坂、結構急な坂で降りるのはともかくこの急な坂を上るのは結構大変なんじゃないでしょうか… 我々は相川・佐渡金山方面からそんなに急でもない坂を上り、両津方面への急坂を降りたので快適なドライブでしたが、反対だったら結構運転に気を使っただろうなぁ~ と、思いながら山を下りました。その意味でも我々はラッキーでしたね。

次の見学場所は一昨日雨で見学を止めた「トキの森公園」、大佐渡スカイラインを降りたすぐのところにあります。佐渡といえばトキ、昭和の時代から「トキがあと7羽になってしまった」とか「最後の一羽になった」などのニュースを見るたびに、昔教科書で学習した記憶のある「ニッポニア・ニッポン」の行く末に危機感を抱いていたものです。1979年に佐渡に来た頃には確かトキはあと数羽だったと記憶していますが、当時は佐渡に来ても観光客が気軽にトキを見られる施設はありませんでした。その後、日本のトキは絶滅/中国からの輸入を経て保護・育成され、今では佐渡には野生のトキもかなりの数がいるようで、一昨日呑んだ友人のSNSでも時折田んぼに遊びに来た野生のトキが投稿されています。
トキの森公園には傷ついたトキの保護などの役割もあるようですが、檻の中には少しだけトキが見られます。でも、トキは非常に用心深い鳥なので人になつくことはないようです。

中には黒いトキもいます。何となく、イメージ狂いますよね。

この施設のメインはトキふれあいプラザ。

運が良ければマジックミラー越しにほんの数十センチに近づいた水辺に来るトキを見られるようなのですが、この日は主役のトキ夫婦は生まれたばかりの卵の温め中で残念ながら水辺には現れず、案内人さんがセットしてくれた高性能の望遠鏡でトキの表情を見るだけで満足することにします。
この日のお昼は海鮮丼、有名な寿司民宿「長浜荘」でいただきます。海鮮で有名なこの民宿、最初はこの日の宿泊地として考えていたのですが、2階の部屋への階段の手すりの有無について電話で聞いてみたところ、「手すりなし」とのことなので宿泊を断念して昼食だけにすることに方針変更。人気店なので昼食にも行列ができるとネットには書かれていましたが、幸いなことに行列はなく、すぐに席を確保できました。注文したのは、海鮮丼(上)で@2,300円。数えきれないくらいのネタが載っていて、中には「これ、なぁに?」と訝しがりながら食べたものもありましたが、どれも美味しく大満足。

午後は南佐渡をドライブして、午後の観光のメインは小木のたらい船。私もたらい船に乗ってみたい気持ちはあるものの、足が悪いので乗り移る時のリスクが正直怖さもあるので、どうなるのか正直わからない感じでした。小木でたらい船に乗れる場所は3つあるようなのでどこにしようかあれこれ調べていたところ、バリアフリー対応もあるという記載を見て「矢島体験交流館」というところを選択。ここは他の2か所と比べるとややマイナーな感じ(失礼!)もあったので、障がい者の私にも真摯に対応してくれるのではないかという淡い期待もありました。着いてみると予想通り他には観光客は殆どおらず、妻1人でも乗せてくれるということで、私については「一緒に乗り場まで行って、乗れそうだったら乗って、乗れたらお金は後で払ってくれればいいよ。」ということで、乗り場まで一緒に行ってみますが、やはり私の巨体では乗降の際に小さいたらいが傾いたらたらい船を操るか弱い女性だけでは万一のことがあり得そうなので、私が乗るのは断念して今回はカメラマンに徹することにします。

でも、妻が喜んでくれたので、私も大満足。

その後小木の街並みをドライブして、宿根木の街並み観光へ。宿根木の街ですが、朧げなデジャブ感があります。「あの時、来たのかなぁ~?」と、必死に記憶を辿ってみますが、45年前のことは大野亀と尖閣湾以外は本当に全く思い出せないのです。情けない! でも、宿根木の町並みはやっぱりいい感じです。

宿根木一有名な三角屋敷。やっぱりデジャブ感ありです。

宿根木観光のゴール宿根木公会堂。これはYou Tubeで見た場所でした。

その後、佐渡の端までドライブしてみます。

向かいにはかすかに上越あたりらしい山並みが見えています。
佐渡島最後の宿泊地は小木の宿。どうやら地元民用に日帰り温泉にも力を入れている宿のようです。食事の評価が高いということで選んだ宿ですが、刺身などの他にカニが一人一パイ付き、カニ好きの私には大満足でした。

 

4日目:5月15日(水)

 

この日はいよいよ佐渡を出て、新潟市近郊の温泉に泊まる予定。両津港発昼過ぎのフェリーで佐渡を後にします。本来なら近くの小木港から直江津港行きのフェリーに乗って上信越道で真っすぐ埼玉の自宅に帰っても良かったのですが、今日泊まる温泉には個人的に泊まってみたいささやかな理由があったため、わざわざ新潟県内にもう1泊することにしたのです。
当初のプランでは両津港に行くまでの半日は、佐渡一周道路で佐渡島の下半分をドライブして両津港に向かうつもりだったのですが、何となく旅館の床の中で「そういえば、”流されて佐渡”とか言っているくせに、佐渡島に流された人に関する観光なんて全くしていないなぁ~!」ということに気づきます。佐渡に流された人といえば、鎌倉時代には承久の乱幕府軍に敗れた順徳天皇日蓮上人、室町時代には能楽の祖として知られる世阿弥etc… とはいえ、宗教に興味のない私は、今更日蓮ゆかりの寺などに詣でる気にもなりません。流された人のことを少しは知るためには、初日に行ったにもかかわらず何故か閉まっていた「佐渡歴史伝説館」が最適な施設… ということで、再び島中心部の平野部までドライブして佐渡歴史伝説館のリベンジに向かいます。
日曜日と同じ駐車場に車を停め、館の入り口まで。今日はちゃんと開館していて、とりあえず入場料を払ってから、係の人に聞いてみます。
「今週日曜日にも来たのですが、何で閉まってっていたのですか?」
「日曜日、開いてましたよぉ~。何時に来ました?」
「4時少し前だったと思います。」
「じゃぁ閉まってますよぉ。ウチ、3時半までなので!」
日曜日に呑んだ市会議員の先生も、「佐渡はのんびりしていて、地元民の観光への意識が希薄なんだよね…」と仰っていましたが、それにしても3時半クローズとは... あんまりですよねぇ~!
とはいえ、日曜日クローズの原因が判ったので我々的にはスッキリ。館の1階は”歴史”部門。佐渡に流された偉人の精巧な人形が、流された方のことをさまざま語ります。最初は順徳天皇の皇女から始まり、順徳天皇日蓮上人、世阿弥の順。

最初のナビは皇女

一つのストーリーが終わると観客(つまり我々)が横の展示にに移動し、次のストーリーが始まる… という仕掛けです。

結構精巧な人形も楽しめて、”流されて佐渡”の最後の観光に何となく相応しいような気分になりました。

2階は”伝説”部門。老夫婦がナビをして佐渡に伝わるさまざまな伝説の紹介です。

中には「鶴の恩返し」のようなストーリーも紹介されていましたが、鶴の恩返しって佐渡の伝説だったのでしょうか?
最後の観光も満喫して、両津港に向かいます。この4日間で何度か通った道も多かったので、行きの時には気づかなかったことにもいくつか気づきます。途中の町では初日にご案内いただいた寿司屋「翁寿司」に気づくこともできました。両津港近くには結構大きな湖加茂湖が見えます。「どこか眺めのいい場所があれば、この加茂湖もゆっくり見たかったなぁ~」と思いながら車を走らせます。

両津港到着は11時半前。最後の佐渡のお土産を物色した後は、佐渡最後のランチですがもう海鮮などはたっぷりいただいたので、新潟県として力を入れている(?)ラーメンで佐渡島最後の食事。

味は… ごく普通でした

今回乗った船も行きと同じ「おけさ丸」。行きと同じ1等椅子席の同じ席番を予約していましたが、行きと同じくキャビンは我々の貸切でした。

今日の宿泊地は新潟港から1時間程度の村杉温泉というややマイナーな温泉旅館の宿。新潟周辺には我々も2020年に泊まった月岡温泉など結構たくさんの有名な温泉旅館がありますが、村杉温泉という名前は旅行会社の社員とはいえ知らなかったのです。ところが、1990年代に1年間だけ私の直属の上司だった先輩が、2000年代の人事異動で村杉温泉のその旅館に出向になったことを人事異動速報で知り、「えっ、こんな出向もあるんだ…」と村杉温泉とその旅館名を一発で覚えてしまいました。その後の新潟県内の協定旅館のイベントでその元上司と再会、懇親会でお酒を酌み交わすうちにその元上司はお酒が入ると今でいうパワハラの傾向が少しあった方だったので、「必ず一度は、この旅館に泊まりに来いよ!」と言われて「はい、行きます!」と言ったことが思い出です。とはいえ、現役時代は簡単に新潟の旅館には行けるはずもなく、そのうちにその先輩も出向から帰任、酒の上での約束も幻に終わってしまいましたが、変に律儀な私はその後もずっとその旅館のことが気になっていたので、今回は20年越しの約束を果たすべく、佐渡の宿を取るより先にその旅館を予約していたのです。
宿は想像していたよりも更にこじんまりした宿。海外旅行の専門家としてバリバリ活躍していたその元上司が、この宿で働いていた姿は私にはとっても想像が出来ませんでした。

温泉は大好きですが、今日で温泉3連泊なのでお風呂は気持ちよくてもやや飽きが来ます。以前も同じような気持ちになったこともあったようですが、「やっぱり温泉3連泊は止めよう」と改めて思いました。

でも、やっぱり新潟といえば日本酒。佐渡に続いてここでも日本酒三昧を楽しんでしまいました。

 

5日目:5月16日(木)

 

最終日は直行して帰る磐越道に近い喜多方か、関越道に近い長岡でラーメンでも食べてから帰ろうかなどと考えていたのですが、いつもの通り最終日の朝にはどこにも立ち寄る気力がなくなってしまいます。村杉温泉でナビを自宅にセットして、磐越道会津若松経由郡山からは馴染み深い東北道に乗り昼過ぎには自宅着。
総運転キロ数は1028.5キロ。平均燃費は高速道路が多かったので24.5キロでした。

来月には、また長い旅に出る予定です!

"流されて"佐渡<前編:45年前の記憶>

5月中旬に新潟県佐渡島への旅を楽しみましたので、今回はその5日間の旅をレポートします。
私が過去に佐渡に行ったのは大学1年生の1979年の6月だったと記憶しています。入学直後の4月に運命的に旅行のサークルと出会い、公式行事以外で初めてのサークル内のメンバー募集に応募しての旅への参加です。このサークル、メンバーの誰かが行きたい旅を考えたら、部室の壁にツアータイトルと大まかな日程を掲示し、「参加したい!」と思ったら希望者はその紙に自分の名前を書くシステム。5月に2年生の先輩が掲示したそのツアーのタイトルが、「流されて、佐渡」。今では詳しい掲載内容などは全く覚えていませんが、日付の記載だけで日程などは殆ど書かれていなかったような記憶があります。でも、そのツアータイトルに魅せられて、私もすぐに名前を書いたことを覚えています。
最終的にその旅は3年生1、2年生1、1年生が私を含め3人の男5人旅。まだ上越新幹線なんて走っていないし特急列車になんぞ全く興味のなかった我々は、夜に上野駅に集合して夜行急行「佐渡7号」のボックス席の自由席に乗って、いきなりの夜行列車での酒盛りからの旅のスタート。因みに、上越新幹線開業は1982年なのでその3年後、その頃1年生の我々はまだ18~19歳でしたが、当時は大学生になったら20歳にならなくても飲酒は許されるというのが世間の風潮でした。
翌朝、佐渡汽船にて佐渡島に渡り、佐渡島の北のはずれの弾崎灯台までバスで行き、そこから二ツ亀~大野亀まで歩いて、大野亀の海岸で酒盛り&野宿。朝起きたら車座になってそのまま寝ていた5人は数頭の野犬に囲まれていて、結構怖くて飛び起きたのも懐かしい思い出。翌日は尖閣湾などを観光して、民宿のような安宿に泊まってまた宴会をしたくらいの記憶しかありませんが、とても楽しい旅でした。
45年も前のことですからその旅の記憶なんて実際は殆どなく、単なる呑兵衛の旅だったので佐渡の観光なんてあんまり出来なかったと思われ、「いつかは佐渡を再訪したい」とずっと念じていて、妻もかねてから「一度は佐渡に行ってみたい」とずっと言っていたので、2人の念願を叶えるべく数年前から佐渡旅行計画を検討していたのですが、妻の体調不良やコロナもありその実施がずっと先延ばしになっており、ようやく退職後の今回のタイミングでに実現出来たのです!

 

1日目:5月12日(日)

 

片手片足運転なのでレンタカーを運転できない私は、佐渡島へもフェリーにマイカーを積み込んでいくしかありません。車を航送できるフェリーは1日5便あるようですが、埼玉から行くことを考えると新潟港発12:35の便がベスト。そのフェリーに乗るために朝5時半過ぎには埼玉県をスタート。ところがナビは予想された圏央道~関越道ではなく東北道北関東道~関越道を「スマートルート」として推奨しているようです。スマートルートということは運転しやすく楽なルートだろうから、今回はナビに素直に従うことにして、ナビ通り快適に進み、長~い長~い関越トンネルを抜けて、予想通りかなり早く10時頃には新潟市内へ。3月にカレーを食べに来たバスセンターから昔仕事で何度となく来た朱鷺メッセを過ぎて佐渡汽船のターミナルへ。早すぎる到着ですが、ギリギリについてバタバタするのが嫌いな我々夫婦のいつものタイミングで、早速佐渡汽船にチェックイン。

佐渡汽船の自動車受付

その後はフェリーターミナルで暇つぶし。ターミナル内の船の展示物や佐渡のお土産を流石にまだ買いませんが早速下見します。その後フェリーターミナル内の食堂にて早めのお昼。

この日のお昼は夫婦揃って「ブリカツ丼」。「佐渡天然ブリカツ丼」は佐渡のご当地名物で、旅行中1度は食べたいといろいろと調べていたのですが、今回他の食べたいものが多すぎるため、泣く泣く「佐渡天然ブリカツ丼」を諦めていたのです。でも、ここ新潟港にも佐渡でも天然でもないけどブリカツ丼があるので、迷わず注文!

旅の最初としては、まぁ満足… かな?

恐らく本場佐渡での味には敵わないのでしょうが、何となく本場が想像出来る味でとりあえず満足。

我々の乗るフェリーは、「おけさ丸」。

この日はGW直後なのでフェリーはかなり空いているようです。私はカーペット席に座るのが嫌なので1等の椅子席を奮発したのですが、何と船室のお客は我々だけの貸切!

実は、往復とも我々だけでした!

何より、あれだけ多い訪日観光客の姿を全く見ないのには驚きでした。
ウトウトしているうちに、フェリーは2時間半で佐渡両津港に到着です。ところが両津港に到着すると結構激しい雨が降っています。旅行前の天気予報では、今日日曜日の夜までは天気は何とか持ち、明日月曜日が終日雨という予報だったのですが、雨が降り出すのが数時間早くなったようです。雨天の観光についてもいくつかプランを考えていて、天気が持てばまず佐渡=トキということで空港から近い「トキの森公園」に行くつもりでしたが、傘をさして公園を歩いてトキを探すのも嫌なので、雨天観光プランその1として考えていた「佐渡歴史伝説館」へ。

雨の中入場口に行くと、何と閉まっています。「今日、日曜日なのに、何で?」と思いますが、周囲には誰もいないので聞きようがありません。仕方がないので写真だけ撮って車に戻ります。

その後は雨天観光プランその2として考えていた佐渡奉行所跡にも向かってみますが、思いのほか時間が掛かったので入場を諦めて本日の宿に向かうことに。ということで到着後の約2時間で佐渡島の中央部のくびれたところ(平野部)をドライブして明日からの下見をした格好になりましたが、佐渡島は意外と(失礼!)都会なことに少しびっくり。ドライブしていても人家が途切れることは殆どなく、埼玉にあるチェーン店系の大規模店舗はみんな佐渡にも揃っている感じです。我々も離島をあちこち旅してきましたが、こんなにも都会の香りがする島は淡路島ぐらいではないでしょうか… 淡路島は両端が橋でつながっているのですが、佐渡は勿論橋などはありません… 間違いなく「日本一、都会な離島」ですね!?
今回、佐渡には3泊しましたが、3泊とも全部違う宿です。初日の宿は佐渡市役所や繁華街に近いホテル「たびのホテル佐渡」。佐渡の観光の拠点としては場所も設備も料金も文句のないホテルです。因みに、このホテルの1階には「佐渡天然ブリカツ丼」を提供する店もあり、実はここで食べることも考えてもいたのです。
この日の夕食は佐渡在住の友人と。旅行会社時代の同僚で、約10年前に故郷佐渡に戻った彼は、現在は佐渡市の市議会議員として活躍されているようで、10年以上振りの再会。彼の地元の寿司屋にご案内いただき、ふぐ刺し・天ぷらを含む佐渡の寿司コースを満喫しました。

佐渡歴史伝説館は、日曜なのに何でやってないの?」と、市議会議員に文句を言ってしまいました。

 

2日目:5月13日(月)

 

この日の天気予報は終日雨の予報。1週間前に天気予報が出てからはずっと「1日:雨」の予報だったので、出発ギリギリまで雨天時の観光コースをずっと考えていました。でも、昨日の雨の降り始めが天気予報より半日近く早かったため、今朝の予報ではありがたいことに午後には止むと予報が好転。この予報に気をよくしての2日目のスタートです。
ところでこの日のホテル「たびのホテル佐渡」は、シティホテルとビジネスホテルの中間ぐらいのホテルですが、ホテルには温泉ではないけど大浴場もあり、寛げます。我々が泊まった部屋はたまたま大浴場が目の前(向かい)の部屋だったので、朝早く部屋目の前の大浴場に行った私は、大きな浴槽を独占使用することが出来たのです! このホテル、お気に入りになりました。次回も佐渡に行くときには、ここに泊まって(今度こそ)佐渡天然ブリカツ丼をいただこうと思います!
ホテルが気に入ったとはいえ、この日はホテルで朝食は取らずに出発。理由は後で朝昼兼用の食事を楽しむことにしているので、ホテルの部屋でヨーグルトだけを食べての出発です。まだ雨は結構激しく降っているのですが、この日の最初の見どころは雨天でも観光出来る場所として観光日程のワイルドカードと考えていた史跡佐渡金山。世界遺産登録を目指している今佐渡で最も熱いスポットです。まだ9時前ですが佐渡金山は8時オープンなので駐車場には数台のマイカーが。混んでいなさそうで一安心です。佐渡金山には2つの見学ルートがあり各々の料金が設定されているのですが、我々は両方見られる共通券を購入して、まずは江戸時代の金山が見られる「宗太夫坑 江戸金山絵巻コース」へ。この坑道、階段はかなり多いのですが、手すりがちゃんとあるので我々足が悪い人でも大丈夫です。階段を下りて進んでいくと、かっての金坑の様子をリアルな人形が動いて説明してくれます。

時折、人形が声を発するのですが、ある人形などは、「酒が飲みてぇ~、馴染みの女に会いてぇ~」などと呟きます。思わず微笑んでしまいましたが、世界遺産としてはどうなんだろう…? と、余計なことを考えてしまいます。

酒が飲みてぇ~、馴染みの女に会いてぇ~

数十分の江戸コースを見終わると、資料館。金の製作工程などが展示されていますが、一般人が多数集まっているのは、金塊を持ち上げるコーナー。穴から手を入れて大きな金塊を取り出そうと皆が奮闘していて、その順番を待つ人が行列を作っています。私も並んで持ち上げてみましたが、とっても持ち上がりません!  妻も珍しく必死になっていましたが、大金持ちにはなれないようですね。
金塊を取り出すのを諦めて、お土産売り場へ。どうやらこの佐渡金山のメインはこっちの江戸コースで、明治コースに行かないでこのままバスに乗る団体客が多いようですね。妻も金塊のチョコレートや羊羹を買って早速お土産にするようです。
再び入口に戻って今度は「道遊坑 明治官営鉱山コース」へ向かいます。確かに、江戸時代の坑道と違って明治のそれは近代的ですが、こっちの坑道には人形もなくただ近代的な坑道が続くだけです。

「こっち、つまらないね」と話しながらひたすらに平坦な坑道を歩きますが、ようやく外に出て先に進むと、ようやく佐渡金山のシンボルである景色「道遊の割戸」が見えます。

この明治時代のルートの見学客は江戸時代のルートよりかなり少ないようなのですが、ということは、江戸時代しか見ない見学者はこの有名な眺めが見られないのでは… と、何か残念な感じです。出口近くにはトロッコのルートもあるのですが、雨でトロッコ道がグチャグチャにぬかるんでいて本当に歩くにくく、道遊の割戸が見える以外には本当に取り柄のない退屈なルートでした。出口に行くには同じお土産屋さんを通る必要がありますが、流石に妻も2度目のお土産屋さんはスルー。
次に向かった先は今日の朝昼兼用の食事。佐渡で大人気の回転寿司である「佐渡 廻転寿司 弁慶 佐渡本店」。このお店、新潟市内にも東京にも浦和にも支店があるようで、我々も新潟市内のお店には9年前には行った経験はあるのですが、やっぱり佐渡のお店だし佐渡本店で食べたい! と考えての訪問です。昨晩も友人と佐渡の寿司を楽しんだ我々ですが、このお店明日火曜日が定休日なので行くチャンスは今日しかありません。妻は寿司が大好物で、常々「寿司なら毎日でもいい!」と言い続けているので、図らずもその言葉を証明するかのような日程になってしまいました。このお店、兎に角行列が凄いお店とのことなので、出来るだけ並びたくない我々は開店時間の10:30にお店に行くべく朝昼兼用の食事としてセッティングしたのです。お店到着は開店の5分前、駐車場には数台の車が停まっており、雨なので皆車の中で開店を待っています。

10:30の開店と同時に入店し、無事にカウンター席を確保しますが、開店当初からもう寿司がレーンに流れています! とはいえ、我々はお目当てののどぐろなどの「佐渡の旨いもん」を次々に注文。

昨日も今日も、やっぱり佐渡の寿司は旨い!

佐渡の寿司を満喫、食べ過ぎてお店を出ると何とありがたいことにあれだけ激しかった雨が止んでいます。さぁ、これからは佐渡上半分(北半分)の観光に出発進行!
寿司で満腹になった妻は助手席でウトウトしていますが、私は両津から県道「佐渡一周線」をドライブして北に向かいます。まずは、45年前の思い出の地辿り。最初にナビを北端の弾崎灯台にセットしましたが、弾崎灯台が綺麗に見えて車が停められる場所もなく、45年振りの弾崎灯台は遠望で昔を偲びます。45年前には確かこのあたりをずっと歩いた記憶がありますが、次に向かった地は景勝地二ツ亀。この場所に来た記憶はあいまいですが、二ツ亀という地名が強烈な思い出として残っているので、間違いなく来ているのでしょう。やっぱりこの景色、記憶にあります!

雨は止んだものの、この日は気温は上がらず無茶苦茶寒い! 念のためとして持ってきた厚手のパーカーを羽織って寒さを凌ぎます。車での旅は荷物が積めるので本当に助かります!
次はメインの大野亀。この大野亀が見られる海辺で宴会&野宿をしたのが鮮烈な思い出なのです。

45年振りの大野亀

確か、この右側のあの道とぼとぼと歩いて海辺に行ったのです。

45年前、19歳の頃に戻りたいなぁ~!

それからは、佐渡島の海沿いの道を1時間程ドライブして、次に向かったのは「尖閣湾揚島遊園」。ここにも45年前に来た記憶が朧げにあるのです。

ここのメインは尖閣湾の景色と海中透視船での尖閣湾めぐり。海中透視船に乗るにはかなりの階段を降りる必要がありそうなので、料金を払う前に階段の手すりの設置状況を確認したところ「手すりはちゃんとあります。でも今日、揺れますよ!」
とりあえず景色を楽しみながらゆっくりと階段を下り、何とか遊覧船の乗り場まで。

カモメも45年振りを歓迎してくれているよう!

20分おきの遊覧船は3組6名の観光客を乗せて出発。海中透視船はいわゆるグラスボートですが、船長さんが餌を撒いてくれるお陰で小さな魚は結構寄ってきます。でも、カラフルさで言ったら先月行った石垣島の方がカラフルだったなぁ~などと考えますが、実はそれ以上に小舟は凄い揺れ。たった15分程度の遊覧でしたが、船酔いの寸前まで行ってしまいました。あと5分長かったら、確実に船酔いしていたでしょうね! その意味でも丁度良いクルーズ時間でした。

この施設は、大昔の「君の名は」のロケ地となったことがあるらしく展望台までの橋の名前が「真知子橋」と名付けられているそうです。でも、1950年代のラジオ・TVドラマや映画なんて私も生まれる前に流行ったものなので、一緒に船に乗った若いカップルはキョトンとしていました。今時、「君の名は」といえば新海誠監督のアニメですよね!?

まだ周辺に見どころはあったのですが、兎に角寒いのでこの日の観光を早めに切り上げてこの旅唯一の高級旅館にチェックイン。夕陽がウリの高級旅館ですが、流石に雨は止んだもののこの曇天では夕陽は期待薄。一応、夕陽の時間が18:45頃ということなので一縷の望みを託して夕食時間を19:30としてゆっくりと風呂に入って寛いでいると… 何と夕陽が見えそうな天気に変わってきたので、宿イチ押しのロビーに移動して夕陽鑑賞。

何と! こんなに綺麗な夕陽はいつ以来だろう! 佐渡に来てよかった! この宿に泊まって良かった! 頭の中で、私の生涯の夕陽のテーマソングである吉田拓郎の「落陽」を何度もリフレインしてしまいました!

また振り出しに 戻る旅に、日が沈んでゆく

夕陽の興奮も冷めやらぬ内の夕食も満足。新潟は酒どころですが、佐渡にも美味しいお酒がたくさんあるので、昨日から日本酒三昧を満喫!

これ、全部佐渡の地酒です!

夕食後には佐渡名物の鬼太鼓のショーまで楽しみました。

 

石垣島&八重山諸島への旅<後編>

3日目:4月10日(火)

 

石垣・八重山諸島の天気予報は今日も明日も相変わらず悪いままなのですが、昨日の経験から「どうやらこのあたりの天気は、1日中しとしと雨が降り続くのではなく、時折激しいスコールが来るだけなのかもしれないね。」と気を取り直して、少なくともこの旅では天気予報に一喜一憂することは止めることにします。
宿泊ホテルでは朝食付きのプランを予約していたのですが、基本料金のビュッフェの朝食ではなく今日は+500円の差額を払って和食レストランの朝食膳をチョイス。一般価格で2,500円の朝食なのですから大いに期待していたのですが、実際にはガッカリ。まずは場所が高級レストランの中ではなく、「コロナのため」ということでビュッフェ朝食の片隅の仕切られたスペースで。メインは石垣牛の朝食だったのですが、とても2500円の内容には見えません。おまけに、サービスも悪く食後のコーヒーはビュッフェに並んで取って来いというサービス内容でした。

右上が石垣牛の鍋でしたが… ガッカリ!

今回、ホテルの悪口は書きませんが、このグレードアップ朝食だけはどうにも…

 

この日は西表島由布島竹富島の3島めぐりのツアーに参加。今日の出発は8時半なので8時過ぎには昨日と同じ旅行会社で出発手続きを済ませます。昨日と30分違いですが混雑ぶりはかなり違い、今日はカウンターにも行列が出来ています。
昨日同様、桟橋前の具志堅さんの像に天気を祈願して西表行きの船に乗船。昨日の波照間の船よりは大きい船でトラベルミンは飲まなくても殆ど揺れることはありませんでした。西表島は沖縄では本島の次に大きな島で石垣島よりも大きな島なので、1日観光ではこの島をじっくり巡ることなどできません。西表といえばイリオモテヤマネコを想起しますが、イリオモテヤマネコを見る観光もありません。このツアーでの西表島の観光は仲間川のマングローブクルーズのみ。西表の大原港で高速船から仲間川のクルーズ船に乗り換えます。

仲間川マングローブクルーズ

マングローブは、熱帯と亜熱帯地域の淡水と海水の混ざり合う場所に生育している植物の総称なのだそうです。

原子の姿を残す日本最大のマングローブ林を、ガイドさんの説明を聞きながらのんびり見学します。

最近はマングローブといえば某タレントの名前を思い出しますが、淡水と海水の境目と男女の境目という共通点から付けられた芸名であることを、ここに来て改めて思い出しました。

河口付近の仲間川は結構大きな川ですが、この川も干潮の時間には船では通行できなくなるのだとか…

時折、他のクルーズボートとすれ違います。西表島滞在客も含めてこのマングローブクルーズの人気はかなりのもののようです。

仲間川クルーズの乗船時間は約1時間、今度は大型バスに乗って西表島を30分程度走り、西表島のすぐ先にある小さい島由布島(ゆぶじま)に向かいます。この日の乗るのは大型バスで、30名を超える参加者と一緒です。

由布島では、西表島由布島の間の浅い海岸を水牛車に乗り渡ることがメインイベント。海岸にいる仕切り役の人に乗る水牛車を指定されて、10名程度が1台の水牛車に乗って海を渡って由布島まで。

運転手は水牛なのですから正しいルートを走るわけではありませんが、波に流されながらもほぼ正確に由布島を目指してくれます。

向こうからは「回送」の水牛車が西表島を目指しています。

船頭さん(?)は三線で民謡を謡い、旅情を盛り上げてくれます。

由布島は島全体が亜熱帯植物園の島。ここではフリータイムとなり、植物園散策とツアーに含まれている昼食をいただきます。昼食はお弁当形式ですが、私は夕食をたらふく食べるために昼食を少しだけにセーブ。昼食後は熱帯植物園を楽しみます。

干潮で干上がった海を眺めながらのコーヒーブレイク。

フリータイムが終わり、再び水牛車乗り場に戻ります。すぐ横には休憩中の水牛車が休む場所があります。

水牛は人間でいうと3歳程度の知能はあるとのことです。(ということは、一番下の孫と同程度??)帰りもお利口な水牛は約10名の人命を無事に西表島まで運送してくれました。

再び西表島大原港に戻って、次は高速船で竹富島を目指します。石垣島に一番近い竹富島では、ツアー客はバス観光とフリータイムを選べるのですが、我々はフリータイムを選択。「一番沖縄らしい町並みが広がる島」といわれる竹富島では、ここでも町中を水牛車に乗って楽しむ観光があるので、何とかこのツアーに参加したいと考えてフリータイムを選択したのです。(なお、以前は水牛車付きのコースもあったようなのですが、何故か2024年4月には無くなっていました。)
竹富港で水牛車の送迎バスを見つけてダッシュ。(実際には走れませんが…)「予約してないんだけど、水牛車乗れますか?」というと、予約者とは別に並ぶように指示されます。結局同じ船で来て予約のない水牛車希望者は10名程度でしたが、全員乗れるとのことで送迎車で水牛車乗り場まで送っていただき、@3000円也を払って水牛車の順番を待ちます。

水牛車乗り場

順番が来て、乗り込んだ水牛車で町中をゆっくりと散策。

今度の水牛さんも我が家の末孫と同じで「3歳程度の知能」とのことですが、順路は全く間違えないし、曲がる際の水牛車の内輪差にも十分配慮しているし… どうやら、我が家の今の孫より優秀なのかもしれませんね!? 30分程度の水牛車の観光を終え、もう少し時間があるので改めて竹富島の”沖縄の原風景らしい”景色を満喫します。

竹富島、やっぱりいいなぁ~!

何となく「レレレのおじさん」を思い出しました

「水牛車乗船後の港までの送りは無くなったので、30分歩いて港に戻るか予約制の路線バスに乗れ。」とネットに書かれていたのですが、どうやら帰りの送りも復活したようで、帰りの最終バスには乗り切れないのでは…? と心配しましたが、結局何台ものバスが出て無事に竹富港まで。石垣島までは片道10分ですが、乗り切れないと見るやすぐにもう1台の船が出るという融通ぶりも発揮してくれました。今日の1日観光は約10時間のツアーでしたが、とっても充実した1日でした!
今日の夜は石垣牛の焼肉を予約しています。ホテルからは5分以内ですが、出ようとした瞬間に激しいスコールが! 雨宿りすること10分、ようやく小降りになったタイミングで730交差点にある焼肉屋さんへ。
初めての石垣牛(朝も食べましたが…)はコースでいただきました。

他の高級和牛と味を比較できるようなグルメではありませんが、久々の焼肉を堪能しました。

〆は冷麺(ハーフ)。

3日目も大満足の1日でした。

 

4日目:4月11日(水)

 

日曜日に石垣島に来て以来、滞在している石垣島そっちのけで波照間だ西表だと他の離島ばかりを観光してきましたので、観光ができる最終日の今日は石垣島を観光することにします。当初はタクシー貸切での島内観光も考えていたのですが、無職になった今では出来るだけ無駄遣いを避けることが賢明なので、バス会社が主催する定期観光バスに参加することにします。この石垣島観光バス、9時半から4時間半のツアーで、昼食付で4700円ととってもリーズナブル。ホテル隣のバスターミナルに集合した参加者は30名弱と、4月の平日にもかかわらずこの人数はかなりの人気のようです。
ところがこのツアー、本当に超忙しかった! 何が忙しかったと言えば、兎に角バス出発時間までの時間が短く、私が早足で歩いてもついていくのが精一杯。トイレになんか行く時間もないくらいで、私が旅行会社の社員時代に企画したツアーの担当者または添乗員だったら、恐らく猛烈なクレームを受けていただろうと思うほどです。ガイドさんは「私は石垣生まれなのでゆっくりしていて、早く喋ったり急ぐことが苦手なんです。」と最初の自己紹介で仰っていましたが、実際は話すスピードはともかく東京にいても超速足の観光だったのです。本当について来られて良かったと胸をなでおろすほどです。
最初に一昨日訪ねた具志堅用高記念館を車窓から紹介しながら、石垣島の郊外に向かいます。最初の途中下車は唐人墓。バスを降りて写真を撮ったらすぐに速足でバスに戻りましたが、バスに戻ったのは我々が最後でした。

旅行の計画当初に私が泊まろうと考えていたリゾートのフサキビーチホテルを通過。やっぱりここから繁華街までは遠い… レンタカーでなければ、ここに泊まるべきではなかったようです。

次は石垣島のメインイベントである川平湾。ここではオプションで+1000円払ってグラスボートに乗るプランがあるのですが、予想通り参加者全員がそのオプションに参加です。かなりの速足で海岸まで下ります。

30分程度のグラスボートですが、お魚さんはたくさん見えたもののどうも私の腕が悪いので写真にはうまく映りませんでした。

大きなウミガメも見えたのですが、カメラを構えるとすぐに動いてしまってうまく撮れませんでした。でも、30分間グラスボートを楽しませていただきました。
帰りは別の展望スポットを通って駐車場まで。天気はイマイチですが、「川平湾、晴れていたらさぞかしきれいだろうなぁ~!」と想像させる景色。

我々は列に追いつこうと必死に歩きます。我々よりご高齢の方も何人かいたようですが、皆愚痴も言わず何とかついて行こうと必死です。

バス車中から撮った川平湾の全景

昼食はハンバーグ定食。いただいたランチの定価は1100円を超えるらしく味も悪くはないのですが、やっぱり我儘な我々は「石垣島らしいものが食べたいぃ~!」

観光のランチとしてはクオリティは高いと思うのですが…

レストランからの海の眺め 素晴らしい!

次にバスは熱帯原生林で下車して少し歩くようですが、階段が急そうなので私は降りるのを断念。息を切らせながら戻ってきた妻曰く「急な階段ばかりであなたには絶対無理!降りなくて正解!」妻もついていくのが精一杯だったようです。
最後の観光地が石垣島随一の展望を誇る玉取崎展望台。

行きの飛行機から見えた石垣島が狭くなっている部分から北側にはこのバスは行きません。次回はこの北側には行ってみたいと思います。

石垣空港を経由してバスターミナルに戻ってきたのは予定通り2時半。ということは、この早いペース、毎日のことなのですね!?
午後は繁華街の中心地であるユーグレナモールにてお土産探し。

沖縄本島と石垣のお土産にあまり違いはないけれど、とりあえずあれこれお土産を仕入れます。
石垣島最後の夕食は予約していた居酒屋にて。海鮮と沖縄料理をたっぷりと満喫して石垣を満喫しました!

石垣滞在中は、ずっと泡盛


5日目:4月12日(木)

 

今日は午前中の便で石垣を離れる日。3回目のホテルのビュッフェ朝食では毎日のように八重山そばと朝からブルーシールのアイスクリームを食べていたので、今日も最後にそれらを満喫。8時半には空港行きの直行バスに乗り、見慣れた石垣島の景色でもお別れです。
石垣島、本当に楽しかった! 行く前は4日共の雨予報で、初日は荷物が届かないことや波照間行きが欠航になるかも… と、どうなることかとヒヤヒヤしたこともありましたが、結果オーライの旅でした。

でも、石垣島にはもう1回来る必要があります。次の目的地は日本最西端の与那国島と今回お世話になった波照間のペンションにも行って、波照間の泡盛を呑みたいなぁ~!
次も、必ず!

 

おまけ 翌週も沖縄へ!

 

実はその1週間後にも沖縄に行っています。今回は、最初の会社に1983年に一緒に入社した同期会が那覇で開催されたので、その同期会に久々に参加するための一人旅です。
行きは4/19(金)この日は快晴で富士山が綺麗です。

昼食は好物のソーキそばをいただきます。

(前週の波照間よりも)あまりに暑かったため、思わず国際通りかりゆしウエアを買い、牧志の”せんベロの店”で昼呑み。でもせんベロの店は物価高騰で「1,100円ベロ」になっていました。

同期会はホテルのプールサイドでのBBQパーティー。41年振りに再会した同期もいて、とっても懐かしかったぁ~

翌日、フライトの時間まで同期2人とレンタカーで市内観光。一度は行ってみたかった斎場御嶽(せーふぁうたき)に行ってみましたが、この世界遺産の坂がきつく私にはとっても辛い観光でした。同期二人にも大いに迷惑を掛けてしまいました。ゴメン!

 

石垣島&八重山諸島への旅<前編:念願の波照間島へ>

3月末で会社を退職して4月からは晴れて9年振りの無職に戻りましたので、今後は混雑するGWや夏休みではではなく人が少ない期間に旅行三昧を楽しむつもりです。最初の旅は、”日本2周目”の沖縄県Verとして石垣島八重山諸島への旅。退職を決意した昨年の秋から細々と計画していたこの4泊5日の旅を、いつも通りダラダラとレポートします。
退職した後の各種手続きについては、今回は2度目でもあるので前回と違ってスムーズでした。健康保険は今回は任意継続ではなく国保に加入することを決めていたので、4月1日には早速市役所に行って無保険状態を限りなくゼロ日にするようにしました。昔の会社の旧友には「会社を辞めます」と早めに連絡して、早速久しぶりの飲み会を何回か開催していただき、それなりに多忙な日々を過ごしました。ハローワークに失業保険を貰いに行くのは、離職票が4月中旬まで届かないことは判っていたので、この旅から帰ってきた後にゆっくり手続きするつもりにしています。
そんな4月上旬を狙っての石垣島の旅ですが、4月はまだ台風のシーズンでもなく、泳ぐには少し早いのかもしれませんが、泳ぎには興味のない老夫婦には全く関係はありません。今回は石垣島をベースにして、八重山諸島の日帰りの島めぐりを楽しむ4泊5日で日程を組みました。
八重山諸島でどうしても行きたい場所は、「日本最西端の与那国島」と「(有人島)日本最南端の波照間島」。1回の旅で両方には流石に行けないので、検討の結果、今回は”最南端”の波照間島をチョイス。本当の日本最南端は小笠原の沖ノ鳥島とのことですが、沖ノ鳥島には実際には大枚をはたいて飛行機か船をチャーターでもしない限り我々一般庶民は行くことはできないので、現実的に我々が行ける日本最南端は波照間島なのです。
今回、石垣島のホテルに4連泊するプランにして、当初は海辺のリゾートホテルでハワイのようなリゾートライフを満喫するつもりにしていたのですが、やはり晩ご飯を食べに毎日クシーで石垣島の繁華街まで往復するのは大変そうなので、結局繁華街や離島ターミナルにすぐ近く、少しはリゾート色がありそうなホテルをチョイス。退職後最初の旅なので、少しは奮発してその中では一番高い「ハイフロアオーシャンビュー」の部屋を選択しました。

 

1日目:4月7日(日)

 

今回もコロナ時期にせっせとショッピングで貯めたJALのマイルで、石垣島への2人分の往復航空券を確保します。JALの石垣島直行便は早朝や深夜以外の丁度良い時間が1日1便しかないので、初日と最終日は移動日となるため、5日間の旅行といっても実質観光できるのは丸3日しかありません。1日目のフライトは羽田発14時半で石垣空港着17時半の便。
ゆっくりと自宅を出て羽田空港へ。この日の東京の天気は決して悪くはないのですが、実は1週間前から石垣島のこの期間の天気予報はずっと雨予報で、特にこの旅のメインである波照間行きのツアーを予約している明日はずっとかなりの雨が降るという最悪の天気予報。「全く~ぅ、ついてないなぁ~!」と愚痴りながら羽田空港へ。
羽田で昼食。いつもなら混む羽田のランチは避けるのですが、たまには羽田のランチを楽しむことにします。妻の希望は「そば」なので、お昼時に混みあう蕎麦屋でいつも通り昼からビールと信州のそばを満喫。

JALの石垣便、オフ期とはいえほぼ満席のようです。流石に石垣島に行く外国人はそんなに多くないのでは…? と甘く見ていましたが、あにはからんやかなりの外人率です。

少し遅れて離陸。添乗員の時には絶対に座れなかった窓際席を確保して、離陸の風景を眺めます。

東京湾の景色、久し振りの飛行機からの風景を満喫。

でも、上空に出ると日本列島はずっと分厚い雲に覆われます。

仕方がないので外を見るのを止めてネットで色々と石垣島の情報を見ていましたが、ここで不吉な状況その1に気づきます。それは数日前に自宅から石垣島のホテルに送ったスーツケース。本来なら前日に「ホテルに着きました」というメールが来ているはずなのに、今回はヤマトからの到着メールがありません。ヤマトのHPにアクセスして荷物の配送状況を見てみると、羽田空港到着以降の動きが数日間空欄になっています。空の上では調べようもないのですが、「まぁ、天下のヤマトだから大丈夫だろう。」と高を括っていました。
そうこうしているうちに、憧れの石垣島が見えてきます。

無事に石垣空港に到着。沖縄県には10回以上は来ているのですが、実は沖縄本島以外に来るのは初めてなのです! やったぁ~!

ここで不吉なことの2つ目が起こります。明日、参加予定の波照間行きツアー会社から飛行機に乗っている間に数回着信があったようなのです。波照間行きの航路は外洋を走るので欠航率が高いらしく、「欠航の場合は、前日夕に電話連絡します。」との案内があります。明日はかなりの雨の予報なので、「やっぱり、中止かぁ~」と落ち込みながら空港から市内まで乗ったバスの中からそのツアー会社に折り返してみますが、もう6時を過ぎているので、旅行会社への電話には誰も出ません。
バスの終点である離島ターミナルに着いてすぐに旅行会社のカウンターに行ってみますが、やはりカウンターはもう閉まっていて、誰もいません。少しでも情報が欲しかったのですぐ隣にある船の運航会社である安栄観光の人に明日の波照間便の状況を聞いたところ、「明日の波照間便の欠航は決まってはいませんが、天候調査中で欠航の可能性があります。」とのこと。どうやら、何回かの旅行会社からの電話は、その状況を伝えたくて電話をくれたようなのです。
仕方がないので明日の運行を期待して、離島ターミナル目の前のホテルミヤヒラにチェックインすることにします。

ホテルミヤヒラの美崎館 離島ターミナルは目の前!

最初にフロントの人に、「スーツケース、届いていますか?」と聞いてみたところ、不吉な予感が的中してやはり届いていないとのこと。フロントの人にはよくあることなのか平静に連絡先等を教えてくれます。兎に角部屋に入り教えられた番号等に連絡しますが、AIでの自動回答ダイヤルなどにしか繋がらず、10分程度様々な場所に電話した結果、ようやく緊急連絡先の担当者に繋がり、30分後までに必ず調査の回答を連絡することを約束して電話を切ります。その後は、万一の対応の検討。寝巻も明日の半そでも全てスーツケース に入っているので、いくら雨模様とはいえ波照間に長袖のままではいけないので、どうしようかとあれこれ考え悩みます。35分後にようやく電話があり「お待たせしました! 荷物、今石垣島に着きましたので、今からお届けします!」。ということで兎に角一安心して、ヤマトを信じて夕食に行くことにします。
これほど焦ったことの理由の一つには、この日の夕食でこの旅の食事のメインとなる店の予約が取れていたため。そのお店とは、石垣島最大の人気居酒屋「ひとし石敢當店」。ネットなどで見ると、「電話を100回以上かけても繋がらない。」という記載が数多くあり、「流石に、そりゃ大袈裟だろう!」と思っていましたが、実際に私も100回以上は間違いなく電話を掛けました。予約は2カ月前からの受付で、営業時間内に(時間を変えて)1日10回は電話しましたが、悉く「話し中」。1日10回以上の電話を10日以上はトライしたのです。1回、20時頃に初めて呼び出し音が鳴り「やったぁ~!」と思ったのも束の間、結局数分電話に誰も出ないままシステムで切れてしまったのです。ようやく通じたのは2月下旬の夜の9時過ぎ。この頃のルーティーンのようにドラマを見ながらリダイヤルしたら通じて、しばらくして念願の「もしもし」が聞こえたのです! 1か月以上後の予約なのに、4月8日の19時半の予約は取れずに、「20時15分からなら」という回答で渋々20:15~で予約したのですが、丁度その時間はスーツケースの件で必死に電話していた頃だったので、今考えると20:15~というのは、絶妙な予約時間でしたね。
ホテルから徒歩10分以内のそのお店に行くと、この時間でも店の外で空くのを待っている人が多数! 多分、電話が繋がらなかった人たちなのでしょうね!

予約が取れている我々はすぐに店内に案内され、待望の夕食がスタート。まずは刺身の盛り合わせから。

その後は、ネット等で「絶対に食べるべき」と書かれていたモノを注文。まずはウニソーメンちゃんぷるー。

いかすみチャーハン。 なお、全てハーフサイズです。

石垣牛のにぎりもまいう~!

そして、このお店のメインはやっぱりマグロ。

大トロ、中トロ、赤身 本当に旨いのなんの! 本当に満足した石垣島最初の夕食でした!
ホテルに戻ると、無事にスーツケースが到着していて、一安心。
明日、雨は仕方ないとしても波照間行きの船が出ますように! と祈って床につきました。

 

2日目:4月8日(月)

 

目覚めたら朝の石垣島は天気予報通りの雨。すぐに船会社安栄観光のHPで波照間航路の運航状況をチェックしますが、昨晩とかわらずに「天候調査中」。8時の船の出航を信じて6時半にはホテルで朝ご飯を食べ、部屋に帰って再度運行状況をチェックすると、嬉しいことに波照間便は無事に運行するとのことです! やったぁ~!
雨の中傘をさしてホテル目の前の離島ターミナルへ。今日と明日の2日間のツアーを予約した旅行会社のカウンターにて、無事に参加手続きを完了。
石垣島離島ターミナルのシンボルと言えば、石垣島の英雄「具志堅用高」さん。高校・大学時代に大のボクシングファンになり当時のアイドル具志堅に熱中した私のイメージも、石垣島=具志堅。その具志堅さんの銅像に向かって、「具志堅さん 波照間は晴れますように!」と、無理難題をお願い。

波照間行きの船は、ネットでは「ゲロ船」と酷評されているように、欠航率が高い上に船酔いが兎に角激しい船とのことですが、近年は大型船が就航して船酔いもだいぶ減ったとのことでやや安心してたのですが、来た船は大型船ではなく従来からの小型船。

当然、我々も持参したトラベルミンを飲んで船酔い対策。出航後には尖閣諸島の監視船なのか海上保安庁らしき船が見え、ここが国境に近い島であることが実感されます。

高速船は噂通りのかなりの揺れで、窓から船外を眺めると窓が波ですべて覆われてしまうような激しい波&揺れ。

でも、トラベルミンのお陰で船酔いになることもなく予定通り9時半には無事に波照間島に到着!

何と何と! 嬉しいことに石垣島では激しかった雨が、ここ波照間では止んでいます!具志堅さんにお祈りしたお陰?? 憧れの波照間に来れただけではなく、雨も降っていないなんて、昨日の夜には信じられないくらいの最高の展開です!

ここからは貸切バスにて波照間島内の観光。波照間島へのツアーを催行している会社は何社かあるようですが、各社の波照間ツアーに申し込んでいる人は我々を含めて3組6名。その6名が全員同じマイクロバスに乗り、波照間生まれのガイドさんによる波照間島観光のスタート。

まずは波照間の中心街の散策。波照間島は最南端の島なので、そこにある施設は全て最南端なのです。例えば、交番(駐在所)も最南端。

小学校も最南端の小学校。

郵便局も勿論最南端で、ここで投函すると最南端の消印が貰えるのだとか…

部落を散策すると、沖縄らしい家並みを見ることが出来ます。

この景色、いいねぇ~!

また、波照間島産のものがとっても安く売られています。この共同売店で売られている黒糖、石垣島では同じものが倍の値段するそうです。(翌日、石垣島で確認しました。本当に倍の値段でした!)

波照間で有名な泡盛である泡波。お土産に買いたいところですが、瓶が割れるのが怖くて買えずに、後で激しく後悔することに。

その後、波照間空港にも立ち寄ります。現在の波照間空港は運航再開した石垣便のみで、週3便の運航だそうです。

そして、私が一番来たかった日本最南端の碑。

人生63年目にして、遂に日本最南端に辿り着きました!

ここでツアーにトラブルが発生します。ガイドさんから「最南端の碑の先は道が悪いので、十分に注意してくださいね!」と注意されていたので我々は確かに悪路のその先には行かなかったのですが、参加者の1人の方がその場所で激しく転倒されたのです。慌てて運転手さんとガイドさんが救出に向かい、波照間島の診療所に。この事故で、思いがけず波照間の診療所の外観を見ることが出来ました。離島の診療所といえば、Dr.コトーの診療所を思い出しますが、波照間の診療所は… 思いのほか立派でした!
ケガ人に付き添ったガイドさんがいなくなったので、急遽運転手さんがドライバーガイドを務めて「波照間ブルー」の名所である「ニシ浜」へ。雨が降らなかっただけでもラッキーな我々、今日の「波照間ブルー」には正直期待していなかったのですが… 何と、素晴らしい「波照間ブルー」!

波照間島に来て、本当に良かった!

ランチはツアーに含まれています。今回、3日間共にツアーに参加して昼食はすべてツアーに含まれているので好きなものが食べられそうにないことがストレスでしたが、この日のランチは旅行中に絶対1回は食べたかった「八重山そば」。

応急処置が終わって昼食時に合流されたケガされた方は、顔と両手に包帯をされています。両手骨折の大けがをされたようで、やっぱり注意は必要ですね。
また印象的だったのは波照間の人々が本当に親切なこと! 滞在はたった数時間でしたが、波照間島、大好きになりました! 特に港で様々親切にしてくれた方がいて、次に行くときの泊まる宿はその方のやっている宿に絶対お世話になろうと決めました! 本当に、波照間島、サイコーですよ!
とっても楽しかった波照間島の観光は無事終了。帰りの船は行きより更に小型船でしたが、今回も乗船前にトラベルミンを飲んだお陰で船酔いはせず。激揺れの船中でもウトウト出来て、快適な1時間半でした。
石垣のホテルに戻って15時以降は妻とは別行動。妻はホテルにある大浴場に向かいましたが、私はこの旅もう一つの自分的メインへの訪問。上述した通り、高校生・大学生だった7年の間熱狂的なボクシングファンだった私。高校入学してすぐに知り合った友人2人(T君、M君)に触発されて大のボクシングファンになったのですが、高校1年の10月に世界王者になったのが具志堅用高で、それから私のボクシング熱は具志堅と共にありました。その具志堅が世界王者のベルトを失ったのが大学2年の3月。当時北海道旅行中にサロマ湖の民宿で具志堅が敗れた試合を見て、「一つの時代が終わった…」と、流氷を見ながら涙したのですが、その日を境に私のボクシング熱も徐々に冷めていったのです。そんな私的には石垣島といえば具志堅さんなのですから、「石垣島に行く=具志堅用高記念館に行く」ということで、「何で、今まで行かなかった?」と、自分を叱責しているくらいです。
ところが、ホテルを出るといきなり激しい雨。慌てて雨宿りして気が付いたのですが、「この豪雨、東南アジアのスコールだぁ!」 確かに沖縄本島よりも台湾に近い石垣島ですから、東南アジアではよくある雨季のスコールなんですね! 少し雨が小降りになったので、タクシーで記念館に向かいます。

上述の通り具志堅さんが王者だった5年半≒私がボクシングに熱狂した期間ですから、展示品を見ながら当時の記憶が鮮やかに蘇ります。

私的に具志堅の防衛戦のベストバウトと思っているのは、7回目の防衛戦リゴベルト・マルカノとの2戦目。

1時間以上もゆっくりと思い出を堪能することが出来ました。
この日の夕食はホテル目の前の民謡居酒屋。

最初はもっと有名な民謡酒場に行こうと思っていたのですが、遠かったり階段に手すりが無かったりとさまざまな理由で一番無難なすぐ近くの店に。料理も通常の沖縄料理が中心。

肝心なライブもイマイチ盛り上がりに欠けるものの、沖縄らしさはちゃんと味わえたので、まぁ満足でした。