麻痺からの脱却~日本あちこち旅行記~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに麻痺を相棒に『日本二周』を達成。これからもまだまだ旅を楽しみます!

八丈島に”キョン”を訪ねて

以前にこのブログにも書きましたが、本来八丈島には日本二周目の最終章として昨年11月に行く筈でした。でもその1カ月前に異常に大きな台風2つが八丈島を襲い、その爪痕をメディア等で見るにつけ「今は行くべきではない。」という思いを強くしたので、泣く泣くキャンセル料を払って旅行をキャンセルしたのです。
でも、今年になって東京都が”復幸旅”という八丈島復興の観光キャンペーンを始めたので、「もう大丈夫だろう」と思ってANAの航空券を格安で予約しました。この”復幸旅”は宿泊と食事・土産等で一人合計6,000円の補助があるキャンペーンで、これに昨年大島旅行でも使った伊豆諸島旅をお得に旅ができる「しまぽ通貨」が使えれば合計で1万円以上は安く旅ができるので大いに期待していたのですが、東京都の本年度のしまぽ通貨の決定・手続が遅れた故なのか、しまぽ通貨が購入できるのは”我々が宿泊する次の日から”という何ともアンラッキーなスケジュールになったので、今回の旅では残念ながらしまぽ通貨は使えません。でも、復興を支援したい気持ちはあるので、気持ちよく1泊2日の旅に出かけることにしたのです。

 

1日目:5月13日(水)

 

今回の旅のスタートは宮古島から帰ってきてから僅か5日後。この5日間で我々老夫婦の疲れはすっかり取れたので、気持ちよく旅をスタートできます。今回の八丈島の天気予報は1週間前には2日共「快晴」。今回は気持ちいい旅ができるぞぉ~! とテンションも上がっていたのですが、出発前日に掛けて天気予報は徐々に悪化し始めてきて、遂に前日には一部の天気予報に傘のマークが現れ始めます。
出発当日朝の関東地方は快晴。正に「雲一つない」と言いたいくらいのいいお天気で、同じ関東地方が旅行先なのだから天気は悪い筈はない… と、信じたいところ。この日のフライトは前回の宮古島に続いてANAで、前回と出発時間はたったの15分の違いなので、前回とほぼ同じ時間に家を出て前回同様に羽田空港に向かいますが、前回とは違ってGWではないので、然程の混雑はなく順調に羽田空港まで。
順調な羽田空港、日本全国好天気で欠航なんて文字はどこにもなさそうですが、たった1つ我々が搭乗予定の八丈島便だけが”天候調査中”。八丈島が豪雨らしく、飛ぶかどうかは今しばらく天候を見てから… らしいのです。我々はとりあえず前回は食べられなかった空港内で回転寿司のランチを食べながら状況を見守り、結果「羽田に引き返すこともあり得る」という条件付き運航となった羽田の一番端っこに停まっていた小型機で、無事にテイクオフ。
八丈島までの飛行時間は1時間以内なので、機内での飲み物サービスもなくあっという間に着陸体制に入ります。窓際席なのに雲に隠れて殆ど景色は見えなかったのですが、一瞬雲が切れた瞬間、左側に見えた山の島、これが”八丈小島”ですね!?

八丈小島を回り込むと、向こうに見えてきたのが八丈島の八丈富士だぁ~!

結局、引き返す雰囲気は微塵もなく定刻よりも10分以上早く八丈島到着し、あっという間にゲートを出て、ホテルの送迎車のドライバーさんとミート。飛行機からははっきり見えた八丈富士は、その姿を隠しています。

ホテルの送迎バスに乗り込んだのは平均年齢高めの3組の夫婦。地図で予測した通りのルートを順調に走り、2時過ぎには早くもホテルに到着しますが、ここでまた小雨だった雨が激しく降り始まります。

今回お世話になるホテルはバリ島のホテルのようなリゾート・シーピロス。チェックインは3時以降なので、「この雨の中、やる事ないなぁ~」と思っていたら、まだ2時なのに部屋に入れていただけました! かなり激しい雨だったので、とりあえず部屋で休憩。 4時頃になると雨が止んだので予定通り目の前の底土園地を見学。

噂によると、陸からでも時折ウミガメが見えることもあるらしいのですが、しばらく眺めていても勿論そんな幸運はありません。

すぐ隣には八丈島の玄関口である底土港。朝には竹芝からの夜行便で賑わうのでしょが、この時間は窓口も閉まっており、誰もいません。

八丈富士は見えてきました!

1時間以上の散策で、徐々に天気は良くなってきたみたいです。明日の好天に期待!



夕食は居酒屋を予約済。ホテルの送りサービスがあり、予約時間に合わせて居酒屋に送って貰います。

いきなりお通しが煮魚、これがまあまあ美味しく食べ甲斐があり、頼んだ料理が出るまでしっかり格闘できるので嬉しい!

明日葉の天ぷら。やっぱり旨い!

刺身は新鮮でやっぱり旨い! やっぱりイチ押しはキンメ。

2杯目からは「明日葉サワー」

ANAの機内アナウンスで「八丈島ではトビウオが旨い!絶対食べてください!」と言っていたので素直に従い、刺身はなかったのでフライを。

そして、満を持して頼んだのが「くさや」。

くさやは、大学生時代に”罰ゲーム”で食べさせられて以来。その臭さが無理で以降全く近づきませんでしたが、「八丈島のくさやはそれほど臭くない!」という言葉を信じて40年振りにチャレンジしてみます。 確かに、以前の記憶程臭くはないものの… やはり 「臭さ」>「旨さ」なので、もう食べないことにします。
妻は寝る時に「歯を磨いても、まだ口の中にくさやの匂いが残ってる…」と言っていましたが、確かに… 寝床まで臭かった!

 

2日目:5月14日(木)

 

夜中に目が覚めると… 外はかなり激しい雨が降っていて、凄い雨音です。昨日の天気予報でも今日雨が降る予報なんて全くなかったのに、何でこんな激しい雨が降っているのかは全く不思議です。「雨なんて、もう降らないはずじゃぁなかったの?」と、神様に愚痴っていても全く雨が止む気配はありません。結局、朝まで雨音を聞きながらウトウトして、朝食に出かけるときにも傘が必要でした。でも、天気予報では10時までには雨は止むという予報なので、今までの八丈島の天気予報は大外れの連続でしたが、今日だけは信じることにしましょう。
午前中9時から13時までの4時間は、いつもの通りに貸切タクシーでの観光を予定しています。予定通り9時に迎えに来てくれた車に乗り込み、八丈島観光のスタート。「今日は10時頃までは天気が悪いので、最初に八丈植物公園のビジターセンターで八丈島に関するビデオを観ましょう。」とまずは八丈島の概要をお勉強。
運転手さんから、「ところで、”八丈島のキョン”って、知ってますか?」と言われたので、「知ってる人、いたんだぁ~!?」と、思わず興奮。中学生時代、当時流行った下品な漫画の”がきデカ”の主人公”こまわり君”の「死刑!」等のギャグの1つに「八丈島のキョン」があり、当時熱狂したわけではありませんがこの漫画のお陰で八丈島の存在を知ったくらいの世代なので、「我々にとっては、八丈島=キョンなんですよ!」と言うと運転手さんは嬉しそうに、「最近、これを知っているお客さん、少ないんですよ~!」と私より数年若い運転手さんとしばし当時の話題で盛り上がります。「それならば、キョンを見に行きましょう!」と言って植物公園の狭い道をキョン舎までドライブ。

今となっては、どのような場面であの「八丈島のキョン」というギャグが使われたか等の記憶は全くありませんが、下品でPTAから徹底的に嫌われた漫画だったというのは何となく覚えています。「死刑!」というギャグはポーズ付きで私も使った覚えはあるけれど、「八丈島のキョン」は使った覚えはないけれど、記憶には残っています。

実はキョンを見るのが八丈島に来た影のメイン目的だったりしたので、私的にはキョンが見られて大満足!

天気予報通り雨が止んだので八丈富士の7合目あたりにあるふれあい牧場まで。

まだ、八丈富士の上にある雲は完全に取れていないけれど、天気は徐々に回復傾向で良かったぁ~

八丈富士中腹から眺める八丈島真ん中の平地と向こうに見えるのが三原山。三原山というとどうしても伊豆大島のイメージが強いけれど、こっちも三原山なんです。島の両端に山があって真ん中に平地があるという島は、何となく佐渡に似ていますね。佐渡も八丈も2つの山がくっついて1つの島になったというその歴史も同じです。そして、佐渡にも八丈にも流人の歴史がある点も似ていますね。

八丈小島展望台から眺める景色。”八丈ブルー”なんだそうです。 宮古ブルー、波照間ブルー、仁淀ブルーに八丈ブルー。全く、青の幅広さは凄い!

有名な玉石垣。波に削られた玉石を積み上げた景色は本当に見事!

大坂トンネル展望台。八丈観光のハイライト。

海に向かってのんびりと足湯を楽しみたい「足湯きらめき」 八丈ブルー~!

名古の展望台には昭和天皇の足跡があります。

東南方面の海沿いには、昨年10月の時の台風の爪痕がまだまだ生々しく残っています。道路が全線復旧したのも最近だったとか。でも、そんな凄い台風だったのに死者が出なかったのは本当に何よりでしたね!

天気もすっかり回復して、楽しかった4時間の観光もあっという間。あたりを付けておいたレストラン「藍ヶ江水産 工場内 『地魚干物食堂』」でタクシー観光も無事終了。

キンメ好きの私はキンメの煮つけ定食を食べる気満々でしたが、品切れなので「3年B組金八丼」と妻と半分ずつ”島寿司”をオーダー。金八とはキンメとカンパチの丼でしたが、やっぱりキンメはムチャ旨かった!

帰りのフライトは八丈空港発17:30。当初のプランではこの時間に歩いて八丈植物公園のキョン舎に行く予定でしたが、やる事がなくなってしまいました。結局、八丈島のカフェを2店舗めぐり、ソフトクリームとカフェを楽しんでのんびり過ごします。

町中から眺める八丈富士、何となくいいなぁ~!

路線バスに乗って八丈島空港へ。他に乗客のいないバスの運転手さんは運転しながら親切に観光案内をしてくれて、思いがけず八丈島最後の観光ができました。
朝の時点では八丈島発着便は全便「天候調査中」でしたが、定刻に飛び立った羽田行きの便は、羽田空港着便にしては珍しく定刻より15分も早く羽田空港の一番端っこのゲートに到着しました。

 

2026年宮古島の旅

日本一周目の沖縄旅行は日本一周のスタートになった2014年、妻が沖縄未経験だったこともあり本島の見どころを丸2日間たっぷりかけてタクシーで旅しています。2024年の二周目では本島以外の離島に行くのが妥当なので候補は石垣か宮古島。海の綺麗さでは宮古に軍配が上がるようなのですが、散々悩んだ挙句我々は石垣島を選択。これは石垣島が八重山諸島の玄関口であることが理由で、その通り二周目の旅は波照間・西表・竹富等の島めぐりを満喫した石垣旅行というより八重山諸島満喫の旅でした。
ということで、宮古島にはいつかは必ず行きたいとずっと願っていたのですが、数か月前にANAのタイムセール運賃を眺めていたらGW明けの安い運賃が出ていて、GW終盤でありながら一人片道1万円程度でいい時間帯のANAの宮古島直行便に乗れるので、2人で往復してもほぼ5万円です。勿論、タイムセールの運賃ですから変更や払い戻しはできないのですが、意を決してポチっと予約。確か沖縄の梅雨入りは例年5月のGW明けぐらいの筈だからこの時期ならまだギリギリ大丈夫かな? と、楽観視してその後の予定は全てこの旅を実現するために調整して万難を排して準備を進め、結果予定通りにこの旅を実現することが出来ました。 ところが、出発前日に「沖縄地方が梅雨入り」。でも事前の情報収集で何度か見たYou Tube等では「宮古島の梅雨は、一日中雨が降り続くのではなくスコールのようにザァ~っと激しい雨が降ってすぐに止むことが多い。」という情報を信じることにします。確かに2年前の石垣でもまるで東南アジアの雨季のようにいきなりスコールが降ったことがあったけど、傘をさして観光した記憶はなかったので、あのような天気だと楽観視して旅を始めたのです。

 

1日目:5月5日(火)

 

GW終盤のこの日、この日から旅行に行く人はもう少ないんだろうとは想像しますが、それでも羽田の大混雑は予想が出来たので12時ちょうどに羽田を出る航空機ですが早めに自宅を出ます。でも、最初に乗った宇都宮線から凄い混雑で、乗り込んだグリーン車の1階と2階に最後の1席ずつ何とか空席を見つけて老夫婦は一安心。普段なら東京駅でグリーン車の大半の乗客は降りるのですが、この日は逆にどんどん立ち客は増えてグリーン車の通路までがラッシュアワーのような混雑となり、品川駅で降りるのも一苦労。この人たち、横浜に行くのかな? それとも、熱海?  京急も混んではいたのですが何とか羽田空港に到着できました。 私はJALのマイルを集めているので、羽田からANAに乗るのなんて何年振りでしょうか? 羽田から最後にANAに乗ったのは恐らく病気になる2010年より前、前々職でまだ出張が多かった頃だと思うので少なくとも17年以上振りです。従って慣れ親しんだ羽田空港と言いながら、ANAが発着する第2ターミナルには全く土地勘がなく田舎者状態。宮古島まで3時間のフライトなので食事をしたいとは思いましたが、空港内のレストランはGWの混雑が怖いので、狙いをつけておいたのは地下1階の”てんや”。 昔はワンコインで食べられた”てんや”の天丼、サラリーマン時代は月に1回以上は愛用していたランチですが、羽田のてんやの価格は当時の倍。空港値段なのか値上げなのかは謎のままです。

久々に乗るANAの大型機。

今回は3時間のフライトなので通路側の席を選択、景色は見られずに機内ではwifiを見ながらのんびりと過ごします。スマホのイヤホンを持っていけば映画も観られたようですが、スマホのイヤホンを持っていない私なので機内プログラムも楽しめません。羽田空港ではいつものように出発機混雑のために30分近く遅れて離陸しましたが、その後は順調で3時半過ぎに雨の宮古島空港に到着し、タクシーでホテルへ。 沖縄独特の話し方をされる運転手さんに天気のことを聞くと… 「昨日も今日も、朝からずっと雨。明日もずっと雨らしいよ。ここ数年GWの宮古島は天気が良かったためしがない…」のだそうです。最初の現地情報に少しだけテンションが下がります。
今回の我々の3日間の宿は繁華街ど真ん中の格安ビジネスホテルのスマイルホテル。高級リゾートホテルにしないのは経費を節約したいのも確かですが、老夫婦はプールや海で泳ぐわけではないのと繁華街に出るのに毎回タクシーを呼ぶのも面倒なので、毎晩歩いてお店に行けるロケーションを優先したためです。近くのコンビニで3日間滞在のために必要な物を仕入れ、本来ならホテル周辺を少し下見したかったのですが相変わらず小雨が降り続いているので止む無く部屋でのんびり。
夕食はすぐ近くの沖縄居酒屋へ。幸いなことに雨は上がってくれています。

まだGWなのでお店は完全満席。予約していないと夕食難民になりそうです。

宮古島といっても、石垣島同様料理には沖縄色はあるものの「宮古島ならでは」というものはあんまりないようです。沖縄といえばとりあえずやっぱりオリオンビール!

刺身は新鮮ではあるものの、普段食べているのものとは余り変わりません。でも、沖縄に来たら絶対に食べたいのは「海ぶどう」。

2杯目からは、これも沖縄に来たら必ず頼む”泡盛”

もずくの天ぷらも沖縄ならではですね。

宮古島に来て、感じたことを2つ。
1.宮古島の物価
昔、沖縄本島に来るたびに思ったのは、「沖縄の物価(特に呑み代)はムチャ安い!」。でも、宮古島の呑み代は石垣島同様決して安くないですね。これは観光地値段なのか上がったのかは不明ですが… でも、一昨年行った那覇は昔通り安かったのに…
2.「内地」という言葉 
「内地」という言葉は、昔は北海道の人が本州のことを指す言葉として使っていたという記憶があります。でも宮古島の人は那覇などのことを「本島」と言い、九州を含む本州のことを「内地」というようです。北海道で散々聞いたこのフレーズを宮古島で聞くなんて… 何か不思議です。
デザートは、ホテル目の前のこのお店。このお店ののぼりのフレーズが気に入ってしまったためです。

宮古島の人の締めはアイスなのかな?

明日も雨予報ですが、晴れてくれることを願って床に就きました。

 

2日目:5月6日(水)

 

この日から2日間が宮古島の観光ですが、天気予報は残念ながらこの日はお昼ごろまでは雨予報なので、天気予報が外れてくれることを祈るばかりです。この日は9時から15時までの6時間のタクシー観光を予定していて、翌日の3時間と合わせて9時間の観光で宮古島の見どころを見尽くそうというプラン。
ホテルは食事なしのプランで予約しているため、朝食はホテル隣の喫茶店でモーニングを食べようとホテル備え付けの傘をさして喫茶店へ。私は朝から大好物の沖縄そばの一種の宮古そばを食べる気満々だったのですが、残念ながら「今朝はそばは品切れ」なのだそうです。仕方なく頼んだのは「ポーク玉子」。沖縄での常識ではおにぎりだと思って頼んだのですが、単にポークというかランチョンミートと玉子の定食でした。

9時に迎えに来たドライバーさんの苗字は宮古島出身のアナウンサーと同じ。「親戚ですか?」と尋ねましたが違うようです。雨天の観光なのでまずは雨でもあまり影響がなさそうな宮古海中公園に向かいます。入口から眺める宮古の海、”宮古ブルー”どころか”宮古グレー”のような海。

宮古島海中公園と宮古らしくない海

宮古島海中公園は海の中を覗く施設。雨天だからからなのかまだGWだからなのかはわかりませんが結構混雑しています。

雨でも関係なさそうな海の中では魚が泳いでいますが、宮古島だから特に魚が多いわけではなさそうです。確かに南国のカラフルなお魚さんたちですが…

宮古島の見どころは3つの島と宮古島を繋ぐ3本の長い橋。まずは最北にある池間島と宮古島を繋ぐ池間大橋。橋のたもとにある展望スポットは普段は大混雑で車を停めるのも大変らしいのですが、雨天のこの日は他の車はありません。タクシーの傘を借りて本来なら宮古ブルー見える筈の海を眺めに突端までほんの1分歩きますが…

この写真の海の色を覚えておいてください

たった1分ですが、強風で傘があっという間に壊れてしまいました! その後池間大橋を車で渡ります。宮古島の3つの橋はどこも駐停車禁止で橋の途中で写真を撮ることはできません。

池間島をとりあえず一周して今度は池間島側の展望スポットへ。雨が小降りになっているので、ほんの少しだけ”宮古ブルー”の片鱗が見えた…かな?

この色で一旦自分を納得させたのですが…

その後も宮古島をずっとドライブ。向こうに見える小さな島は大神島で、この島の話になるとこの運転手さんの話に少し熱が入ります。思わず「出身ですか?」と聞いてみたくなりました。

この後も小雨状況での宮古島のドライブは続きます。東海岸で有名な比嘉ロードパークの海岸線。

宮古島最東端の東平安名崎の見晴台から有名な東平安名崎を遠望。

この時だけは少し雨が止んでいたので、東平安名崎の灯台までのんびりお散歩。

お昼ご飯の時間で、運転手さんが案内してくれたのは宮古そばを始め様々な料理を食べられるという宮古島海宝館という大型レストランですが、何故か臨時休業。まだGWなのに臨時休業なんて不思議ですね。「このあたり、他にお店ないんだよなぁ~」と悩んだ運転手さんが次に連れてってくれたのは喫茶店。でもランチには品切れのものも多くあり、食べられるのは「宮古そばではないけれど、そば。」ぐらいしかないようですが、他に選択肢がないのでは仕方がありませんね。

でも味はまあまあでしたよ。我々が最後の空席に座ったため、それから30分で数組のお客さんを断っていたようです。
宮古島3つの橋のうちの2つ目は来間大橋。

来間島に渡った展望台でも眺望は期待できないので、橋のたもとの漁港から雨の中の橋を遠望。

雨は昼過ぎには止むという予報でしたが、宮古島に戻って一番海が綺麗だという与那覇前浜に行く頃には雨は止むどころか豪雨に変わっており、車を降りるのも一苦労な状況ですから、当然海岸には誰もいません。

ここがこの日の一番きれいな海岸!?

結局、タクシー観光終了の3時まで雨が止むことはなく、最後にお土産を買うべく”島の駅みやこ”まで送っていただき、この日のタクシー観光は大雨の中で終了。お土産が一番揃っていそうな島の駅で友人には宮古島産の泡盛を送り、先週10歳になった孫には宮古島のお菓子を送ります。あと10年経ったら、孫と一緒にお酒飲めるかなぁ~!?
1時間弱ゆっくり買い物をしたので、あれだけ激しかった雨はすっかり止んでおりこの旅に来て初めての青空が見えています。「宮古島には流しのタクシーはいないので、タクシーGOではなくDIDIというアプリを入れておいた方がいい。」というアドバイスを受け、沖縄県シェアNO1のタクシーアプリを入れておいたのでこの機会に初使用。このアプリ、結構いい! 近くにいるタクシーが地図で表示され、運転手が決まると地図上にその車が今どこにいるかリアルタイムで表示されるのです。「今、あの角で信号待ちしてるよ。」と言った途端に信号が変わってタクシーが左折してくるのです! 支払は登録しておいたPAYPAYなので手間いらず。後で支払い額を見るとたったの100円! どうやら「初めて利用割▲500円」が自動適用されたらしいのです。ムチャラッキー!
夕食はホテル目の前の民謡居酒屋。6時の予約ですが席は完全満席で、まずは沖縄のお酒と沖縄料理を楽しみます。私の大好物、沖縄と言えばゴーヤチャンプルー!

大好物のゴーヤ尽くし!

6時半からステージが始まります。

馴染みの曲は少なかったけれど、女性歌手の唄は夏川りみ張りで上手い! 沖縄らしく踊り出す人も多く、最後には全員で”涙そうそう”を合唱し盛り上がりました。

そしてこの日の〆は念願の宮古そば。朝・昼と2回も振られた宮古そば、まいう~!

明日の天気予報はこの旅唯一の晴れ。この1日だけでも宮古ブルーを満喫できることを祈って早めに床に就きました。

 

3日目:5月7日(木)

 

この日は午前中の3時間タクシーで宮古の見どころの残りを見た後に、ランチクルーズに乗って宮古の海と海底を船から楽しむという予定。天気予報ではこの日が唯一の晴れ予報なので、老夫婦の期待は否応にも盛り上がります。
この日の朝食は港近くまで10分弱のお散歩。パンが美味しいという噂のレストランを朝なのに予約しておいたので港までの下り坂をトボトボと歩き、お店へ。このクロワッサン、本当に美味しかった!

この日のタクシーはホテルではなくこのレストランに迎えに来ていただくように予約しておいたので、昨日とは違う運転手さんが時間通りにお迎えに来てくれます。この日の3時間で行くのは昨日残しておいた伊良部大橋からの伊良部島と下地島。まずは宮古島最長の橋伊良部大橋の展望スポットへ。 

凄い!凄すぎるぅ~! これが、宮古島なのね!!

これが本当の”宮古ブルー”なんですね!? と、運転手さんに言うと、「まだまだぁ~!」でも、海の色も空の色も本当に凄いんです!

最長の伊良部大橋、最高の景色の中のドライブ。

次に向かったのは下地島空港滑走路横にある「17エンド」。超人気のこのスポットはすぐに駐車場が満車になってしまうので、兎に角先を急ぎましょうと向かっていただいたお陰で、駐車場にはギリギリ空きがありました。
何、この海?? 宮古の海ってこんなに綺麗なの??

空の色も凄い!

丁度この時間、台湾からのLCCのフライトが到着する時間ですが、この日は定刻より15分早着とのことで滑走路の下まで行く前にフライトが来てしまいました!

でも海の色は本当に凄い!

運転手さん曰く、「最高の宮古ブルーは、ここか(昨日行った)池間大橋のところ」なのだとか。「今日の海は、”上の中”だよ!」とのこと。

これが”上の中”なんですか?

運転手さん、これ以上言わないで! また宮古に来たくなっちゃうじゃない! 先に見えるのは飛行機の誘導灯です。

ここに来ただけで、本当に「宮古に来て良かった!」と心から思いました。
次に向かったのは通り池。この2つの池と海は下の方で繋がっているのだとか。

時折、ダイバーが海からこの池に上がってくるらしいのですが、残念ながらそんな僥倖には巡り合えません。

負けず劣らずきれいな海と海水浴場なのが渡口の浜。

いつまでも、どこまでも見ていたい最高の景色です。

本当に我ながら凄い色の写真。この空の色!

いつまでも眺めていたいのですが、我々のタクシー観光はたった3時間!

伊良部島の最後に海の駅から伊良部大橋を遠望。

あっという間の3時間ですがこの天気があまりにも勿体ないので、ランチクルーズが終わった2時過ぎから、改めて3時間の貸切が可能かと運転手さんに訪ねたところ快諾いただいたので、2時過ぎの再会を約してランチクルーズに乗船。
海は本当にきれいな海でしたが、ランチビュッフェはごく普通のビュッフェでした。少しは、沖縄色があってもいいのにね… でも、船から見ても海はキレイ!

クルーズ船は伊良部大橋の下をくぐります。

スポットに着くと船の下のキャビンに移動するよう案内があります。海の中のお魚が見られるようです。

クルーズも十分楽しみましたが、今朝は朝から宮古の凄い景色に圧倒され続けていたため、感動は少し薄れがち。2時にクルーズを終えると、運転手さんが迎えてくれて、改めて3時間の観光のスタートです。3時間のタクシーチャーター追加なんて随分太っ腹なような気もしますが、この機会を逃すと宮古ブルーがもう見られないかもしれないと思ったことと、通常タクシーの貸切料金は1時間6千円台なのに、宮古島は4千円台と内地に比べても破格だったので思い切って頼みましたが、大正解でした! 午後は昨日行ったけど充分に景色を堪能できなかった場所にいっていただきます。まずは、運転手さんイチ押しの池間大橋!

昨日強風で傘を壊された場所。その時の写真と海の色を比べてみて下さい!

池間大橋から見る海の色、本当に凄かったです!

その後もあちこちご案内いただきましたが、凄すぎて放心状態です。あまりに凄い宮古島の景色に圧倒されすぎて写真を撮りまくり、挙句どこがどこだかすっかりわからなくなりました。
昨日、大雨の中で無理矢理車を降りた与那覇前浜、今日は駐車場への道が大渋滞で駐車場にすら行けません。ジモティーの運転手さんがすぐ隣にうまく案内してくれたので、砂浜はありませんが海の色は同じくらいに美しい!

最後は来間島大橋を渡って昨日は行かなかった竜宮城展望台へ。

対岸から見る与那覇前浜とリゾートホテル。最高でした!

合計12時間の宮古島タクシー観光、本当に最高でした!前半6時間は悪天候でいい景色は見られませんでしたが、この6時間があったからこそ後半の最高の6時間が本当に楽しめました! 昔から「宮古島大好き!日本で一番好き!」という人がたくさんいることは知識としては知ってはいましたが、その人たちの気持ち、充分に理解できました! 宮古島、最高!
この旅最後の夕食は宮古牛。今日の運転手さん曰く「最近俄かにブランドになった宮古牛。我々ジモティーには手が出せない値段になった。」とのことですが、確かに高かった!

石垣牛も宮古牛も特に他の牛肉との差別化の味が判らない味音痴の我々、宮古にはまた来たいけれど、宮古牛はもういいかな?

 

4日目:5月8日(金)

 

楽しかった宮古島旅行。昨日1日だけで来た甲斐は本当にありました。今日はまた雨予報のようですが、神様がくれた昨日1日の晴れ間に感謝です!
帰りのフライトは午前中の出発。中途半端な時間なので朝食は宮古空港で朝昼兼用で済ませることにして少し早めに空港へ。今回もホテルからDIDIでタクシーを呼ぶとすぐ近くから2分以内で来るとのこと。運転手さんの名前とナンバーに見覚えがあったので”もしかしたら?”と思っていたら、予想通り一昨日乗った車と運転手さんでした!
「一昨日は散々な天気だったけど、昨日はよかったでしょ?」愛する宮古島を案内する立場の方も、やっぱり天気が悪くて客が落ち込んでいると悲しいものなのでしょう。一昨日落ち込んでいた老夫婦が今朝は満面の笑みだったので、運転手さんも一安心という感じでした! 宮古島、本当にありがとう!
空港のレストランで朝食。沖縄そば好きな私は最後もソーキそば。

お土産を少しだけ仕入れて、ANAの窓側に座ります。宮古島大好き、また来るからねぇ~!

離陸後、飛行機は旋回してまるで今回の旅をフラッシュバックするように宮古島の景色を見せてくれます! あの長い橋は伊良部大橋!

あの島は、来間島!

あそこは、東平安名崎だぁ~!

本当に、宮古島、最高でしたよ!!
またね!

広島から出雲への旅

実はこの旅を最初に計画したのは1年半前。2024年の12月に茨城と千葉の紅葉を見に行った1週間後に行くことにしてJALのマイルで飛行機を予約、広島在住の旧友のスケジュールも押さえて準備万端だったのですが、ここで私が体調を大きく崩して以降数カ月の間病床に臥せってしまうことになり、当然この旅行も中止。次にこの旅のリベンジを計画をしたのは、体調が回復し眼の手術も無事に終わった昨年9月。今度は私に問題は起きなかったのですが、今回の旅のメイン目的の1つであるローカル線木次線の一部区間が運休し代行バスになっていることが発覚、木次線のメインは珍しい三段スイッチバックなのですが、何と正にこの区間が代行バスになっているとのことで今行っても仕方がないことが判明し、またまたマイルで取っていた航空機だけでなく旧友の予定もキャンセル。こうなると2回も断った友人の手前もあり「出来るだけ早く、どうしても行かなければ…!」という義務感に似た感情も生じ、このところ結構旅行も多く多少疲れ気味な私ではあるのですが、結構無理矢理に4月の後半に”三度目の正直”として予約、今度は何とか実現することが出来ました。
この旅の目的は、広島では海沿いを走るローカル線呉線に乗ってから旧友と久し振りに呑み、山陽から山陰を縦断するローカル線である芸備線と木次線を楽しみ、山陰地方では鯖好きな私にとって憧れの”サバしゃぶ”を食べてから最後にはここ15年ずっと憧れ続けてきた”バタデン”こと一畑電車に乗るという2泊3日にしては多すぎるくらいの盛りだくさんの旅なので、1年半前に決めていた日程を殆ど変えずに今回の旅に臨むことにしました。

 

1日目:4月21日(火)

 

この日の予定は朝のフライトで広島空港から三原へ、三原名物のお好み焼きである”三原焼き”を食べ、その後は海沿いを走るローカル線呉線で広島に行き、夜は大学時代3年間ほぼ毎週のように酒を酌み交わした旧友と呑むというもの。朝予定通り6時前の電車で羽田空港に向かい、8時前には羽田空港に着いて1時間後の便で広島に向かうことで一番端っこの出発ゲートまでとぼとぼ歩いたのですが… でも、この日の羽田空港、何かおかしいんです。朝8時の羽田ですからいつものように人が多く混んでいるのは同じなのですが… 不思議なのは、途中通ったどのゲートでも飛行機に搭乗する気配が全くなく、目指すゲートに着くと待合室の椅子は完全満席、よく見るとこのゲートを使うまだ前の便の乗客がおとなしく搭乗を待っているようなのです。もう、出発時間を過ぎているのに… スタッフに聞いてみたところ、「現在、管制のシステムトラブルで全フライトが止まっています。復旧の見込みは未定です。」とのこと。どうやら、朝からまだ1本のフライトも出発していない模様で、どおりで空港に人が溢れている筈ですね。仕方がないのでおとなしく復旧を待ってみますが、1時間経っても全く復旧の目途は立たないようで、ビジネスマンの中には諦めて新幹線に切り替える人も出始めているようです。勿論、無料のマイレージで乗っている私は新幹線に切り替えるなんて選択肢はなく、まな板の上の鯉よろしくただ黙って待つしかありません。9時半を過ぎた頃になって、ようやく徐々に離陸が始まったらしく爆音が聞こえ出しました。その後、欠航になるフライトも徐々に出始まる中、我が広島便は搭乗ゲートは変わったけど何とか2時間半後に出発することが出来ました。到着後の予定は広島空港到着後に考えることにして、とりあえずいつものように景色を満喫します。この日も、見事な富士山!

この高い山々は、南アルプスでしょうね!?

いつもの通り、木曽川と長良川が伊勢湾にそそぐ地図通りの風景。

瀬戸内海。あの大きな島は小豆島ですね!?

遅れはやはり2時間半で、何とか広島空港に到着。”新幹線なら2時間以上遅れたら特急料金の払い戻しがあるけれど、飛行機は何もないよなぁ~ ましては今回は管制のトラブルで、JALのせいじゃないしなぁ~…” などと淡い期待を抱きますが、勿論何のサービスも払い戻しもありません。バス乗り場に行って三原行のバスの時刻を見ると次のバスは約2時間後の3時過ぎなので、今から三原に行って呉線に乗ったら夜の友人とのアポにはとても間に合いません。仕方がないので広島駅行きの高速バスに乗り込み、広島駅までの長い長い1時間の乗車時間を使ってこの日以降の予定についてあれこれ調べ、被害が最小限に留まるように計画を見直し。
広島駅に着いてまず向かったのは駅前の「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」。ビルの6階にお好み焼き屋さんが何軒も並ぶここは、昔何度も行った”お好み村”の小型版の雰囲気。

もう2時を過ぎているので店内にお客さんは殆どおらず、下調べも出来ていない私はとりあえず近くのお店に入り、ビールと一般的な”豚玉焼き”をオーダー。流石は本場の広島で、お好み焼きを焼いている人は、全員がギャル!

味はいつも通りの広島のお好み焼きで、ギャルが焼いていたって最低限のクオリティは充分に満たしており、旨かった!
今日午後に使える時間はあと3時間弱なので、本来なら明日の朝に予定していた広島の新交通システム「アストラムライン」に乗りに行こうと思います。その前に、一度乗ってみたかったのは、「2階から出る路面電車」。広島駅の2階に向かうと、本当に駅ビルの2階に路面電車(市電)が停まっていて、何か感動的!

早速1号線に乗り込むと、午後の中途半端な時間帯なのに乗客は満員でとても座れないほどの混雑。そしてよく見ると、乗客の半数以上は何と外国人! 広島を訪ねる外国人が多いことは知識としては知ってはいたものの、想像を遥かに超える外国人比率で、この路線は原爆ドームや平和記念公園方面に行くので、彼らの目的地はその辺りなのでしょう。でも外国人といってもアジア人らしい人は皆無で、ほぼ全員が白人系。思わず「欧米か!」っと突っ込んでしまいました。 お陰で2階から1階に降りる路面電車の景色は人混みのせいで見られず、その後も住民らしい人の乗り降りはそれなりに激しい中広島市内中心部を走り、アストラムラインの始発駅「本通」で市電を降ります。

最新の地下鉄にありがちのように、通路はしっかり覆われていてアストラムラインの車体は全く見えません。発車後しばしの間は地下を走り、JRとの乗り継ぎ駅である新白島駅辺りから地上に出て、その後アストラムラインはずっと高架を走ります。この線が沿って走る大河は太田川。でも、私がこの川の名前を覚えたのは原爆の悲しい記憶からなので、何故かシャッターを押す気にはなれず黙ってその川の流れを眺めるだけにします。黙祷。
その後もずっと広島市内の住宅街を走ります。

このアストラムラインは「サンフレッチェライン」として車内放送ではサンフレッチェ広島の選手の声が頻繁に流れています。サッカーのサンフレッチェといい、野球のカープといい、フランチャイズとその街が本当に良い関係が出来ていて、とても羨ましい!ここに住んでいたのなら、ファンにならないわけはないですよね!? 絶対!!
アストラムラインを終点の広域公園前まで乗り通して、折り返し。本来の予定では途中駅大町でJR可部線に乗り換え、最近出来たらしい終点の新駅「あき亀山」駅を楽しむ予定でしたが、夕方の旧友との待ち合わせにギリギリになってしまうために可部線乗車を諦め、新白島駅からJRを広島駅まで一駅乗り、今宵の宿東横インにチェックイン。

夜は1年後輩である旧友と一献。お店は広島駅前ですが、カープのユニフォームを着た人たちが大勢スタジアムに向かってお店の前を歩いてゆきます。居酒屋では、勿論大きな音でカープ戦の実況中継が流れています。当然、全員がカープを応援!
昭和55年から58年まで、正しく同じ時を一緒に過ごしたポン友との久し振りの呑み。話題は40年以上前の昔話が中心ですが、私が鮮明に覚えている記憶が彼には曖昧で、逆に彼が明快に記憶していることを私があんまり覚えていなかったり… なんとなくかみ合わないもどかしさはありましたが、いつまでもまた会いたいと思う得難い旧友です。昔は、飲みに行って一軒で帰る事なんて絶対になかった2人ですが、65歳にもなると”二次会”という言葉はいつのまにかお互いの辞書からは消えてしまうようですね。


2日目:4月22日(水)

 

この日のメインイベントは中国山地の縦断。超赤字ローカル線で廃止議論が取りざたされている芸備線と木次線に乗って日本海側に出る日程ですが、超ローカル線なので乗り継げる列車は少なく、広島発11時過ぎの芸備線がほぼ唯一の山陰まで辿りつけるダイヤ。11時まで時間があるので、あさイチに新幹線で三原まで行けば昨日乗れなかった呉線に乗れて、11時の芸備線に十分間に合うということは昨日広島に向かうバスの中で調べていたので、今日の午前中に呉線に乗るべく朝6時過ぎには新幹線のホームへ。そこでひかり号を待っていると、昨晩呑んだ旧友からLineが入ります。
「今、山陽本線が止まっている。経験則では山陽本線が止まると呉線のダイヤが乱れるので、今日の呉線は危険。芸備線を優先した方がいいのでは?」 という、ジモティーの鉄ちゃんらしいアドバイスです。今日の私の危なっかしいスケジュールで山陰に行けなくなることを心配してくれていてありがたいのですが、もう新幹線の切符も買ってホームにまで入ってしまったので、行くだけ行ってみようと思います。やって来た始発のひかりは”東京行”。何か変な感じです。順調に三原駅に着き、止まっていた山陽本線も少しずつ動き始めたみたいで、私の目的であった呉線にも無事に乗り継げました。

私の長年の憧れだった海沿いを走る呉線。海沿いを走る列車は五能線をはじめたくさんあるけれど、呉線に憧れた理由は、”島なみをたくさん見られるから”。始発駅の三原を出てすぐ、呉線は海に寄り添い、”ゾクゾク感”が始まります。

徐行区間も結構多いようで、列車はしばしば25キロ以内で走ります。普通なら船はあっという間に抜き去るのですが、徐行中は船と並走することもあります。

沿線にはドックなども多く、瀬戸内海の活況を感じます。

しばらく見えていたのはしまなみ海道、忠海(ただのうみ)駅の先には、ウサギの島として有名な大久野島が。この島には今年7月に行くことで宿の予約を済ませています!

次に見える島々は”とびしま海道”。ここも2015年に車で来ていて、本当に素晴らしかった想い出があり、懐かしさに思わずウルウルします。この辺り、島影と並んで多いのは牡蠣の養殖筏。流石は、広島じゃけん!

懐かしい呉の街を過ぎ、しまなみの最後に見えたのは江田島。本当に、たくさんの島を見られて呉線は最高です! 自分的にも好きなローカル線のベスト5には入れてもいいと確信しました。呉線に乗りに来て&諦めなくて、本当に良かった!
僅か数分遅れで広島駅に到着、山陽本線は朝からのダイヤ混乱が続いています。でも、私が次に乗る芸備線だけは時間通り動いているみたいで、途中駅まで行く1本前の列車も定刻に目の前を発車していきました。

芸備線 一本前のこの列車は、定刻に出発していったのですが…

唯一山陰までこのルートで乗り継げる列車は、11:10発の三次行き快速の”三次ライナー”。前の列車が定刻に出て行ったのですっかり安心していたのですが、定刻の11:10を過ぎても一向に折り返しの列車はやって来ずに、おまけに何のアナウンスもありません。広島駅では遅れている他の列車のことは散々案内していますが、乗客が少ない赤字ローカル線の芸備線のことは全く無視したかのような対応です。それでも芸備線を待っている人の行列はそれなりに長くなっているし、ホームにJRの係員は誰もいないし… この三次ライナーの終着駅三次で次の芸備線の乗り継ぎは僅か25分程度で、この次の列車を逃すと芸備線の乗り継ぎもその先の木次線の乗り継ぎも叶わないので徐々に焦り始めます。でも、相変わらず芸備線には何の情報もありません…
11時半過ぎに、ようやく折り返しの列車が到着します。この時間だと、三次での乗り継ぎはギリギリだなぁ~と大いに心配になりますが、そこからはこの三次ライナーは結構必死に走り、遅れを少しずつ取り戻したみたいで何とか次の列車出発の5分前には終着の三次駅に着いてくれました。
三次駅からは更にローカル色が強くなり、本数もぐっと少なくなった芸備線は当然の如く一両。発車間際に何とかその1両に滑り込むと、どうやらほぼ全員が鉄ちゃんらしい人でBox席もロングシートもそれなりの乗車率。最初は、Box席を独占したいと「誰か、降りないかなぁ~!?」と駅に着くたびにキョロキョロしていましたが、結局、家族連れもお婆さんも若い女性もどうやら全員が鉄チャンのようなので、終点まで誰も降りませんでした。
3つの列車が落ち合うことから名付けられたという備後落合駅。

我々が乗ってきた芸備線は一旦ここ備後落合が終点でこの列車は折り返すようですが、更にローカル色が強くなって岡山方面に向かう芸備線も向かいのホームに到着。

そして、私がずっと憧れていた木次線。

備後落合駅には、有名な元職員のおじいさんがボランティアでこの駅の説明をされています。本来ならゆっくりと説明を聞き、芸備線のこの先の岡山方面にも行ってみたいけれど、今回はとりあえず計画通りの列車に乗れたことに満足。
木次線は、定刻通りに出発。広島からずっと芸備線に乗ってきてそんなに山を登ったイメージはないのですが、この辺りにはまだ結構桜も咲いていて、木次線はいきなりずっと下りの坂。

三次駅から乗ってきた1両の鉄ちゃんたちは備後落合で芸備線組と木次線組の半々に分かれたみたいで、1両の乗客はさっきまでのほぼ半分で全員同じ顔ぶれ。山深いこの辺りでは乗客の乗下車は全くありません。 広島県と島根県の県境を超えると、ワンマンの運転手さんから丁寧なアナウンスが。
「この先、木次線のハイライト。まずは赤い橋と”奥出雲おろちループ”が見えます。その次が有名な三段スイッチバックで途中には出雲坂根の駅があります。」 早速、見えた赤い橋で、列車は徐行運転してくれます。

おろちループも全貌は見えないけれど、少しだけ見えました!

そして、ハイライトの三段スイッチバック。まず降りる線が近づいてきます。

運転手さんが後ろに行き、今度は逆方向に降り始めます。

出雲坂根駅到着。再び運転手さんが前に戻り、更に下って行きます。

出雲坂根駅には結構な数の鉄ちゃんがいて、皆ホームから写真を撮っています。でも誰も乗り降りする人はおらず、全員がホームから手を振って見送ってくれます。車で来ているんでしょうね。

木次線のハイライトはこれにて終了。楽しかったけど、本当にあっという間でした。やっぱり、木次線を楽しむには絶対今回の逆の方がいいですね。というのは、備後落合発だと乗車してすぐにというかいきなりハイライトが訪れることと、やっぱりスイッチバックはウンウン唸って坂を登るところに醍醐味があり、スイスイ降りるのはあまり楽しくないと思うためです。勿論、来られて嬉しかったことは間違いないのですが…
木次線でどうしても見たかった駅は、「亀嵩駅」。

そう、ここは松本清張の名作「砂の器」の舞台。少年時代、小説を読んで木次線と亀嵩の駅に猛烈に憧れ、その後映画にも熱狂し… あの頃、私にとっての島根県と言えば亀嵩だったんです。本当ならそばも食べたいところですが、ここ亀嵩の蕎麦もおろちループも7月に車で来る予定です。山を下りるにつれて徐々に乗客も増えてきて列車の行き違いも増えてきます。

高校生の乗客が徐々に増えてきて、18時前には山陰本線の接続駅である終点の宍道駅に到着。今宵の宿は名物”サバしゃぶ”を食べるために鳥取県の米子に取っています。ここから米子までは各停で1時間強ですが、丁度この時間が日没の時間に当たるために、天気が良ければ宍道湖に沈む夕陽を車内から眺められるかも…と、楽しみにしていたのですが、曇りだし今日は朝からもう12時間も列車に乗りっぱなしだったのでややお疲れ気味。少しでも早くサバしゃぶを食べたいと思い、少しだけ早く着く特急列車を奮発。

やっぱり、宍道湖の夕陽は見られなかったようです。
7時半過ぎに米子駅に着き、ホテルにも行かずに直行したのは駅前の居酒屋。

サバしゃぶを予約していたので、1人用の席にはもうサバしゃぶの準備がされていました。

初めて食べたサバしゃぶ… うぅ~ん、旨い! 絶品! また、高かったけれど折角山陰まで来たので、やっぱりノドグロは外せない! う、うめぇ~!

サバしゃぶの〆に頼んだのはそば。中華麺かと思ったら、来たのは日本そば。

でも、このそばにサバの出汁が出てこれも旨かった!! 大満足の夕餉になりました。

 

3日目:4月23日(木)

 

この日のメインイベントは15年間憧れ続けた一畑電車(通称:ばたでん)の乗車。私は2010年に脳卒中を起こし右半身麻痺になったのですが、まだリハビリ中で旅行に行くことや車を運転することなんて夢のまた夢だった翌2011年にたまたま見た映画が、中井貴一さん主演の”RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語”で、ほぼ同年代の中井さん演じる主役がサラリーマンを捨ててこのばたでんの運転手になる物語。あの当時はまだ島根県には行ったことがなかった私はそのストーリーや風景にすっかり感情移入して、「旅行に行けるようになったら、まず最初に島根に行き”ばたでん”に乗ろう!」というのを、毎日のように病状や気持ちを投稿していたブログに何回も書いていました。(こんな感じです)その後、徐々に旅行にも行けるようになり車の運転にも復帰できて、島根県には2015年と2017年に行ったのですが、その時は妻と車で行ったのでばたでんに乗るチャンスはなく、ようやくばたでんに乗りに行ったのは2024年、寝台列車サンライズ出雲で松江まで行きばたでんの始発駅まで行ったものの、線状降水帯による豪雨で松江で足止めを食らって目の前に停まっていたばたでんにすら乗れなかったという悲しい記憶があります。
サバしゃぶを食べるために泊まった米子ですが、折角ここまで来たのでローカル線の境線に乗って境港までは行ってみようと思い、朝7時代の列車で境港を目指します。

時間帯的に予想はしていたのですが、境線は高校生でほぼ満席。境線は珍しいとか素敵な風景というより普通の住宅街の中をずっと走ります。鬼太郎で町おこしをしているこの周辺、境線の駅名にも妖怪のニックネームが付いており、車内放送には目玉親父とネコ娘が登場。我々には懐かしいけれど、鬼太郎をリアルタイムでは知らない今の若者にはどうなんでしょうね?

珍しいのはローカル空港と接続している米子空港駅。この空港の愛称も「米子鬼太郎空港」。ANAメインの空港なので、私には来る機会がなさそうです。

学校のある駅で少し降りたと思ったら、また高校生が徐々に乗って来る状況が続き、最後に高校生が降りたのは終点の1駅手前。終点の境港駅の愛称は”鬼太郎駅”。

駅前には妖怪のモニュメント等がある”水木しげるロード”があるのですが、この日は雨だしここには2015年にも来たことがあるので今回はスルー。

でも、駅前に見えるのは確かに海。この旅で唯一見られた日本海だぁ~!

折り返しの境線で米子駅まで戻り、米子では次の普通列車までは1時間も開いてしまうのでまたまた特急列車を奮発して松江へ。松江駅は2年前に数時間運転再開をずっと待っていた駅なので駅ナカの記憶は鮮明、勝手知ったバス乗り場からばたでんの始発駅松江しんじ湖温泉駅に向かおうとしたのですが、何故かこちらも30分以上待ち時間があったためにここでもタクシーを奮発。松江しんじ湖温泉駅は今日も雨でしたが、流石に今回は列車は動いているようです。

憧れのばたでんはboxシートとロングシートが半分ずつの1両。

私は左側の宍道湖ビューのboxシートを確保し、前の中井貴一さんには似ていない運転手さんの運転を見ながら15年越しの憧れのばたでんの風景を満喫。

進行方向左側にはずっと宍道湖が見えていますが、反対側のJRと違ってこっち側からは宍道湖に沈む夕陽は見られません。

沿線の中心駅らしい一畑口駅。この駅、映画で見た記憶があります! 駅にもロケで使われたという案内表示もあるようです。

一畑口の駅で列車は反対に走リ始め、席を移るのも面倒なので今度は宍道湖ビューではなくこのあたりの風景を味わい、出雲大社行きの列車に乗り換える川跡駅に到着。

ここで列車に乗り換えて出雲大社前駅を目指します。

終点の出雲大社前駅に到着。憧れのばたでんを大満喫でき、15年越しの悲願が叶って最高!

この前の道、年に1回は大学駅伝の時に必ず見ています!

幸い、雨はほぼ止んでくれたようなので、とぼとぼ歩いて出雲大社を目指します。この旅館は昔1回だけキャンパスで見かけたこともある竹内まりやさんの実家!

参拝前にお昼ごはんを。出雲と言えばそばですが、私はもう1度大好きなノドグロが食べたくって、大社前のノドグロのお店へ。

頂いたのはノドグロ丼。やっぱり、日本海に来た時にはノドグロが最高ですね!

出雲大社に来るのも2015年以来。

でも、ここには3ヶ月後の7月に妻の妹と一緒にまた来ることになっているので、今回は参拝もだけどその下見も兼ねています。例えば、「どこの駐車場に車を停めたら一番歩かずに参拝が出来るか」等を調べながら参拝。

本来ならば、すぐ隣にある島根県立古代出雲歴史博物館を見たかったのですが、現在長期休館中とのことで見られないので、本殿すぐ横の宝物殿等を見学して時間を潰します。 帰りのフライトまではまだ時間があるので、再度ばたでんに乗り出雲市まで出て、そこからバスで出雲空港に向かおうとも思っていたのですが、結構疲れ気味の私の目の前に来たのは1日1便の出雲大社から出雲空港に行くバス。このバスに乗れば出雲空港に早く着きすぎることは判っていたのですが、天気も悪いのでついつい乗ってしまいました。
空港ではラウンジで時間を潰し、搭乗前には出雲名物のそばを満喫。

色々ありましたが、本当に楽しい旅でした。結局、今回の旅で計画していて叶わなかったことはたった2つだけで、1つは鶏のもつが入っている三原名物のお好み焼きである「三原焼き」を食べることと、もう一つはJR可部線の新終着駅である「あき亀山駅」に降り立つこと。
いつかの広島への旅では、是非叶えたいと思っています!

 

2026年信州桜紀行

4月になったので、2026年度の旅行予算がスタートしました。今年も年度で決めた旅行予算をギリギリまで使って、日本各地への旅を満喫したいと思います。
でも、4月6日からのこの旅が2026年度最初の旅では実はありません。4月2日に孫が一人で我が家に泊まりに来て、翌日に孫とジジイの鉄男2人旅を実施したからです。その鉄旅とは新幹線かがやきで長野まで行き、長野電鉄で旧ロマンスカー車輛最前列を楽しんだ後は、しなの~あずさに乗り継ぐという全部特急列車での日帰り旅。でも、この旅の日程はつい最近に一人で行ったおときゅう日帰り旅の5日目に酷似しているし、写真といってもこの日撮った写真は列車ではなく殆どが孫の写真なので、この日帰り旅のレポートは投稿しないことにします。
齢を重ね、昔では考えられないくらいに桜好きになった私。あと何回桜紀行を楽しめるのかはわかりませんが、兎に角日本の有名な桜は全部見たいと願い続けています。吉野の桜は無職になってすぐの2015年に楽しんでいて、悲願だった角館・弘前を含む東北の桜は昨年満喫(前編後編)したのですが、昨年暮れの元旅行会社の先輩たちとの忘年会で「どこの桜が一番よかったか?」という議論になった時、某先輩が「絶対、高遠の桜!」と強く主張していたのを聞き、その瞬間に今年の桜紀行の行先が決まったと言っても過言ではありません。
でも、桜を見に行く旅で一番難しいのは、”いつ行くか”。間際で予約したのではいい宿は取れないし、といって満開時期を読み切るのは気象のプロでも至難の業。今回は平日の宿を3週間に分けて4つ予約して、徐々に開花予報の精度が増せば可能性の低い宿からキャンセルしていくことにしました。元業界人としては宿にはあまり迷惑を掛けないためにキャンセル料対象になるギリギリに落とすようなことはせずに、出来るだけ早めで十分再販可能な時期にキャンセルしています。とは言え、同じ宿を4日も予約するのは流石に避け、今回は高遠の周辺で”ここ、泊ってもいいかな”と思える宿を4つバラバラに予約して、そのうちのどの宿になるかは高遠の桜に決めてもらうことにしました。予想以上に2026年の桜の開花は早いようで、結果的に”一応、この日も取っておこう”的に予約しておいた一番最初の4月6日(月)に決めたのは3月下旬。開花予報もこの頃になれば流石に大きくは狂わず、見事な満開の桜を楽しむことが出来ました!

 

1日目:4月6日(月)

 

今回の1泊2日の旅の天気予報は、1日目が晴れで2日目が雨。今回の旅のメインイベントは高遠の桜なのですから、まずは晴れている間に高遠の桜を満喫しようと思います。さまざま情報収集をすると、高遠城址の駐車場の混雑は激しく、城址に近い有料駐車場は平日でも9時過ぎには満車になるらしいので、遅くとも朝の6時には家を出ようというプランにしていましたが、年寄りはやはり朝早く起きてしまうので、結局5時過ぎには圏央道に乗っていました。早い時間なので道路は順調、圏央道・中央道共に混雑はなく予定より早く8時前には諏訪のインターを降り、ここからは下道で高遠まではおおよそ40分。諏訪インターを降りた関東近辺ナンバーの前の車も後ろの車も同じ道を進むので、「これらの車、全部高遠だったりして…」と冗談のつもりで行ったのですが、何と予感は当たり、諏訪インターから一緒だった前後数台の車は全部高遠の桜目的でした! とは言え混雑することはなく、交通量は多いものの8時半過ぎに高遠城址入口に着くと、案内看板は「(上の)城址の有料駐車場:満車 (下の)無料駐車場:空車」で、係員は各車を下の無料駐車場に必死に誘導しています。下の駐車場からは城址までは20分以上の上り坂らしいので、我々は誘導を振り切って城址近くにある1,000円の駐車場へ上る一方通行を進みます。でも、この道はすぐに動かなくなります。殆ど進まない道ですが、車内からは桜が見え始めていて、この旅最初の桜見学です。

一番メインの入口に近い駐車場P4には並ばせても貰えず、身障者専用のP5にも断られ、P6にようやく並ばせて貰えました。8時半でこの状態… いったい、これらの方はどこから&何時から来ているのかが本当に不思議。 でもやっぱり早く来ている人たちは8時台といえどもポツリ、ポツリと出ていくので、並び始めてから15分余りで、ようやく駐車することが出来ました! 早速南口ゲートまでとぼとぼと歩きます。桜も見事だけど中央アルプスの山並みも最高!

混雑はしていますが、「天下第一の桜」と称される高遠の桜をゆっくりと満喫。

ここの花は、赤みが強く小ぶりな”タカトオコヒガンザクラ”で、この辺りの固有種のようです。

いい天気なので、中央アルプスも素晴らしい!

これで、”日本三大桜”と称される吉野、弘前、高遠を制覇したことになりますが、「どこが一番だった??」という質問に対しての私の答えは、「決められない~!」。

 

1時間半以上ゆっくり桜を満喫して、高遠を後にします。折角、高遠に来たのだから昼食は名物「高遠そば」を食べたいので、観光協会の窓口の人に「出来るだけ混雑が少なそうな大型店または道の駅などはない?」と聞いてみますが、絶望的な回答。念のため有名店の前まで車を走らせてみますが、まだ11時前なのに”帰れマンデー”にでも出てきそうな凄い行列が! 結局、高遠でのランチを諦め車を30分走らせて隣町伊那のおそば屋さんへ。

高遠そばは食べられませんでしたが、そばに加えてこの辺りの名物であるソースかつ丼も味わえました。

午後も桜名所をドライブ。まずはすぐ近くの春日城址の春日公園。

ここもしばし散策しましたが、素晴らしい公園!

桜、どこも本当に素晴らしい! それにしても、日本にはまだまだ知らない城跡が本当にたくさんあるのですね! もっと勉強しなきゃ!

 

その後は中央道を名古屋方面に少し走って飯田市まで。飯田市の桜名所は「飯田市大宮通り桜並木」。でも、この辺りの桜にはどうやら少し遅かったようで、桜は散り始め… という感じで車を停めて写真を撮る程でもなく、並木と飯田線の踏切をいい気分で通過。 次の目的地は天竜峡八重桜街道。でもここも遅かったのか早かったのかは不明ですが、目だった桜並木はありません。この日最後の見学地は天竜峡。私でも峡谷を散歩できるような場所はなさそうなので、橋の上から眺めるだけの観光。タイミングよく天竜峡下りの船が来たので、いい景色が撮れました。

天竜峡駅には、去年乗った飯田線。また乗りたいなぁ~!

もう少し天竜峡の観光がしたかったのですが、他に適当な場所もなさそうだったし、朝早くから運転してそろそろ疲れてきたので本日の宿へ。宿があるのは長野県下條村という村。村には「峰竜太のふるさと」の大きな看板が出ています。
温泉にゆっくり浸かり、宿の夕食としては珍しいチーズフォンデューを楽しみます。

ここは、星空が綺麗で我々も2020年に星空を見に行った「ヘブンスそのはら」がある阿智村の隣村。この宿でも星空観賞会があるようですがこの日は曇っていて星は見えそうにないので、星空観賞には参加せず、早々に床に就きました。

 

2日目:4月7日(火)

 

前日は宿に早く着いたので、宿においてあったこのあたりのおすすめスポットの情報などを熟読することが出来ました。この日の天気予報は雨で10時前には降り始めるという予報を受けて、組んでいた予定を見直して雨天用の観光に切り替え。
9時には宿をでて、まずは宿に近い天竜峡の観光スポット「そらさんぽ」へ。ここは三遠南信自動車道の天竜峡パーキングエリアから天竜峡(天竜川)にかかる道路の橋の下を歩くことが出来るスポットらしく、昨日天竜峡の見どころを尋ねた時に観光協会の方は何も言ってくれなかったけれど、昨晩見た宿にあった情報で初めて知ったスポット。高速道路のパーキングエリアなのに一般道からも無料で入れるというのが不思議でしたが、このあたり現在のところは無料区間なので納得。雨が降り出す前に、橋まで歩きます。

橋の下にはこのように遊歩道が出来ており、近所の老人たちがお散歩されています。

真ん中まで来ると、天竜峡の見事な眺めが見えます。絶景かな~!

「鉄道や川下りの船があると写真が映えるので、行く際には時間を調べると良い。」と宿にあったパンフレットには書かれていましたが、昨日この場所の存在を知ったばかりの私なので、そこまでの幸運は望まずに”まぁ、来られただけでもラッキー”と考えて満足して戻りかけたその時、警笛が鳴って何と飯田線が!

最高にラッキーな瞬間でした!
この後は再び宿のある下條村に戻って、道の駅でお買い物。新鮮な野菜でも買って帰ろうと思っての訪問でしたが、嬉しいことに私の大好きなタラの芽などの朝どれの山菜や原木シイタケなどがあり、夢中になってお買い物。帰宅翌日に早速山菜づくしの食事をいただきましたが、本当に旨かった! 下條村最高! 
道の駅を出るころには、天気予報通りに雨が降り始まります。ここからは中央道を東京方面に少し戻って諏訪湖周辺に向かいます。当初の観光プランでは諏訪湖周辺で諏訪大社の参拝や桜名所を訪ねる予定でしたが、元々クリスチャンで神社仏閣の参拝には後ろ向きの妻には雨中の諏訪大社は辛いし、桜も昨日たっぷり見たのでもういいかな?…って感じです。昨晩、GoogleのAIに諏訪の雨天観光プランを尋ねてみたところ北澤美術館を紹介され、日本画とガラス工芸の展示に特に妻が大いに興味をそそられたので、諏訪大社の参拝は次回に回すことにして美術館に向かってみます。

絵はともかくエミール・ガレやドーム兄弟作のアールヌーボーのガラス工芸は見ごたえがありました。久し振りに芸術に触れて少しアカデミックさを取り戻した気分に。この美術館に惹かれたもう1つの理由は、諏訪湖ビューのティールーム。

諏訪湖と桜並木を眺めながらケーキセットをいただいた老夫婦は、すっかりご満悦。

最後に昼食を食べてから長野県を後にしようと思います。さまざまなレストラン等が並ぶ諏訪ICの近くで我々が入ったのは、厳密には長野県のものではないのですがこのあたりに来ると何故か無性に食べたくなる”おぎのや”の「峠の釜めし」。 大型レストハウスのような場所で釜めしを求め、イートインでいただきます。

久々に、旨かったぁ~!
この後すぐに中央道に乗り、3時間かけて自宅に戻りました。今回の全走行距離は652.4キロで、燃費は25.9キロ/リットルと、今回も愛車はしっかりと走ってくれました。

これで2026年の桜見学は終了です。日本にはまだまだ素晴らしい桜がある筈なので、今から1年間にじっくりとリサーチして、来年もまた満開の桜を楽しみたいと思います!

「青春18きっぷ」で憧れの雨晴海岸へ

2025年度(2026年3月まで)最後の旅は、年甲斐もなく「青春18きっぷ」を使って”鉄ちゃん旅”をしました。1年前に”史上最悪の改悪”がされた18きっぷ、今まっでは5日間の「バラ使い」が出来たし複数人での利用もできたので期間中に1日ずつ好きに使えたので特に夏の期間などには本当に重宝したきっぷだったのですが、去年から一人利用で3日または5日間の連続使用に限定されたのでその使い勝手は極端に悪くなり売り上げは激減したらしいのですが、もう元に戻るなんてことはどうやら期待できなそう… ということなので、年寄りの体力では5日連続の鉄旅は難しそうなので、せめて今回は3日間の各駅停車の旅で行けるところまで行ってみようということにしました。
今回の旅の最終目的地は富山県の雨晴海岸。この場所から見える富山湾越しの雪を被った立山連峰の風景には大昔よりずっと憧れてはいたのですが、いくら立山連峰とは言え雪景色が見えるのは11月~3月くらいで、今の私の不自由な体では雪深い真冬には日本海側を旅するのは難しそうなので、「行けるとしたら11月もしくは3月ぐらいかなぁ~…」などと憧れてはいたもののなかなか思い切れずにいたのです。でも、近年この雨晴海岸の景色がちょっとしたブームになり、氷見線の雨晴駅には展望デッキも出来たらしいし、NHKがこの雨晴の絶景を特集番組で取り上げたこともあり、「やっぱり…どうしても、行きたい!」と気持ちが更に昂ります。でも、海越しの山の風景なんて天気が良くなければ絶対に見られないし、とは言え晴れていても必ず見えるものでもないらしく、一説によるとその見える確率は10%程度とのことなので、日程を決めるのも大変です。いくら無職のヒマ人とは言え、毎日にはそれなりにやる事や都合もあるし、天気予報を確認してから行ったところで晴天でも必ず見えるわけでもなさそうなので、日程に悩んでも仕方がない気もします。という訳で、もう運は天に任せて日程を決めることにしました。絶景は見られなくても、「まぁ、来れただけでもいいかな!?」と思おう…ということに割り切りました。とは言え、3日間に各駅停車で雨晴までの往復はできないので寄り道をしながらのんびり雨晴まで行き、3日目には新幹線でビュ~ンと帰ってくるプランにしました。

 

1日目:3月23日(月)

 

この日の目的地は岐阜県の多治見。子供の頃から時刻表を読んで何故かその地名に憧れていた多治見にも足跡を残したいと思っていたためです。でもいくら各駅停車とは言え埼玉から多治見に直行するだけでは面白くないので、未乗路線の身延線乗りつぶしを1日目のメインイベントにすることに。白岡からは老人の体力温存のために宇都宮線始発のグリーン車に乗りましたが、最近のグリーン車の混雑は本当に凄く5時台の始発列車なのにグリーン車は大宮駅に着く前に満席になります。次の乗車は本日最初のイベントである中央線グリーン車。東京駅で中央線に1年前に導入されたグリーン車の2階席に初めて乗り込みます。通勤のグリーン車は中央線も大混雑なのでしょうが、逆方向のグリーン車は感動的なくらいにガラガラ。

中央線の見慣れた景色を2階のグリーン席から眺めるのは本当に快適。スピードも風景も特急あずさからの風景を凌駕する… というのは言い過ぎでしょうか!? すれ違う満員列車やどこのホームにも溢れている人・人・人… 昔は日常だった通勤のことを少しだけ思い出して、ちょっと感じた優越感と共に少しだけ淋しくなるという複雑な心境。高尾で旅情溢れるBoxシートの郊外普通列車に乗り換え。列車は然程混んではおらず、この日は曇りなので富士山は見えないけれど景色をぼんやり眺めながらのんびりと甲府駅まで。甲府駅到着直前、目の前に満開の桜が飛び込んできます! そういえば数日前、「今年の桜の開花は甲府が全国一早かった」というニュースを見た記憶があります。身延線の乗り換え列車まではまだ約1時間あるので、列車から見えた桜を見に向かってみます。確かに、満開! 自分的にも、今年の初桜です!

目の前には甲府城址の舞鶴城公園があります。ここにも見事な桜!

もう、満開ですね!

駅前の信玄公も、お供に桜を従えていました。

甲府駅の端にある身延線発着ホームにはもう各駅停車が停まっています。JR東海色の2両編成~(六角さんの曲のように)。

目の前のホームに後から入線した特急列車ふじかわ。あっという間に先に発車していきました。18きっぷじゃなかったら思わず飛び乗っていたかも…

JR東海のローカル線はロングシートではなく、座席を動かせるクロスシートなので嬉しい。前列右側の窓際席を確保しましたが、そんなに混んでいなかったようで終点まで隣には誰も来ませんでした。身延線はワンマン運転で無人駅が多いため、各駅で降車時に乗客が運転手に料金を払うシステムなのですが、結構遠くから乗ってきて清算をする乗客が多く、その度に列車が結構長い時間停車します。この日も、都内の駅からSUICAで乗ってきてSUICA範囲外の駅で降りる乗客や篠ノ井線から来た乗客の精算などは運転手さんが無線で連絡を取って対応法や金額を確認して清算するまでにそれぞれ5分以上は掛かった感じです。それでも終点までは定時運転だったのですから、あれらのお客さん対応は想定内だったのでしょうか? 身延線の車窓は「富士川を見るなら右側席。富士山を見るなら左側席」とのことなので、富士山は近いのに意外と見える時間が少ないらしく、おまけにこの日は曇天だったので富士山ビューを諦めて右側席を取ったのですが、富士川の流れはかなり平坦で、飯田線のようなダイナミックな渓谷などの景色は見られません。

でも、身延線の車内からでも時折桜は楽しめました。

中心駅身延を過ぎても”甲斐”の駅名が付く山梨県を走ります。身延線は山梨と静岡が半分くらいかなぁ~? と、勝手に考えていましたが、三分の二以上は山梨県の感じでした。 定刻に終着駅富士駅に着き、ここからは東海道線でずっと走ります。

東海道線の楽しみは、東海道新幹線との並走。最近の新幹線は皆高架の上を走るので在来線と並走することはまずないのですが、昭和30年代に出来た東海道新幹線は在来線と並走する区間も多く、最終的には勿論追い越されるのですが善戦しながらしばし並走する区間もあり、思わず”鈍行、頑張れ!”と、応援してしまいます。浜松、豊橋で同じJR東海カラーの列車を乗り継ぎ、名古屋大都市圏内で昔仕事で何度か来た金山駅で夕方のラッシュ時間で混雑している中央西線に乗り換え、今宵の宿がある憧れの街多治見へ。

ホテルに荷物を置いてから、夕食に向かいます。今日の夕食で是非食べたかったものは岐阜名物の「鶏(けい)ちゃん」。妻と一緒の時には鶏肉は食べられないので、岐阜に来るたびに一度は食べたいと思っていたメニューです。狙いをつけていたお店は、駅前の「本町ロマンス食堂」。

他のつまみはあまり頼まずに、2人前はあるという「味噌鶏ちゃん」をオーダー。

期待が高すぎたことも確かですが、それでも満足の味でした。

 

2日目:3月24日(火)

 

この日の予定は、ずっと高山本線に乗って富山まで行き、日没前には雨晴海岸に立ち感動的な夕焼けを見てから氷見に泊まる… という計画でした。でも高山本線には通しで走る各駅停車はなく、高山駅と(JR東海とJR西日本の接続駅である)猪谷駅でそれぞれ2時間程度時間が空いてしまうことに加えて、この旅出発の数日前に高山本線の猪谷駅の手前の橋にトラブルが見つかったため当面は代行バスでの運行になるということが判明したので、直前に旅行そのものを断念しようかとも考えたのですが、この日の天気予報は晴れで「これで雨晴の絶景が見られなかったら、仕方がない」と思えるくらいの天気予報だったのでこの日に賭けてみることに。この日の宿を雨晴の先の終着駅氷見に取ったのも、雨晴の絶景を見る機会を1回だけではなくこの日と翌日の2回作れるようにしたためのプランニング。
でも、多治見駅で朝からとっても嫌なことがありました。自動改札機を通って改札内に入ってすぐに、JR東海のIという男性係員に呼び止められ、いきなり不審者扱いというか「こいつ、キセルじゃない!?」的な扱いを受けます。ちゃんと自動改札を通っているし、青春18きっぷなのだから勿論キセルではないのですが、きっぷを見せた後も謝罪の言葉すらなく却って開き直る(旧国鉄職員のような)尊大で傲慢な態度で、久々に受けた屈辱です。年寄りで右手足不自由の障害者がそんなに怪しい奴に見えたのでしょうか? 朝から、もの凄く気分が悪くなり、「多治見、大嫌い! もう、二度と来ない!」と50年の憧れが一瞬で冷めた瞬間。JR東海への好感度もぐっと下がった感じです。
Iの不審尋問に時間を取られたため、気を取り直して出発間際の太多線に慌てて飛び乗ります。”ブルルン”という音が聞こえます… これは、昨日は全く聞かなかったディーゼルの音! ようやく鉄旅らしくなってきました。太多線は多治見と美濃太田を結ぶ近郊列車ですが、恥ずかしいことに私は55年以上ずっと”おおたせん”と読むのだと思っていました。今回初めて”たいたせん”であることを知り、自分の長年の無知に本当に驚きました。流石は、不審者!? その太多線ディーゼルの快適な音で楽し旅のはずでしたが… 多治見のIの野郎の振る舞いに怒りが収まらずに、ようやく落ち着いて写真を撮る気になったのは終点美濃太田に着いてから。

美濃太田で絶対に見たかったのは長良川鉄道。長良川鉄道と言えば、これも子供時代に憧れだった昔の越美南線! この越美南線と越美北線にも、「繋がったら、絶対に乗りに来たい!」と少年時代からずっと思っていましたが、どうやらその夢は永遠に叶いそうにもありません。でも、”繋がってなくても次には必ず乗りに来ます!” と、誓ってパチリ。

次に乗るのは長いローカル線の高山本線で、高山までは2時間半ののんびり各駅旅。

飛騨川に沿ってのんびりと走ります。高山までで沿線最大の街は下呂。東京近郊で旅行業をしていた私の超馴染みの温泉といえば南では箱根や熱海で、北なら鬼怒川や伊香保などなのですが、名古屋で働いていたら恐らくここ下呂温泉が一番の仕事場だったんだろうなぁ~… などと考えながら温泉街の風景を眺めます。でも、”下呂”には馴染みはあるけれど、上や中はないのかなぁ? 等と考えていたら、「上呂」駅はちゃんとありました!

下呂・上呂を過ぎると山深くなり、飛騨川の流れもいい感じになってきます。

この日は本当にいい天気で、朝のうちは正に「雲一つない」天気です。この日の私の最大の関心事は当然憧れの雨晴なのですが、今日このままいけば雨晴の到着は夕方なので、「夕方になって、天気悪くならないかな? 折角のこの天気なので、一刻も早く雨晴海岸に立つべきではないのか?」という考えがモクモクと湧き上がり、少しでも早く雨晴に行ける方法を探すと、高山駅12時発の白川郷経由で氷見線の始発駅高岡まで行く高速バスがあります。ついては、高山本線の全線完乗を次回に回すことに決めて高山駅到着後バスセンターで完全予約制のこのバスのチケットを予約。バス出発までの時間は約2時間なので、早速久しぶりの高山を散策。まずは朝昼兼用で高山ラーメンを食べにチェックしていた10:30開店のお店まで。

高山ラーメンらしく、あっさりした中にこくのあるしっかりしたしょうゆ味のラーメンで美味でした。

その後高山駅付近を散策。

毎回思うけれど、高山って本当に外国人比率が高い! すれ違う人を見ると80%は外国人の感じでした。

急遽予約したバスは驚きの完全満席。しかも9割以上は何と外国人! これは行き先が高岡だけど白川郷経由だから。白川郷までは高速を通りますが、指定された隣席には大柄な外国人が乗ってきて窮屈な約1時間。殆どの乗客は予想通り白川郷で降り、バスからは少しだけ合掌造りの世界遺産が見えます。

でも、危惧した通り朝の抜けるような天気から徐々に雲が増えてきています。やっぱり、見えないのかなぁ~?? 高岡駅からは氷見線。JR西日本のローカル線は昔からの鉄旅に馴染みが無茶苦茶高いキハ40系統のキハ47。国鉄時代日本全国を走っていた懐かしの列車です。

氷見線には思いのほか観光客が多く、隣席のおばさんグループはやはり先日のNHKの雨晴海岸の特集番組のことを話しています。車窓にはびっしりと汚れが付いていてイマイチですが、雨晴海岸が近付くと海が見えてきますが、やはり残念ながら絶景は見えないようです。半分以上の乗客が降りた雨晴駅。あれが、新設された展望デッキなのですね。

駅前にある看板は絶景が見えている時の巨大写真。私が見たかったのはこの景色!

線路を回り込み、海沿いを散歩してみます。

2020年にも立ち寄った道の駅に行き、上から再度”立山連峰、見えないかなぁ~”と祈りながら見ますが、2020年の時は雪こそ被っていなかったもののそれでも少しは立山連峰が見えたので、この日よりもほんの少しいい感じ。

でも今回は翌日にもリベンジのチャンスを設定しています。明日の天気予報は曇り予報だけど、ワンチャンに賭けたいと思います。今回はゆっくり滞在したので、道の駅の3階から次の氷見線をパチリ。

この日の宿は氷見ですが、氷見駅から歩くと少し距離があるようなので、高岡から来るバスを道の駅の前で掴まえて氷見中心街まで。氷見中心街にある私が絶対に見たかったモニュメントがこれ!

ここ氷見は、喪黒福造をはじめ数々の名作を残した漫画家藤子不二雄Aさんの故郷とのことで、私は少年時代忍者ハットリ君や怪物くん等には親しんだけれど一番印象に残っているのはやっぱりこの喪黒福造なんです。この番組と私がセールスマンをやっていた時代は被るので、いつも「実は私、セールスマンでございます。」と言っていたことを思い出します。
今宵の宿は、TV「バナナマンのせっかくグルメ」で紹介されていたビジネスホテルと付設の料亭。お目当ては勿論「寒ブリ」なのですが、3月後半は寒ブリの時期は終わりなのに加えて今年は歴史的な不漁とのこと。ビジネスホテルは素泊まりでネット予約していたのですが、前日料亭に電話予約を入れたらアラカルトは出来ずにコース予約のみとのことですが、安かったのでコースを予約。まずは、新鮮な刺身。

焼き魚も美味しい。

バナナマン日村さんが食べた”ぶりしゃぶ”は食べられずでしたが、代わり(?)に”氷見牛のしゃぶしゃぶ”。

〆は氷見うどん。これも、意外に旨かった!

雨晴の絶景は見られませんでしたが、氷見の旨いもんを食べられたのでよしとすることにします。


3日目:3月25日(水)

 

この日の予定は、午前中に雨晴の絶景に再度アタックして、富山のローカル線城端線に初乗車した後に終着城端駅付近の町並みを2時間程度散策してから、バスで金沢駅まで出てまだ食べたことがない”金沢おでん”を食べてから夕の新幹線で帰るという予定でしたが、この日の天気予報が徐々に悪くなってきており、城端での散策時の天気予報が雨に変わっています。ここが雨だと雨天時の代案は何もなく、金沢までのバスもこの時間にはないのでどうやら日程を見直す必要がありそうです。帰りの列車を変更するには新幹線のきっぷを買っていればこれをみどりの窓口に行って変更する必要があるのですが、今回私は”チケットレス”できっぷを買っているので、ビジネスホテルのベッドの上でスマホでの乗車変更。金沢に行くのを諦めて早めの新幹線で新高岡から帰る変更が「朝メシ前」に出来てしまうのですから、本当に便利な世の中になったものです。
7時前にビジネスホテルを出て、喪黒さんにお別れの挨拶をして、ハットリ君にもご挨拶。

氷見の町並み。何となくいいですね! 好きな風景です!

今日最初の目的地は「氷見魚市場食堂」。人気の食堂で、朝ご飯をいただきます。

土日には朝から行列という人気店ですが、流石に平日の7時過ぎに行列はありません。注文した朝ごはんは人気の氷見浜丼定食のやわやわ盛(並盛)。漁港らしからぬタブレットで注文した直後に、まずは味噌汁の鍋が運ばれてきます。

丼はネタはたくさんあるけれど、ほぼ3種類なので海鮮丼好きとしてはいささかの期待外れ…

満腹になった後は腹ごなしに氷見駅までのトボトボお散歩。終着駅の風情がある氷見駅。

この日の天気は曇りなので期待薄ではあるものの、”もしかしたら…”という淡い期待を込めて再度雨晴駅で下車。でも、やっぱりダメですね…

この日も海と氷見線は撮影できましたが、やっぱり立山連峰がないと…

ハットリ君のキャラ列車。これが喪黒福造だったら喜んでまた乗りに来るのでしょうが、他の人には気味悪がられるのかも!?

高岡駅に出て、城端線に乗り換えます。氷見線と同じキハ47の列車で富山の田園風景を見ながらのんびりと列車の旅。雪景色は少しですが、近いので山並みは見えていて私の雨晴のフラストレーションを少しだけ和らげてくれます。

終着の城端駅。何か終着駅らしいいい雰囲気です。ここの山並みは素敵!

まだ雨は降り始まっていませんが、間もなく降り出しそうな雰囲気なので城端駅付近の散策を諦め、折り返しの列車で新高岡駅まで。北陸新幹線の駅が出来たので俄かに開発された街新高岡の駅前にある居酒屋で富山名物「白エビ丼」でランチ。意外と旨かった!

今朝、予約を早めた北陸新幹線かがやきで早めの帰宅。

帰りは呑み鉄をしてあっという間に大宮に着きました。

どこかにマイル de 高松

私があちこちに行った旅行記をこのブログにほぼ毎回投稿しているため、「よくそんなにお金が続くなぁ~!?」などと揶揄する知人が複数人います。今となっては旅行がほぼ唯一の趣味だし他には殆ど贅沢をしていないということもありますが、とはいえ年金生活者になったので旅行費用に限らず生活費全般は毎年年間予算を立て、その予算の枠内に何とか収まるように計画的に使っているつもりです。我が家の年間予算は日本国家と同じで4月~翌年3月の年度制、これは32年勤めた旅行会社の年間予算(予算と言っても稼ぐ額の”目標予算”でしたが)は4月~の年度制だったのと、その後9年勤務した学校法人の予算(こちらは使う方)も学校なので当然4月スタートだったため、予算を立てる私としては当然のごとく慣れた4月始まりにしているためです。2025年度の我が家の収支は家計全般としては高額な白内障の手術をしたため大きな赤字でしたが、その手術等のために夏に旅行に行かなかったこともあり、旅行費用として確保しておいた旅行の年間予算はまだ僅かながら残っています。ということで、3月中に旅行に行ってその予算を使おうと思います。3月の前半には様々な野暮用もあったため、3月後半に2つの一人旅を計画しました。
1つ目の旅はJALの「どこかにマイル」を使って日本のどっかへ。ところが、最近この「どこかにマイル」でも結構設定がない日が多く、発売日(出発の1カ月前)にアクセスしても希望パターンの日程が2回も(候補旅行先が)表示されない(=設定がない)状態が続きます。ようやく候補が表示された3/16~18の2泊3日の候補先は「熊本、高松、高知、松山」の4都市(のどこか)。熊本にはずっと行きたいと思っていたし、四国は去年一周してはいますが高知や松山周辺にもいくつか行きたいところはあるので、「高松以外が当たりますように!」と念じて、キャンセル不可の申込ボタンをクリックしました。
翌日、”旅行先は高松です”という通知が来ます。まぁ、確率25%ですからこうなることは薄々予想はしていましたが、正直昨年5月にも2泊した高松に今行きたいところは特に思いつきません。とはいえ、もう7,000マイルは引き落とされていてキャンセルしても1マイルも戻ってこないので、気持ちを切り替えて香川県を楽しむことにします。様々考えた結果、今回は妻が一緒ではないので鶏肉が苦手な妻とでは一緒に行けない「骨付鳥専門店」で香川名物の骨付鳥を満喫し、それ以外の食事はやはりうどんを食べることをメインとして、観光的には香川県唯一の未訪問スポットである「平賀源内記念館」に行き、鉄ちゃんとしては香川県内に3路線を有する私鉄”ことでん”を乗りつぶすというプランを作りました。あまり気が進まなかった旅行先だったとはいえ、こうやって計画を立てて実施が近づくといつものようにワクワク感が満ちてきます。結果は、今回もとっても充実した楽しい旅をすることが出来ました!

 

1日目:3月16日(月)

 

どこかでマイルで指定された便は羽田空港13:20発。勿論、本当は羽田発午前中の便がいいのですが、羽田発午前で検索するとどこかでマイルの候補先が表示されないため、止む無く午後便で申し込んだのでこの時間はまだいい方だと思います。いつものように日程に余裕を持たせて少し早めに自宅を出て品川経由で羽田空港に向かいますが、この日は京急のダイヤが乱れていて、結構ギリギリ近くに空港に到着します。空港着後すぐに搭乗ゲートに向かうとあっという間に搭乗開始となり、本当に”早く家を出て良かった”という展開。空港でしたことと言えば、これから乗るB737をパチリと撮っただけ。

昼間の便なので窓側の席を確保していましたが、この日は天気も良いので日本国内の景色が綺麗に見えて嬉しい! 飛行経路の関係で富士山は反対側で見えなかったのですが、雪を被った高い山が見えます。これって、南アルプス連峰かな?

本当に日本が地図のように見えて、地理好きだった私をキュンキュンさせます。この3本の大河は、揖斐川に長良川に木曽川だよね!? 3本の大河の距離感からすると、ここは翌週行く予定の岐阜あたりじゃないでしょうか?

本州の上空のまま関西圏を超えてから、航空機は航路を左向きに変えて瀬戸内海上空に突入。瀬戸内海の島はその形からすぐわかりそうなものですが、意外とわからないものなのです。この島も、後から地図を見返してもどこの島かは釈然としません。やっぱり、私の知識不足なんですかね?

ほぼ定刻に高松空港到着。リムジンバスに乗って高松市内に向かい、中心街の兵庫町バス停で降りて今回2泊お世話になるビジネスホテルにチェックイン。「素泊まりのご予約ですが、朝食は如何ですか?」と薦められましたが、今回も高松にはうどんを食べに来たので、ホテルの朝食は取りません。部屋に入り少しだけ休憩した後には今回のメインの1つである骨付鳥の名店に向かいます。
今回の最初の目的地は高松でも骨付鳥の一番の有名店である”一鶴”。17時のオープンで開店時には予約も受け付けているようなので数日前に電話してみましたが、「この日の予約枠はいっぱいです。来て並んでいただいた方から順番にご案内になります。」ということであっさり断られたので、17時の開店前に並ぼうとこの日はお昼ごはんも抜いて準備は万端です。20分前にはお店に到着し、ざっと20人ぐらいの行列の最後尾に並びます。驚くことにその後行列はどんどん延びて行き、あっという間に最後尾は見えなくなるくらいの長い列に。”少し早いかな?”とも思ったのですが、20分前にきて正解でしたね!
開店時間となり順番に席に案内され無事に一巡目で4人掛けのテーブル席に案内されます。店舗はスペースも結構広く、落ち着いていい感じです。

注文したのは骨付鳥の”ひな鳥”と”親鳥”。「今回、高松では骨付鳥とうどん以外は何も食べない!」と旅行前から決めていたのですが、骨付鳥は焼き上がるまで20~30分は掛かるそうなので、その間ビールだけでは間が持たないため、早くも自らに課した誓いを少しだけ破ってビールと枝豆を注文。

ジョッキをおかわりした頃に待望の骨付鳥が到着します。骨付鳥、本来は骨付きもも肉が丸ごと一本出てきて豪快にかぶりつくのが普通の食べ方で、昨年居酒屋で骨付鳥を食べた時にもその食べ方でかなり苦労して食べた記憶があるのですが、今回は切り分けを手伝ってくれる妻もいないし片手の私が一人で食べるのにはハードルがいささか高いため、見栄を張らずにツウぶらずにカットして貰いました。(ここ高松では、”バラシ”と言うようです。)
念願の骨付鳥二種の食べ比べ。 まずはひな鳥。柔らかくって、凄く美味しい!

”バラシ”てもらった「ひな鳥」 柔らかくてジューシーで旨い!

続いて親鳥。噛めば噛むほど味があり、ツウには好まれるそうなのですが… 旨いことは旨いけど… 私には、やっぱり固すぎる!

「親鳥」はバラシてもらっても固すぎる。かぶりついたら...?

でも、高松NO1と言われる骨付鳥の名店の味を味わえて大満足です。このお店、行列は出来ていませんでしたが、17時には開店即”待ち”が発生していたようです。後から来た人との会話を漏れ聴くと、「順番が近づいたら携帯に電話します。1時間くらいで電話できると思います。」とのことでした。

お店の外観。17時前には人で溢れていました!

18時過ぎには”一鶴”を後にします。食べたのは骨付鳥2つと枝豆だけなので、この日の〆にうどん食べようと思います。夜のうどんの名店もいくつかリストアップしていたのですが、夜の名店の多くは20:00オープンらしく行くにはまだ早いので、朝食用にリストアップしていたお店の中から2024年には食べログ百名店にも選ばれている”うどん職人さぬき麺之介”を訪問。ありがたいことに行列はなくお店は結構空いています。

この店では、どこかに美味しいと書かれていた”冷たいぶっかけ”と”とり天”をうどん屋さんには珍しくQRコードでの注文。注文後、なかなか出てこないのでオーダーが通っていないのかと店員さんに聞いてみますが、「注文は通っています。ウチは注文後に麺を茹でるので時間が掛かるんです」とのこと。

名店だけあってこのうどんのコシは旨い! とり天も揚げたてで無茶苦茶旨い! 流石に高松の名店です。やっぱり、高松に来て良かった!
満足でホテルに戻り、早めに床に就きました。 ところが…
夜中3時ごろに目が覚めて、また寝ようかと思ったら… 薄い壁の向こう側からいびきと寝息がまるで同じ部屋にいるかのようにリアルに聞こえて来るんです! これが気になりだしたらすっかり眠れなくなって、結局1時間以上は眠れずに知らない誰かのいびきをずっと聞き続ける羽目になりました。
このホテル、全般的に悪くはないけれど… 壁、薄すぎだよねぇ~!

 

2日目:3月17日(火)


2泊3日で羽田午後発/高松午前発の日程なので、実質的な旅行はこの日がメイン。この日は食べられるだけうどんを食べて、”ことでん”の全線乗りつぶしも観光も目一杯楽しもうと思います。朝6時にはホテルを出て、ことでんの最寄り駅片原町へ。まずはことでんの始発駅高松築港まで一駅戻り、始発駅からの乗りつぶしのスタートです。

目の前には昨年5月に2泊したJR系のホテルが見えます。懐かしい~!

ことでんは高松築港駅を始発駅として3つの路線が香川県内に張り巡らされています。今回、”24時間デジタルきっぷ”をネットで購入、たった1400円で今日の交通費がすべてカバーできるので、乗りつぶしにはとってもお得。ことでん3線の終着駅のうち琴平と志度の2つはすぐ近くにJRの駅もあるので片道はJRに乗りたい気持ちもあるのですが、四国のJRは普通列車が少なく特急が多いので、次の機会に四国全線の特急にも乗れるフリーパスを使って四国一周をしたいと考えているため、今回はことでんの乗車だけで満足することにします。
最初の路線は長尾線ですが、まずはたった3つめのまだ高松市内のど真ん中にある花園駅で途中下車して朝食を食べます。向かったのは超行列で有名な”手打ち十段うどんバカ一代”。初めて高松に来た20年ぐらい前からずっと食べたいと思っていた憧れのお店で、特に土日の行列は凄くて1時間以上待ちなんて情報もありますが、ここが発祥の”釜バターうどん”を一度は食べてみたいとずっと願っていたのです。昨年高松に来た時の土曜日の朝が唯一のチャンスでだったので行列を覚悟してでも行くつもりだったのですが、当日は激しい雨だったのでこの雨の中で1時間の行列に並ぶのは私はともかく妻にはとても申し訳ないので断念したのです。6時開店のこのお店ですが、「平日の7時前ならそんなに混んでいない」という情報を信じて最寄駅からトボトボ向かいます。予定通り7時前に到着、口コミ通り外の行列はなし!

中には少しだけ行列があっただけで、20年来の念願であった”釜バターうどん”をGET! やっぱり、無茶苦茶旨い~!

お店を出るころには、行列は徐々に伸びていたようですが、今回絶対行きたかった大行列店2つの内1つを無事にクリアできました。花園駅に戻って再び長尾線に乗車。ことでんはみんな2両編成で車内は旅情に乏しいロングシートで、ラッピングトレインは一部にはあるものの各路線は路線ごとに色付けされており、長尾線は緑みたいです。

ことでんの役割は高松の近郊列車なのでしょうね。住宅地は殆ど途切れることもなく終着の長尾駅へ。

折角終着駅の長尾駅まで来たのだから、何か観光でもしたいと思って地図を見ると、駅のすぐ近くに第87番札所の長尾寺があるので参拝。

まだ9時前でお店も開いていない時間ですが、朝から熱心なお遍路さんが何人かいます。この方々、順路通り1番から巡っていたのなら本当にラス前ですよね… いったいどんなお気持ちなのか尋ねてみたくなりました。お寺には、”同行2人”の大師さんもいます。

長尾駅から折り返しの電車に。この、始発駅の風景、何かいいなぁ~!

長尾線を戻り、ことでんの3路線が分岐するターミナル駅「瓦町」へ。次に乗るのは瓦町始発の志度線。

この路線は屋島の合戦の古戦場屋島などを通る路線で、JR高徳線のすぐ近くを走る路線のようです。琴電屋島駅を過ぎてすぐの八栗駅で途中下車し、とぼとぼ歩いて”大行列うどん店その2”を目指します。目指したうどん屋はうどんの名店が多い高松近辺の中でも食べログの評価が3.9近いという超人気店。朝9時のオープンから大行列が続き、昼前の11時頃からはもっと混みあうという情報、”穴場は10時代”という口コミを信じて10時半前にお店に到着。行列はありますが、これはこのお店にしては少ない方… なのかな??

待つこと15分程度で意外と狭い店内に案内されます。待っている間に注文は済ませてあるので、着席してすぐにうどんが供されます。注文したのは口コミで評価が高かった、”肉ぶっかけ(冷)”。

一口食べて、”う、旨い!”。このお店の麺は”にゅるもち麺”で、口当たりは柔らかいのにコシと言うか弾力があり、他の高松のうどんとは一線を画す感じです。他の讃岐うどんが男性的な強いコシだとすれば、このお店のうどんは女性的な気がします。でも軟らかだけではなく、しっかりと弾力があって本当に旨いのなんの…! たった15分の待ち時間でこんな旨いうどんが食べられた私は幸せ者ですね! お店を出た11時過ぎには、口コミ通り行列は倍以上になっていました。
八栗駅から再び志度線に乗り、終着駅「琴電志度」まで。

ここでの目的は今回の旅の観光的なメインである「平賀源内記念館」の訪問。

私が平賀源内を意識して猛烈に憧れたのは45年前、NHKの大河ではないけれども1年間やっていた時代劇「天下御免」に熱狂していたのです。主役の平賀源内を後にタイムショックの司会をした山口崇さんが演じ、その他右京役の林隆三さんや稲葉小僧役は後の”俺たちの旅”のグズ六役の津坂まさあき(後の秋野大作)さん、その他には笑点の座布団運びの山田くんも子役で出演していた記憶があります。当時の同級生共々このコメディ色もあった時代劇にハマり、小5~小6の1年間毎週この話題にもちきりでとにかく人生で最初に熱狂したドラマと言っても過言ではないと思います。因みに、私の小学校の卒業文集の一言コメントは、「サヨナラだけが人生さ」。当時の私は井伏鱒二が最初に使ったこの言葉のことは何も知らず、この言葉はこの天下御免の最終回のタイトルだったのです! 最近では大河ドラマ「べらぼう」で、源内を男色の奇人変人と描かれていましたが、私の源内のイメージは依然として天下御免のまんまです。記念館の展示には当然ですが天下御免のことも奇人変人や男色のことも紹介されておらず、その業績だけが紹介されていましたしたが、あれ以降源内に興味を持っていた私には知っていることが大半でした。平賀源内の生家は記念館から約500メートル、生家の横には源内の像があります。

生家は入場無料なのにいきなりお茶のサービスがあり少しびっくりしましたが、どうやら薬草茶の販売のようです。商魂たくましいのは源内譲りなのでしょうか!? 生家の裏には源内ゆかりの薬草園が再現されていました。

志度の観光を終え、ことでん志度線を瓦町まで戻ります。ことでん最後の路線は名前の由来通り琴平線。同じ二両編成ですが、何となくこの琴平線が他の2路線とは違って全体的に都会的な感じがします。長尾線・志度線が全てワンマン運転だったのに対して、琴平線は車掌が乗務していて、各停車駅も全体的に立派なんです。終点の琴電琴平駅も金毘羅山への玄関らしくやっぱり立派です。

ここではとりあえずこんぴらさんの参道にまでは行ってみようと思います。金比羅山の急な長い階段には手すりがなく私には参拝が絶対に無理なことは2015年に経験済みなので、今回も参拝が出来ないことは判っていたので、とりあえずお店がたくさんある参道の中心までは行ってみようと歩き出します。特にお土産を買うこともなく、この日3杯目のうどんは琴平で一番評価が高い「こんぴらうどん 本店」へ。

この旅では感動的に美味しいうどんを3杯連続で食べていたのでこのお店でも期待していたのですが、ここは”普通のうどん”でした。自分の中でハードルが上がり切っていた故なのでしょうか?

最後のことでん琴平線で高松市内に戻ります。

この日の夕食は、2軒目の骨付鳥の名店に行列覚悟で並ぶつもりでしたが、既に万歩計の歩数は2万歩を超え、年寄りの体力は大きく奪われてしまっています。今日行く予定の有名店は昨日の帰り道に前を通った時にもそこそこの行列があったし、何となく行く気が失せてしまっています。「骨付鳥の名店が旨いことはもう十分に判ったので、名店じゃなくても骨付鳥をウリにしている居酒屋なら、充分に旨いのではないだろうか?」と強引な論理で無理矢理自分を納得させて、ホテル近くの「骨付鳥」と看板に大きく書いてある居酒屋にチェックイン。骨付鳥はひな鳥だけにして、親鳥は骨付鳥ではなくつまみの「ガーリック焼き」で堪能。

ひな鳥の骨付鳥はやっぱりそれなりに旨い!

「骨付鳥どっちが旨かった?」と言われれば、やっぱり昨日の一鶴の方が美味しかったのは事実ですが、タイパを考えると微妙な気もします。普通の居酒屋でもこれだけ美味しければ、超人気店で1時間待つなんて嫌かも… ですよねぇ~!?

 

3日目:3月18日(水)

 

朝の寝覚めは快適でした。私が夜中に目覚めなかったからなのか隣の住民が変わったからなのかは不明ですが…
この日は昼前のフライトで帰らなくてはいけないので、10時前のバスに乗って空港に向かう必要があります。10時までに高松で出来ることと言えば… そう、最後にうどんを2杯食べて帰りたいと思います。
2日間お世話になったホテルをチェックアウトして、通勤者の流れに逆らってアーケード街をとぼとぼと歩きます。目を付けていたうどん屋さんは”さか枝うどん南新町店”。

意外と広い店内で注文したのはこのお店のオリジナル(?)”釜バター明太うどん”。

近くにあって、安くてさっと食べられて、そこそこ美味しい… こんなうどん屋さんがたくさんある高松の人たちは、やっぱり羨ましい!
高松滞在の最後、6杯目のうどんにはカレーうどんが無性に食べたくなりましたが、いくら高松といえども朝からカレーうどんを食べさせるお店は少ないようです。結局、初日に行った”うどん職人さぬき麺之介”以外にカレーうどんが食べられるお店が見つからなかったため、この旅2回目のお店へ。

念願のカレーうどんを無事に食べることが出来ました!

このお店、冷たいぶっかけは絶品でしたが、カレーうどんは然程ではないようでした。一昨日食べた冷たいうどんはまた食べたい味でしたが、やっぱりカレーうどんは夜に現れる専門店に行くべきなのでしょうね!?
この後、リムジンバスで空港に向かい予定通りの便で帰宅しました。帰りも窓際席を確保していましたが、この日は曇天だったためずっと雲の中を飛んでいたフライトで、おまけに唯一見えたらしい富士山も、またもや反対側でした!

 

【日本二周目達成!!】最後は伊豆大島

2017年に始めた『日本二周目』で最後に残った都道府県は東京都。東京都と言えば生まれてから大学卒業までは22年間住んでいた(&通った学校も全部東京都内)し、42年間のサラリーマン生活の中で26年は職場があったので、合計すると65年の人生の中で大半の48年間は私の生活の中心だった場所なので、今更一周目も二周目もないような気もするのですが、一周目の時は「皇居」「スカイツリー」「高尾山」の三カ所で「達成」したことにしたので、二周目のサブテーマの中に”離島”があるので、「東京の二周目は離島にしよう!」ということは早くから決めていました。東京都には結構離島が多いのですが、小笠原は勿論伊豆諸島各島には殆ど行ったことがなく、それらの島々を巡るとなると、小笠原は遠いしダイビングやマリンスポーツには縁がない観光とグルメが中心の我々には時間とお金を掛けて行ってもあんまり楽しめそうにもないし、伊豆諸島も若者が中心のマリンスポーツの島が多いというイメージがあるので、何となくそれらの島をたくさん巡ろうという気も起きません。さまざま検討の結果、伊豆諸島を代表する2つの島である伊豆大島と八丈島に絞ることにして、二周目最後の旅はこの両島を回ろうとプランニングを始めたのですが、両島へのアクセスは兎も角大島から八丈島に行くには移動手段はヘリコプターしかないため、2つの島を一度の旅で回るのはコスパがあまりにも悪いので別々に行くこととして、11月に八丈島に行き日本二周目のフィニッシュは2月に伊豆大島に行くという計画を立てました。何故大島を2月にしたのかというと、毎年椿の季節の2月にだけ大島から伊豆半島の稲取港までの船が運航されているので、帰りはこの船に乗って稲取温泉に行き、いつもの大好きな宿で伊豆大島を遠望しながら「日本二周目の打ち上げ」をしようと考えた故です。ところが、このプランに2つの予期せぬ誤算が生じてしまいます。
◇その1:2025年10月 八丈島を直撃した2つの大型台風
11月の八丈島行きは私には珍しく昔勤めていた会社のパックツアーを予約していたのですが、その1カ月前に島を直撃した2つの大型台風。島の被害は結構酷かったみたいで、11月には何とか観光客の受け入れは再開したようなのですが… さまざま情報を集めてみると、「本当に来るの? 今、島は観光どころじゃないかも…」といった雰囲気で、どうやらこの時期に観光旅行に行くのは相応しくないような感じです。でも、もう既にツアーのキャンセル料発生期間に入っている元勤務先の旅行会社は「ツアーは予定通り実施できるので、キャンセル料は規定通り発生します。」との杓子定規な対応。でも、”日本二周目のために、この時期に八丈島に行く”なんてことは完全に自己中心的な我儘な行為と思われ、「今回は、キャンセル料を払ってもキャンセルすべきだろう」と考え、泣く泣く予約を取り消すことにしました。
◇その2:伊豆大島から稲取港への定期船
毎年2月にだけ運航していたこの船が2月の旅のプランニングの肝でしたが、2026年2月のダイヤの稲取航路がいつまで待っても発表されません。11月頃に運航会社の東海汽船にメールで聞いてみたところ、「2026年は運航予定はありません。」とのこと...


この2つの状況を受け、改めてどうしようかと考えます。稲取航路はないけれど、2月の椿祭りの時期に大島に行くことは変更せず、翌日の稲取の宿での日本二周目の打ち上げも予定通り実施しようということに決めました。八丈島には島の受け入れが大丈夫だと判断出来次第行くことにしようと思いますが、そうすると「日本二周目達成」がいつになるかわからないので、一旦2月の大島で「日本二周目は達成!」したことにして、八丈島へはその後(三周目?)で行くことに決めました。この辺は、ルールのない取り組みなので全く自分勝手ですね!
ということで、とりあえずこの旅を「日本二周目達成の旅!」としてレポートします。

 

1日目:2月18日(水)

 

実は、伊豆諸島の中で大島だけには行ったことがあります。1980年の大学2年の春、私の大学生活の中心であった旅行サークルの夏合宿を大島にすることを考え、同級生3人で夏合宿の会場となる民宿を探しに下見に行ったのです。当時はジェット船なんかはなく船は竹芝桟橋を夜に出て翌朝に伊豆大島に着く夜行便で、酒盛りから始まってほとんど寝る間もなくあっという間に大島到着、観光協会で紹介された民宿に早速向かい、その宿で夏合宿をすることに決定した後は、まだ5月なのにその宿で海水浴&宿泊・宴会して翌日船で帰る… という何一つ観光もしない大島旅行でした。「観光は、夏合宿本番に来る時でいいや!」と考えて何にも観光しなかったのですが、その後私はその夏に岩手県の野田ユースホステルでヘルパーというか居候(麻雀&酒飲み要員)をすることになったので、結局大島で予定通り開催されたサークルの夏合宿を欠席したため、伊豆大島にはそれ以来の訪問、ということはほぼ初めての大島旅行です。
朝6時過ぎの宇都宮線は2年前まで毎朝乗っていた列車の1本前の列車でしたが、2年前に比べてグリーン車はさらに混雑している感じ。白岡駅でも並びの席には座れずに、大宮駅に着く前に早くもグリーン車も満席になります。竹芝桟橋へは昔なら浜松町から歩いて向かったのですが、今は新橋からゆりかもめで2駅。ビル群の中の竹芝客船ターミナルは、もう昔の竹芝桟橋のイメージはありません。

08:50発の大島行きジェット船で大島まで。昔は1晩掛かっていた大島まではジェット船で僅か1時間40分。大島までは約120kmなので、時速にすると70~80キロはあるのでしょうか?船にしたら異常な速さですよね。

東京の海上の景色と言えばレインボーブリッジとフジテレビ。WBCのために加入したNETFLIXで柳葉さんの最近の映画を2本続けて観たため、昔の台詞「レインボーブリッジ、封鎖できません!」を思い出しながらのクルージング。

房総半島が見えなくなったと思ったら、もう目の前に大島が! 本当に1時間40分なんてあっという間ですね。

大島の港は元町港と岡田(おかた)港があり、どっちに着くかは当日の朝に発表されるとのことですが、「2月はまず間違いなく岡田港だよ」との言葉通り岡田港に到着。予約していた貸切タクシーもちゃんと岡田港に待っていてくれていて、早速大島観光のスタートです。最初に向かったのは伊豆大島のシンボル三原山。実は今日の宿が三原山そばの宿なので「三原山観光は最後かな?」と思っていたのですが、「山の天気は変わりやすいし、今日午後は風が強い予報」との理由で最初に向かってくれるそうで、我々観光客にはありがたい配慮。1週間前は天気予報は雨予報だったのにこの日は見事に晴れてくれて、海の向こうには富士山が綺麗に見えています!

富士山にも劣らぬ(??)三原山の絶景。40年前の大噴火で山や周囲の形が変わってしまったことについてドライバーさんからも説明いただきましたが、それ以前に大島に来たことあるのに観光してない私には昔の記憶が全くありません。

上から見下ろす大島の中心街元町と元町港。

大島一の繁華街は元町なので、船は元町港に着いた方がいいのでしょうが、波の状態で元町港に着けないことが多いので、年間で60~70%は岡田港に着くのだそうです。タクシー会社としては元町港に着くとタクシーに乗る人が少ないので岡田港に着いた方がありがたいのだそうです。この日のランチは運転手さんが席を予約しておいてくれた「雑魚や紀陽丸」にて。

妻は大島名物の「べっこう丼」、私は人気NO1との刺身中心の「ざこ定食」をオーダー。

支払は、離島の観光振興のために東京都が出している「しまぽ通貨」を初利用。このしまぽ通貨は7,000円で10,000円分使えるというとてもお得な電子マネーですが、うち3,000円は宿泊施設だけでしか使えないという旅行会社泣かせのシステム。というのはパックツアーや旅行会社でのホテル予約(事前支払)ではこのしまぽ通貨は使えずに、ホテルを現地払いしなければその恩恵は得られないためです。今回、我々はホテルのHPから予約してしまぽ通貨6万円分を42,000円で購入しているので、18,000円得したことになります。
満腹になり午後の観光開始。まずは2月に来た最大の目的である椿園を見に大島公園へ。

運転手さん曰く「椿ってたくさん咲くのではなく、満開でもポツンポツンなので、”意外と少ない”と言う方が多いのですよ!」とのことですが、流石に”椿園”だけあって、結構な迫力!

でも、びっくりしたのは椿のその種類の多さ。椿というと、私のイメージはこれ

でもこれらもみんな椿。いきなりこれだけ見せられたら、何の花だかわかりませんよね!?

椿園の隣にある椿資料館にはたくさんある椿の種類をわかりやすく展示してあります。普段は造花とのことですが、この時期だけは本物の花とのことです。

白い花びらがユニークな大島桜。河津桜のように早咲きで、もう咲き始めています。

伊豆大島には国土地理院による「日本唯一の砂漠」があるとのことですが、足場の悪い道を片道20分は掛かるらしいので、私には無理そうです。車での通行は許可されておらず、運転手さん曰く「私が知る限り、許可されたのは”ブラタモリ”のタモリさんだけ」だそうです。この道をずっと行けば「裏砂漠」に行けるようですが…

次の観光地は「筆島」。もう少し細いと日本全国によくある”ローソク岩”と呼ばれる岩のようですが、この島(岩)は火山の名残なのだそうです。

次は我々の世代には都はるみさんの曲で名高い波浮港。隣には”あんこ椿は恋の花”の歌碑があります。

でも、最近の若い人は”あんこ椿”も都はるみのことも知らない人が多いのだそうです。波浮港には私の大好きな昔ながらの古い町並みがあります。

次の見どころは通称”バームクーヘン”と呼ばれる地層大切断面。

左端の車が我々を1日楽しませてくれたタクシー

本当に長い長い歴史なんだろうなぁ~ と、感じる地層です。何もしていないのかと思っていたのですが、放っておくと草ぼうぼうになってしまうので、定期的に草をむしって景観を保っているのだそうです。目に見えない苦労をされているんですねぇ…

元町港付近の繁華街を見学して楽しかったタクシー観光は終了。今日の宿の大島温泉ホテルは、小さな旅館ですが、皇族も宿泊する宿なのだとか… 大島の宿は全般的にこじんまりしています。

部屋は三原山ビュー。これだけ近いと、「悪天候で見えない」なんてことはなさそうです。

夕食は椿油で揚げるフォンデュをチョイス。刺身もフォンデュも@2500円グレードアップしたので、結構ボリューミーな夕食になりました。

刺身はともかく、グレードアップしたフォンデュには伊勢海老もたっぷりとあり、妻は満足してくれたようです。

 

2日目:2月19日(木)

 

大島のホテルも温泉なので、いつも通り朝から大浴場を満喫します。朝5時台の大浴場は貸切状態だったので、気持ちよく温泉に浸かって日本二周目の達成感を味わいます。でも、昨日食べたフォンデュでまだお腹は満腹状態、植物性の椿油だからお腹には優しいのでしょうが、それにしても食べ過ぎだからなのか悲しいことに老人の胃袋は朝から何も受け付けないようです。丁度良い(??)ことに朝食はあまり美味しそうではないビュッフェなので、私は意外と美味しかった大島牛乳とコーヒーだけで済ませます。それにしてもこのホテル、たくさんのお客さんがいて朝のビュッフェは予想以上に大混雑です。昨晩のレストランにはお客さんが少なかったのに… このたくさんのお客さんは、どうやら阪急トラピクスのツアーの団体客のようです。元団体屋の私としては、たくさんの団体旅行客を見ると(たとえ他社の扱いでも)ホッとしてしまうのです。頑張れ、旅行会社!
さて、日本二周目は昨日で終わったのですが、今日は日本二周目の”打ち上げ”をしようと思います。打ち上げのディナーは私のお気に入りの伊豆稲取の旅館。伊豆大島から一番距離が近いという稲取温泉の宿で、昨年までは2月単月で大島から稲取の船があったのですが今年はないので、仕方なく大島発熱海行のジェット船を予約しています。9時発のホテルの送迎バスで、岡田港に向かいます。伊豆大島滞在の最後の1時間はお土産タイム。購入したしまぽ通貨がまだ少し残っていたので、伊豆諸島でしか使えないこのしまぽ通貨を使い切ってしまわなければ、3月末で無効になってしまうのです。とはいえ老夫婦には特に欲しいお土産はないので、結局孫たちへのお土産を選ぶという、いつも通りの爺バカ振り。岡田港から見る伊豆半島は本当にすぐ近く。この一番近いところがどうやら稲取のようで、本当に近い! 富士山もきれいに見えています。

10時半過ぎに昨日我々が乗ってきた竹芝からのジェット船が到着し、この船が今から乗る熱海行きの船になります。東海汽船のジェット船は各船でカラーが違うのですが、今から乗る船は昨日乗った青い最新のジェット船で、指定された席番はまさに昨日と同じなので、24時間後に全く同じ席に乗り込みました。

竹芝から大島までは1時間40分掛かりましたが、熱海まではたったの45分。スピードを上げた船は、一番近くの稲取・伊東方面に向けて走り出します。伊東あたりの伊豆半島が近づいてから、今度は伊豆半島に沿って熱海まで走ります。すぐ目の前に見える伊東、あれに見えるは2015年に訪ねた伊東のシンボル大室山ですね。

あれに見えるは川奈ホテル。

病気になる前、下手なくせにゴルフが大好きだった私も「一度はプレーしたい!」と憧れていた”川奈ホテル富士コース”。このコースと言えばフジサンケイクラシックの舞台で、このトーナメントに圧倒的に強かったのが先日お亡くなりになったジャンボ尾崎さん。在りし日のジャンボさんの雄姿を偲びながらのクルージング。

あっという間に熱海港に到着し、目の前に熱海駅行きのバスが待っています。ところが、熱海駅に着いてびっくり! 最近の熱海、人気が復活したとは聞いていましたが、駅前にはもの凄い観光客の数! 確かに外国人も多いけれど、この人波は外国人というよりも日本人の若者(特にカップルと女性同士)が圧倒的! 職場旅行などの団体旅行が全盛期だった昭和の時代、熱海はまさに団体旅行のメッカだったとはいえ、平日にこの人波は紛れもなく昭和時代を遥かに凌ぐ!

まるで”熱海ディズニーランド”!?

2時間の時間潰し、お店にもあちこち行列が出来ているしスタバで席を確保するのも大変でしたが、何とか熱海を楽しむことが出来ました。

次は列車で稲取まで。今回、日本二周目達成の自分たちへのご褒美として、全席グリーン車の人気列車”サフィール踊り子”を予約していました。この列車、なかなか指定席が取れない人気の列車なのに、今回は何でいとも簡単に指定席が取れたのか… 想像するに、1つは曜日限定の臨時列車である「サフィール踊り子3号」だったこと、もう1つはやはり熱海までのお客さんがいるので、熱海以遠の席は取りやすいのだろうと思うのです。 ということで、何の苦労もなく海側のグリーン席を確保出来たのです。

全席グリーン車とは言っても、単線の伊東線と伊豆急行線はすれ違いのためにちょこちょこ停まります。グリーン車なので確かに快適ではあるけれど、コスパを考えると「また乗りたい」とはあまり思えません。まぁ、今回は二周目達成のご褒美ということで特別感があって良かったとは思いますが…

サフィール踊り子に1時間強乗って、3時過ぎに稲取駅に到着。送迎バスに乗って3年振りにお気に入りの旅館へ向かいます。この旅館、実は3年前にマイカーが廃車になってしまうという私の旅史上最大のトラブルがあった旅館。でも、旅館は同じ車を再度購入して代金を全額払ってくれたので、納車されるまでの数カ月間は本当に苦労はしたものの、私に悪いイメージはありません。ホテルも当然そのことはしっかりと記録されているようで、VIPではない私なのに役員・支配人からご丁寧な挨拶。「あんなことがあったのに、また来てくれて本当にありがとうございます。」という謝意を示していただきます。あの事故から今回まで3年も空いてしまいましたが、実は妻はその間に姉妹で来ているし、私も本来なら昨年来るつもりだったのに体調の関係で来られず… ということで、決してあの事故がトラウマになった訳ではなく、たまたま3年空いてしまった… というだけなのです!

宿から見る伊豆大島。過去には憧れでしたが、今は満足感でいっぱい。

3年振りの宿の夕食は変わらず安定の美味しさ。日本二周目達成を祝っていただき舟盛にメッセージをいただき、嬉しい!

やっぱり、この宿のキンメは最高!

朝食を抜き、昼食も熱海のスタバのケーキだけにして、胃薬もちゃんと飲んで体調万全にした結果、ボリュームたっぷりの夕食も何とか完食できました!

 

3日目:2月20日(金)

 

この旅館に限りませんが、温泉に泊まった時はいつも日の出前に起き出して朝陽を眺めながら大浴場に入るのが自分的ルーティーン。この日も大好きな温泉を5時前から満喫します。部屋に戻ってちょっと雲がかかった三原山からの朝日、24時間前にはあの辺にいたんだよなぁ~…

部屋の窓から下を覗くと、3年前にマイカーが昇天した事故現場が見えます。この駐車場に私の車を停めてくれようとして、約2mくらい下のあの下の細い道に転落してあの道にマイカーがスポッと嵌ってしまったようなのです… 廃車になったマイカーに合掌

この宿のもう一つの楽しみは朝ご飯。朝から豪華な食事が部屋で食べられるので、朝から胃薬を飲んで体調を整えて、朝食に臨みます。

何より凄いのは朝にも出る舟盛! 朝の舟盛は当然夜のそれよりボリュームは控えめだけれど、それでも普通の旅館の夜の舟盛に比べると遜色無い豪華さです。

TVでは 、女子フィギュアスケートメダルの瞬間が

普段、夕食でもご飯は1膳しか食べない私ですが、美味しい旅館の朝ご飯ではたまにおかわりをして2膳食べることもあるのですが、この日は美味しい刺身とアジの開きに加えてたくさんの美味しいおかずに釣られて、なんと3膳も食べてしまいました! こんなこと、30年ぐらい振り!?

この旅最後の観光は、2月の伊豆ではお約束の河津桜。河津桜の観光は、2015年2020年の過去2回来ています。川沿いの一本道に咲く桜なので同じ眺めを何度も観なくても良いのかもしれませんが、春の息吹を一番感じられる場所でもあるので、この時期に伊豆に来ればやはり行かなければ… と、思ってしまいます。同じ宿から伊豆急の各駅停車に2駅乗って河津駅で降りるまでは2020年の時と全く同じパターン。あの時と同じように大混雑の河津駅のコインロッカーに荷物を預け、いざ観光の開始! 駅を出ると、早速満開の桜がお出迎え!

6年前も2月の平日で大混雑だったので、大混雑は想定内… と思っていましたが、どうも6年前よりもさらに混んでいる感じ。どうもあの時より更に外国人比率が高いように感じるのですが、聞こえてくる言葉はどうやら殆どが中国語。今、中国人は激減している筈なのに… もしかして、この人たちみんな台湾から? 「じゃぁ、高市総理のあの発言が無かったら、今頃は歩けないくらいのもっと酷い渋滞だったのかも?」と、オーバーツーリズムが今更ながら恐ろしくなりました。

河津桜も菜の花も、すっかり満開です!

ゆっくり片道30分強、桜を愛でたりお土産屋の露店を眺めたりソフトクリームを食べたりして河津桜を楽しみ、キリがないの前回と同じあたりで降り返し。

河津駅まで戻りますが、椅子も満席で座れないし、ゆっくり座れるようなもお店も殆どなく、6年前には時間を潰せた駅前唯一の喫茶店にも行列が出来ています。指定券を持っている帰りの特急踊り子まではまだ2時間以上あるので、河津駅付近でレストランや喫茶店に行くのを諦めて、勝手知った稲取駅まで戻ることにします。稲取に何があるわけではありませんが、大混雑の河津よりはお店や最悪でも座るところくらいはあるだろう… という判断です。やって来た各駅停車に乗ろうとすると、ラッキーなことにリゾート編成の列車で、たった2駅の乗車でも鉄ちゃんはキュンキュンしてしまいます!

流石に昼の稲取駅周辺には人が少なく、駅前通りをとぼとぼ歩いて喫茶店を発見。2時間の時間を潰すためにまずは喫茶店ランチの定番であるナポリタンを注文し、食べ終わってからコーヒーを注文してまったりとした午後の時間潰し。
伊豆稲取駅には何度も見たプレバトの芸能人の絵がまだ展示されていました。

最後は、サフィールではない踊り子で帰宅の途に就きます。

東京までの2時間半は、いつも通りの”呑み鉄”。

これで「日本二周目の旅」を終わることにします。これからは「日本三周目」とは名付けませんが、「まだ行ったことがない場所」や「もう一度行きたいところ」を中心に、まだまだ旅を続けたいと思っています。
少しずつ暖かくなってきましたので、3月にもまた2回の旅を考えています。3月最初の旅はまた、「どこかにマイル」。今度はどこが当たるのか、楽しみです!