麻痺からの脱却~日本あちこち旅行記~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに麻痺を相棒に『日本二周』を達成。これからもまだまだ旅を楽しみます!

2026年本州周遊の旅<その3:ゆっくり帰り道編>

これからは太平洋側を少しずつ埼玉に帰る旅になります。

 

10日目:7月10日(金)

 

この日の朝で3日間一緒に旅した妹とはお別れ。最後に東横インの無料朝食を3人で一緒に食べますが、我々はこの日も昼食のことを考えてほぼコーヒーだけで妹の朝ご飯にお付き合い。妹は、午前中松江市内のばけばけ関連の施設を巡って昼過ぎの特急列車から新幹線に乗り継いで仙台まで帰るのだそうです。
妹と別れた我々は、普段通りの2人だけになったマイカーで中国地方縦断を目指します。妹がいなくなったこの日からの我々はさしずめ”妹ロス”状態。何となく気が抜けてしまって、”もう、この旅も終わり”的な感覚が2人を襲いますが、まだ旅はこの日を含めて7日も残っているので、気を取り直そうと落ち込み気味の妻を鼓舞。
最初の目的地はこの4月にも行った木次線のスイッチバック。4月に列車でこのスイッチバックを降りた時、外から眺めていたマイカー旅行者たちを見て少し羨ましかったので、今回は是非列車外からあのスイッチバックを見てみたいと思っていたのです。妹との別れのセレモニーがやや長引いたので木次線の列車までギリギリの時間だったのですが、何とか10分少し前にスイッチバックの駅出雲坂根駅に到着。

列車が着く側のホームに行って待っていると、かなり上の方の木々の間で警笛が鳴って1両の列車が左に向かって走っていくのがちらっと見えます。数分後、警報機が鳴り始めて今度は右ナナメ上側の線路からその木次線がやって来ます。

出雲坂根駅到着。

上部には少しだけ”奥出雲おろちループ”が見えています

ここでワンマンの運転手は列車の反対側に移動して、今度は左の線路に移動して左下の方に降りて行きます。

全部の動きを俯瞰できたわけではないのでスイッチバックの醍醐味を充分に味わえたとは言えないものの、私的には初めて鉄道の外からスイッチバックが見る経験が出来たので満足です。

木次線 またね!

次は昼食。少し戻って向かった場所は憧れの「亀嵩駅」。小説&映画「砂の器」で亀嵩の地に憧れてから約50年、その頃から「亀嵩駅に降り立って、そばを食べたい!」というのが私の念願でした。

駅内にある蕎麦屋さん、まだ11時頃なのでお客は少なく、そして憧れの蕎麦は、旨い!

砂の器の犯人は天才作曲家の「和賀英良(わがえいりょう)」。推理小説は大好きだったけれど犯人の名前をいまだに覚えているのは、この和賀英良と八杉恭子(人間の証明)ぐらいだと思います!
再び出雲坂根駅を超えて次に向かったのは「奥出雲おろちループ」の道の駅。このループ橋の展望台があるのかと思って訪ねたのですが、残念ながら大きすぎるループ橋なので全体を眺められるところはないのだそうです。残念!
広島県に入り、私の鉄ちゃん趣味でもう1つ立ち寄り。4月に乗り換えた芸備線と木次線が”落ち合う”ターミナル駅の「備後落合駅」。

数少ない1両の列車が着くタイミングには乗客で駅は少しは賑わい、名物のおじさんがボランティアでこの駅の説明をしてくれるけれど、勿論今は誰もいません。

無人の駅舎内には鉄ちゃんには嬉しそうなさまざまな資料が貼られていました。

この先庄原・三次・三原などを通り過ぎ、瀬戸内海沿岸の忠海港に着いたのは3時過ぎ。今日の宿はここからフェリーで15分の大久野島で、今では「うさぎの島」として有名な人気観光地。過去にも何度かこの島に泊まろうと計画したのですが、特に夏休み期間は子供たちに大人気のこの島唯一の宿である休暇村の予約は取れず、ようやく予約が取れた今回が初訪問。大久野島内はマイカーは通行禁止なので、忠海港の無料駐車場に車を停めて1泊分の荷物をリュックに詰めてフェリーへ。

2階の客室まで階段を昇ろうとすると、係員さんが足の悪い私を見て「階段の下に障がい者用の部屋があるよ」と親切にご案内いただきます。

これが海上のシルバーシート。

たった15分間のクルーズなので、あっという間に大久野島に到着。桟橋には休暇村のバスが迎えに来ていて、バスで休暇村まで向かいますが、休暇村までは歩いても10~15分ぐらいの近そうな距離。

休暇村にチェックインした後、暇なのでウサギと戯れに外に出てみます。「うさぎの島」と言われるぐらいなので、確かに桟橋から沿道など至る所に野生のウサギがたくさんいます。特に休暇村の敷地内には餌を貰えることを知っているウサギたちがたくさん群れていて人間を観ると一斉に近づいてきますが、この日は夏になったばかりのとにかく暑い日だったので、ウサギさんたちもあまりの暑さにややぐったりしているようです。

ウサギのエサは休暇村では売っておらず、忠海港で買ってくるしかなかったので他の人たちは忠海港で買ったエサをあげていますが、エサを買ってこなかった我々のところに寄ってきたウサギさんには残念ながら何もあげられません。心の中で可愛いウサギさんに「ゴメンね…」と、呟きます。

休暇村の夕食は私の苦手なバイキング。でも、レストランは空いていたし、我々もずっとたくさんの食事を食べ続けてきたのでこの日は控えめな晩御飯にしたので、苦手でも十分なディナーでした。

 

11日目:7月11日(土)

 

この日からの観光予定はあまり決めておらず、この日はゆっくりと隣県岡山県まで移動する日。11時頃の船で大久野島から戻ろうと午前中はのんびりして、私はウサギの島をお散歩。相変わらずウサギさんは私を見ると”ウサギ跳び”で走って近付いて来るものの、エサがないとわかると”チェッ”とばかりに離れて行きます。

エサをあげている人の周りにはあんなに集まってくるウサギさん。

それにしても、本当にウサギさんがたくさんいて驚きです。大昔、子供たちと行った”ふれあい動物園”にもウサギがたくさんいて、その時の子供たちの屈託のない笑顔を思い出しました。

大久野島のもう一つの顔は”毒ガス製造の島”。昔は、地図に乗っていない島だったのだそうで、こんな近くでこんなに大きな島なのに地図に乗っていないなんて、当時の人は不思議だったのでしょうね!? 私が大久野島で是非見たかった「毒ガス資料館」。

でも、この日は停電で休業中。この暑さでは冷房がない部屋には入りたくないので、停電による休館では已む無し。
周りには瀬戸内海の島々が広がっていて、私の大好きな風景! この向こう側の島は、2015年に訪ねた”とびしま海道”の大崎上島でしょう!

そしてあっちは、もう何度も来ている”しまなみ海道”の大三島。

瀬戸内海の島並みは何時間見ていても見飽きることがありません。これは、ウサギの耳をモチーフにしたユニークなモニュメント「うさ耳オブジェ(うさぎの耳の集音器)」なのだそうです。

予定通り11時頃の船のシルバシートで忠海港に戻り、呉線に沿った道をドライブして三原市内のコインランドリーへ。土曜日なのでコインランドリーは予想通り混んではいましたが、今回も最後の1台の洗濯乾燥機を確保できて超ラッキー。当初の予定ではこの近くのラーメン屋さんで尾道ラーメンか今治名物の焼豚玉子飯を食べるつもりでしたが、この日も老夫婦の腹は満腹状態なので諦めて、コインランドリー隣のスタバのケーキで夜に備えて軽いお昼に。

三原を出て高速で岡山県に向かいます。途中、福山や笠岡、倉敷など過去の旅で来たところを懐かしく通過。笠岡では昔のビジネスパートナーにも会いたかったのですが、今更…と思われるのもナンだし、何よりこの日は土曜日だし…
岡山での目的地は2017年にも来ている牛窓港。牛窓港の周りはその時に観光していて、再訪したい程の場所は残念ながらありません。牛窓港に向かう目的はたった5分間のフェリーに乗って向かいの島”前島”に行くことなので、フェリー乗り場前の観光協会で情報収集。これから行く前島の観光についてアドバイスを求めますが、どうも歯切れが悪い。 どうやらこれと言った見どころはないみたいなのです。「海は、綺麗ですよ!」とは言うけれど… この辺、海はみんな綺麗じゃん! 
フェリー乗り場の向こう側にはすぐ近くに前島と港が見えていて、しばらくするとその港から船がやって来て、たった5分で牛窓港に到着。車のままフェリーに乗り込んだ我々は車から降りることもなく車内で集金に来た係員さんに往復のフェリー代金を支払。

フェリー上の車内から

でも今の時代、こんな近くなのに橋がないのが少し不思議です。

反対側 牛窓港のホテル

前島上陸後、今日の宿である民宿南風荘へ。この民宿は兎に角料理が凄いという口コミで予約した宿で、民宿なのに部屋は食事用と就寝用の2部屋使えて、お風呂もトイレも洗面所も我々専用という好待遇! 足の悪い私を見て一番段差の少ない部屋にしてくれたお陰で一番入口近くの部屋にはなりましたが、オーシャンフロントの部屋から見える小豆島は、絶景かなぁ~!

昔は、小豆島から船で醤油を売りに来ていたそうです

料理も噂通り。欲張りな我々は一番上のメニューを希望していたのですが、とにかく本当に凄かった! まずは地の魚の大量の刺身!

名物の南蛮漬け!

その後も滅茶苦茶新鮮で美味しい料理が続きます!

最後のお魚さんは流石に満腹で食べられずにギブアップ。

でも、翌朝にもう一度温め直していただき、全部美味しくいただきましたよ!
瀬戸内海の海鮮尽くしと言えば… 2017年の真鍋島の海鮮を彷彿とさせるくらいに大満足した一夜でした。

 

12日目:7月12日(日)

 

この日は完全な移動日。マイカーでの旅ではあまり行きたくはない関西の中心街を通り過ぎて和歌山県を目指す日。ゆっくりと起きて昨日の満腹状態を引きずったままで食べた朝ご飯。この日もお昼は食べないことを前提に昨日残した魚までをも完食し、満足してフェリーに乗り牛窓港まで戻ります。牛窓港からはなんとなく記憶にある道路を走り、立ち寄ったのは道の駅一本松展望園。日曜日だからか駐車場にかなり珍しそうなクラシックカーや外車が並んで停まっていたので万が一にもこすらないように慎重に駐車して、さっきまでいた牛窓辺りを遠望。

その後は順調に山陽道に乗り、順調に神戸あたりを通過して中国道へ、吹田JCTからは近畿自動車道へ入り大阪の都会風景を眺めながら南下。東大阪、羽曳野、堺、岸和田などの地名に馴染みがある河内エリアを通りながら口ずさむのは「河内のおっさんの唄」や「PL学園校歌」。大阪府内で高速を降り、初めて走る大阪府の南端エリアを味わいながら和歌山県に突入。和歌山県に入った途端に俄かにガソリンの安い表示が目立ってきたため、少し早めにガソリンを入れようとホテルまでのルート上のスタンドで給油。何とリッター当たり147円でした! 前回入れた出雲より22円も安い!
この旅での紀伊半島でのメインの目的は、「あの料理を、もう一度食べる。」こと。紀伊半島での3泊全て前に来て食べて感動した料理を再び食べに行くことが宿泊の目的です。紀伊半島初日であるこの日の泊りは和歌山市内の休暇村紀州加太。2019年に泊まってハモが美味しかったので、「もう一度泊まりたい宿」としての訪問です。早めにチェックイン出来たので、前回入れなかった海側の露天風呂もちゃんと満喫出来て、準備万端で”ハモ尽くし”に備えたのですが…

淡路島の景色は相変わらず素晴らしかったのですが…

結果は少しガッカリ。ハモの味は前回感激したレベルとはやや遠く、おまけにハモ以外のバイキングは前回よりかなり品数が減っていたような…

期待していた夕日もあんまり見えずでした。

全体的には悪くはないのでしょうが、我々が期待しすぎていたのが悪いのかもしれませんね。

 

13日目:7月13日(月)

 

この日は高野山の”奥の院”を訪ねることがメイン。高野山には2015年に行き宿坊にまで泊まったのですが、この旅行の前に足を駆使しすぎたことが原因で足の痛みがずっと引かなかったため、奥の院まで行けなかったことが後悔としてずっと残っていたのです。高野山の金剛峯寺や壇上伽藍に行き宿坊にまで泊まって精進料理も食べたのに、奥の院に行っていないなんて… 何か有名なレストランには行ったのに肝心なメインディッシュを食べ損ねた感じで、私の中ではずっと何か大切なものを忘れてきたかのような気持ちでした。
和歌山県内の宿から和歌山県内の高野山に行くのだから昨日来た和歌山市内からの道を戻って高野山に向かうものだとばかり思っていたのですが、優秀なナビは反対側の大阪府を指します。休暇村は県境すぐ近くにあるのですぐに大阪府に入り、府内の田舎町をしばらく走ってから阪和自動車道に乗り、ようやく和歌山県内に再突入。一般道に降りてからは2015年にも走ったくねくねした上り坂がどこまでも続くような道をドライブ。急坂を走りながら毎回思うことは「それにしても弘法大師、何てこんな山深いところに寺院を立てたんだろう! 建築資材をこの山の上に運ぶだけでも我々の想像にはほど遠い艱難辛苦があった筈なのに…」 今の我々と当時の方々とは、根気や根性は雲泥の差だったのかもしれませんね!?
11時前には懐かしの高野山の繁華街を過ぎ、奥の院に一番近い中の橋駐車場に車を停めていよいよ奥の院の見学のスタート。奥の院への正式な参道は本来ならば一の橋のあたりに車を停め、武田信玄や明智光秀の墓所があるところを通りながら行くのが正しいルートなのだそうですが、暑そうだしあまり歩きたくない我々は一番近いルートにしたのです。

でも、下界と違って高地にある高野山はやっぱり涼しい! 毎日30℃を超えている町々からは5℃程度は涼しいようで、歩いていてもとてもありがたい!これも弘法大師様のお陰でしょうか?? 鬱蒼とした林の中を歩いていると、荘厳な気分になります。

奥の院の御朱印スポットの隣の建物でお茶をいただいて少し休憩。弘法大師様に会う体制を整えます。

弘法大師様が今でも毎日お勤めを続けておられるところはまだ先で、我々も先に進みます。

ここが、我々が弘法大師様に一番近づける場所みたいです。

奥の院ですっかり心の中の垢を落として、のんびりと行きとは違う参道で戻ろうと思います。参道には歴史上の人物の墓所や菩提碑があります。まずは赤穂四十七士と浅野内匠頭。

今年の大河の主役、豊臣家。秀長もあるかな?

法然上人のお墓があって少しびっくり。法然上人って浄土宗の開祖ですよね? ということは、ライバルのお墓も供養してるってこと? 何て、懐の深い宗派なんでしょう!? 真言宗って!

私の母も真言宗の家で生まれて、昇天しています。母親の魂もこの高野山のどこかに必ずいると、少なくとも私は信じています!
ゆっくり駐車場に戻り、再び高野山をドライブ。「16年前に泊まった宿坊、この辺りだったよね?」等と話しながら、高野山中心部の駐車場に車を停めて、付近を逍遥。我々夫婦は相変わらず昼飯を食べる気にはならなかったので、デジタルミュージアム併設のカフェに入ってコーヒーブレイク。手づくり最中がお昼ごはん代わりに。

デジタルミュージアムにも興味があったのですが、次の回の開始が1時間以上も先なので断念、奥の院に入れて弘法大師様と母親の魂に挨拶出来ただけで充分に満足した高野山を後にします。本当はこの麓にある九度山・真田ミュージアムにも行きたかったのです。九度山には2019年にも来ていくつかの施設を見学したのですが、訪問した日が月曜日だったのでミュージアムは休館日。そして、この日も月曜日なのでまたもや休みの日! 全くツイてない!
この日の泊りは県境を超えてすぐの奈良県の五條市。予約していた宿は国道沿いで日帰り温泉を併設しているビジネスホテル。4時前にチェックインしてすぐに併設の日帰り温泉にゆっくりと浸かり、その後レストランまでゆっくりと散歩。この幻の鉄橋跡は前に来た時にも眺めて鉄ちゃん魂をキュンキュンさせてくれた、「幻の五新鉄道」跡!

この日の夕食は2019年にランチで来て、その野菜料理に感激して「もう一度、あの野菜料理を食べたい!」と願っていた”五條源兵衛”というレストラン。

前回来た時に野菜尽くしのその料理に大満足したのですが、店主から「この野菜と日本酒のコラボがいいですよぉ~」と言われ、運転手であの時はお酒が飲めなかった私はあの素晴らしい料理の前でおおいにフラストレーションが溜まり、「次こそ、夜に来るぞぉ~!」と固く誓っての再訪。前回は野菜尽くし@5,000円のランチでしたが今回は@10,000円のディナーなので、「あの時の倍の野菜が食えるのかな?」と楽しみにしながら、前回店主さんからお勧めされたこの辺りの日本酒とのペアリング。

でも、ちょっとだけ私の想像と違って戸惑います。前回は「美味しい五條の野菜だけ」で肉や魚は殆ど出なかったのですが、今回はディナーなので肉と魚が出て「肉・魚と美味しい野菜のコラボ」なので野菜だけの量でいえば前回の方が多かった!

とは言え、肉や魚の皿でも主役となるのはやっぱり野菜。付け合わせやいろどりのような野菜でもすべて食べられ、そして野菜も肉・魚もすごく旨いんです!

そして日本酒とのペアリングもやっぱりいい!

今回使った野菜はこれらの野菜なのだそうです。満腹になって見せられても、やはりもう一度食べたくなります!

行きはお店までのんびりと歩いて来たのですが、帰りはほろ酔いでもあったのでタクシーをお願いしていたのですが、タクシーの少ない五條ではなかなか捉まらないようです。歩きを覚悟したところ店主さんが宿まで送ってくれるとのことで、店主さんの車でホテルまで送ってくれるという予想外のサービスまで!

とても美味しかったけど、ここにはもう一度来たいと思います。次回は、もう1回野菜尽くしと日本酒のコラボでね!

 


14日目:7月14日(火)

 

この日はもう奈良県を離れ、三重県に向かいます。ゆっくり起きて、朝はすぐ近くの”柿の葉寿司たなか”の五條本店へ。前回はこのお店で娘一家へのお土産を送ったのですが、今回は我々の朝ご飯を。イートインスペースでお茶を出していただき、美味しく頂きました。

一路三重県を目指してドライブ。ナビは高速道路もしくは名阪国道あたりのルートを指示するのかと思っていましたが、吉野付近を過ぎてからはどんどん紀伊半島の山深い奥地を指し続けて、私にとっては未踏の地なのでウキウキしながら車を走らせます。途中休憩を含めて2時間半ほど走り、この日最初の目的地はVISON(ヴィソン)。このVISONとは「東京ドーム24個分の広大な敷地に約70店舗が集まる日本最大級の商業リゾート施設」という触れ込みで、食事の名店や様々な名店が集まっているという話を聞いての初訪問。確かに、デカい!

巨大な施設はさまざまなエリアに分かれているようで、まずは産直市場が集まる「マルシェ ヴィソン」を散策。まだ家に買って帰るには少し時間があるので、良いものはたくさんあるものの結局買わずに通過。隣のスウィーツヴィレッジでケーキタイムにしますが、確かに選りすぐられた名店らしく、ケーキも凄く旨い!

とても旨そうないかにも名店らしいレストランもいくつかあったのですが、ずっと胃の調子がイマイチな老夫婦、本日の夜に備えて名店の味も我慢します。和の名店が集まる「和ヴィソン」でいくつかお土産買い。酢の専門店、鰹節の専門店、昆布の専門店などで高級そうな&珍しそうなお土産を買い求め、一部は宅配便で友人に送ります。でもよく聞くとお店は三重のお店ばかりではなく、他の中部地方の県からも出店しているようなのです。時間とお金に余裕があれば、ここのホテルに泊まってこれらのお店めぐり&買い物も楽しそうですね!

次に高速で伊勢神宮の近くまで。でも今回は罰当たりにも伊勢神宮には行かずに神宮近くの有料道路である伊勢志摩スカイラインに乗って、朝熊山頂の展望台を目指します。展望台から眺める伊勢湾の景色、この旅初の太平洋! 絶景です!

スカイラインを鳥羽側で降りて、次に向かったのは絶景の見える「横山展望台」。ここには2015年と2019年とこの辺りに来るたびに毎回来ていますが、私の好きな風景なので何度来てもいいですよね!

今回も景色を見ながらソフトクリームを食べて、まったり…
今宵の宿は的矢牡蠣の名店である「いかだ荘山上」。ここも2019年にランチで来て、「凄く旨いけど、こんな旨い牡蠣を食べながらビールが飲めないなんてぇ…!?」と悲しい気持ちになった場所。牡蠣大好きな私なので、「今度こそお酒と一緒に絶品の牡蠣が食べたい!」と予約したのです。旅館としては小さな旅館なので、色々とできないことが多い障がい者の私にとってある程度難しい点があるのは承知した上で予約したのですが… でも、旅館のご主人(?)が私と同じように麻痺があるとのことで、宿のスタッフの皆さんが我々障がい者のことを理解して気遣っていただき、さまざまご配慮いただいたお陰で快適な滞在ができたのです。 例をあげると
その1:ベッドがかなり低い仕様だったのですが、マットレス等を積み上げていただき、快適な睡眠環境を作ってくれた。
その2:男性用浴場には手すりがなく、私には入れそうになかったので、手すりのある家族風呂を使わせてくれた。
等の何人ものスタッフの配慮と心づかいのお陰で、本当に快適な滞在が出来ました。これが本当の”ホスピタリティ”なんですよね!
いよいよ待望の夕食。前回に続いて、前菜から牡蠣づくし!

前菜に続いて、度肝を抜かれた大きな的矢牡蠣。鳥取での牡蠣を”この旅イチかな?”と思って食べたけれど、流石の的矢牡蠣!

その後もいくつもの牡蠣料理が丁寧な説明と共に供されます。

前回と違うのは、前回はお酒が飲めなかったので出される牡蠣を淡々といただいたのですが、今回は正に堪能!

牡蠣料理では個人的には絶対に欠かせない牡蠣フライ!

最後には牡蠣ご飯も出て、大満足。もう一度来て・泊まって本当に良かった!

伊勢志摩の夜は、今宵も最高~!

 

15日目:7月15日(水)

 

旅もあと2日。最終日はまっすぐ埼玉に帰るつもりにしているので、実質的な観光はこの日が最終日です。この日は紀伊半島最後の観光を少しだけしてからフェリーで渥美半島に渡り、浜名湖周辺まで行く日程。
いい気分で過ごせた「いかだ荘山上」に別れを告げて鳥羽港までは約30分。このあたりの主要観光スポットは前回・前々回で大体訪れているので、この日はまだ行ったことがない「鳥羽水族館」を訪ねることに。まだ夏休みギリギリ前なのでガラガラかと思いきや、開館時間に合わせて9時半には水族館に着いたのにもうこの時点で水族館に近い駐車場は「満車」。少し離れた駐車場に何とか空きを見つけたのですがこの辺りの混雑度合いに少しだけビビッたので、お隣の次に乗るフェリー乗り場まで行って「予約できるかどうか」聞いたところ、「当日予約は出来ない」ことと「でもこの時期満車で乗れなくなることは滅多にない」ことを確認した上で行列が凄い入場券売り場へ。よく見ると家族連れが大半で、小学生らしき子供たちが多数! この日はまだ7月15日の平日なので、私の常識からすれば子供たちはまだ学校に行っている筈… なのですが、地域が違うと学校のスケジュールも違うのでしょうか? 子連れが多い上にインバウンドも結構いる大混雑の水族館鑑賞になってしまい、「こんなことなら、違う観光地にすれば良かった!」と後悔しても後の祭り。この旅最初で最後の混雑体験ですが、巨大水槽には気持ちよさそうにお魚さんたちが泳いでいます。

大きなカメもスイスイ気持ち良さそう~!

この水族館、「順路のない水族館」らしいのですが、順路がない分どうやって見れば良いのか分りにくいので、順路をあえて作らないってどうなのかなぁ~!?

魚を見ると、つい「美味しそう」と思ってしまう私…

屋上にはお魚さんだけでなく水鳥たちも展示されています。

この水族館の”ここだけ”のメインイベントは2つ。1つはジュゴン。ジュゴンには行列はなくすぐに見られたのですが、この時間は水槽の底で動かず、どうやらお休み中の模様。

もう1つは「ラッコ」。ラッコって昔は私が記憶しているだけでも江ノ島水族館や松島水族館等にもいたような気がするのですが、今や日本の水族館で見られるのはここだけなんだそうで、ラッコ見学までは30分待ち。一旦は諦めたけれど念のためもう一度来てみたら待ち時間が20分以内に短縮されていたので、最後尾に並びます。「でも、我々は霧多布岬で野生のラッコを見たよね!」なんて話をしながら待つこと15分で、ようやく行列の先にラッコが見えてきます。

ラッコの水槽前の滞在時間は1分間。笛の合図で約10人が最前列に陣取りラッコを鑑賞し、1分経ったら再び笛が鳴りその10人は退場するというシステム。

でも、動いているラッコの写真は結構難しい!

12時発の伊勢湾フェリーに乗るべく、11時20分頃には待合スペースに車を停めて無事にフェリー乗船券をGET。このフェリーに乗るのも2019年以来。

伊良湖岬までは約1時間。この日も昼食は食べずに船内でまったりして伊勢湾の景色を堪能。渥美半島突端の伊良湖岬に着いてからは、海沿い道路をゆっくりと渥美半島をドライブ。事前に観光スポットとして伊良湖岬灯台、恋路ヶ浜、日出の石門、太平洋ロングビーチなどをブックマークしていたのですが、その場所に着いても何となく車を降りて写真を撮る気にもなれず、速度を落としただけで通過します。渥美半島の最初で最後の観光地は蔵王山展望台。くねくねと山道を登り着いた展望台から渥美半島を眺め

反対側には三河湾や蒲郡あたりを遠望。

この旅最後の宿は浜名湖。うなぎ大好物の妻に最後にうなぎを食べてもらいたいと選んだ宿。本来なら2021年に訪ねた舘山寺温泉の宿の「うなぎ会席」をもう一度食べたいと思いましたが、その宿のうなぎ会席のメニューがびっくりする程値上がりしていて年金生活者である今の我々の許容範囲を遥かに超えていたために断念し、代わりに同じ浜名湖畔の「バイキングでうなぎ食べ放題」の宿で我慢してもらうことにしました。

「うなぎがなくならないうちに!」と、バイキング開始早々会場に陣取り、妻はうなぎに並び、私は家康公に因んだ日本酒をチビチビ。

とりあえず皿一杯にうなぎを持ってきた妻はお替りもして少しは満足してくれたでしょうか?

 

16日目:7月16日(木)

 

最近、長い旅の最終日には「早く家に帰りたい」という気持ちが強くなるために、観光を予定していても結局まっすぐ家に帰ってしまうというパターンが大半だったため、今回は最終日には計画も全く立てずにとにかく早く家に帰ることにしています。宿を出てすぐに高速に乗り、一旦東名で名古屋方面に向かい三ケ日ジャンクションで新東名に乗り換えて一路関東を目指します。関東の渋滞情報と睨めっこしながらのドライブでしたが、予想通り圏央道の中央道までがかなりの渋滞だったので予定通り新御殿場ICで新東名を降りて富士五湖~中央道経由にしますが、中央道が工事で渋滞していたため、思ったより時間が掛かってしまいましたが、2時前には自宅に無事帰り着きました。今回の総走行距離は2,773.8キロ、燃費は25.6キロ/リットルで、給油は金沢、出雲、和歌山の3回だけで済みました。

これで2026年最長の旅の記録を終わります。今回は前半は楽しみにしていたところがみんな雨で、中盤は妹と一緒の初めてのパターンを経験し、後半は”妹ロス”もあり何となく気が抜けたような旅になってしましました。今回、旅の後半にメインイベントが少なかったこともあり、私も妻も「もう16日間は長すぎる。次はもう少し短くしよう。」ということで一致しました。

日本三周目として訪問都道府県をカウントする積りはありませんが、今回は宿泊した府県だけでも12を数えています。

・2泊した県

 長野県、島根県

・1泊した県

 石川県、福井県、京都府、鳥取県、広島県、岡山県、和歌山県、奈良県、三重県、静岡県

 

でも、日本巡りはまだまだ続けますよぉ~!

 

2026年本州周遊の旅<その2:日本海編>

これからしばらくは日本海沿いを南下する旅が続きます。

 

5日目:7月5日(日)

 

この日は11年前に感動した三方五湖を再訪する日なので、”絶対に晴れて欲しい日 その3”なのですが、残念ながらこの日の天気も期待薄。天気予報では曇りで午後からは雨らしく、「三方五湖のケーブルカー山頂からの雄大な景色、何とか見えて欲しいなぁ~!」と、祈りながらの起床。
朝食は2015年にも食べた近江町市場の回転寿司”もりもり寿司”。近江町市場の目の前にホテルを取ったのもここを再訪してここで朝ご飯を食べたいがため。私の2015年のブログによると当時は7時開店だったようなのですが、現在は8時開店。この日は日曜日なので混雑必至と思い、前日金沢到着直後にお店に行き店の受付開始時間を聞いておきました。朝の7時過ぎに受付機がオープンになりその受付順に8時~案内が始まるということだったので、7時前に一人でホテルを出て無事に2番目をGETしてホテルに戻り、休憩してから8時前にお店にGO! 8時の段階では待ち客が全員座れるかどうかは微妙な人数でした。

店前で待っている人は少なめでしたが、この時点で二十数番目でした

北陸に来たらやはり大好物のノドグロ

カニの三貫セットなど

このところ、朝をガッツリ食べたら昼が食べられない老夫婦なので、この日は昼を抜く覚悟で少しオーバー目に朝から寿司を満喫しました。
居酒屋と回転寿司という金沢グルメの2つの目的は果たしたので、金沢を離れて北陸自動車道に乗り福井県を目指します。福井県の北部及び中部は今回はスルー、今回の目的は三方五湖がある嶺南と呼ばれる地域です。2時間半のドライブで嶺南の玄関口美浜駅前の道の駅に到着して昼飯がわりにソフトクリームを食べ、美浜の海産物を眺めて暇つぶし。今回、楽しみにしていたことの1つに若狭で”サバ缶”を買うことがありました。これは6月まで放送していた「サバ缶、宇宙へ行く」という実話をもとにした月9ドラマで、若狭の高校生たちが何年も(何代も)かかってサバ缶を宇宙食にした物語。実際に宇宙飛行士の野口聡一さん(だったかな?)が宇宙でサバ缶を食べている映像はなんとなく記憶にあります。ドラマを見ながら、その高校生が作った「宇宙サバ缶」を1回は食べてみたいと思い、今回若狭のどこかで絶対に買おうと考えていたのですが、流石にドラマ放映直後なので美浜でも目立つところに「宇宙サバ缶」が置いてあったので早速購入。

(後日談)
旅行後、自宅で「宇宙サバ缶」を食べました。確かに高校生たちが拘った味は悪くなかったけれど… 苦労したらしい”無重力でも汁が飛び散らない”ことなどは、「エッ、飛ぶじゃん!」って思ったり、よく見ると原料のサバは若狭産ではなくノルウェー産だし… いくら本物ではなく模造品だとは言え、いささかガッカリ。 これで1缶800円はどうかなぁ~??

 

今回は三方五湖を展望台から眺める前に遊覧船に乗ろうと思います。前回、遠望して感動した三方五湖ですが、よく考えたら5つの湖の名前を1つも覚えていなかった無知な私! アメリカの五大湖の名前なら今でもすぐに出て来るのにね… 遊覧船は複数あるようなのですが、湖と湖の間を人工の運河を通って3つの湖を巡るという「美浜町ネイチャークルーズ」に乗るために久々子湖(くぐしこ)の船着き場へ。

小雨が降り始まった悪天ですが、日曜日なので乗客は少しは多いかな?

船内ではガイドさんが様々三方五湖のことを説明してくれます。

晴れていれば窓を開けてここち良い風に吹かれながら湖の景色を満喫するのでしょうが、小雨の今日はそれも叶いません。湖の沿岸には、翌日に行く伊根のような舟屋もありました。

船は久々子湖から水月湖(すいげつこ)までの運河を通ります。狭い運河上で船が鉢合わないように信号機があります。

運河の横にはこの運河を作った功労者の記念碑。

水月湖と繋がっている小さな湖菅湖(すがこ)に入って折り返し。

1時間のクルーズでしたが、十分楽しめたクルーズでした。これで天気が良ければね!?
いよいよ2015年以来の三方五湖展望台へ向かいます。今回三方五湖での私の楽しみは2つ。1つは11年前に感動したあの絶景をもう一度満喫することと、もう一つはこの三方五湖の展望台やリフト・ケーブルカーなどの運営会社の社長に、何とこの6月から前の会社の同期入社のH君が就任しているというので、彼と数年振りに再会すること! 雨は豪雨に変わり始めていましたが、社長自ら大雨の駐車場に出迎えていただき感動の再会! 一緒にケーブルカーで上まで登ってみますが、残念ながら雨の景色は予想通りこんなもんです。

今回も特別に2015年の時の写真を

2015年5月の三方五湖

景色が楽しめないなら上にいても仕方がないので、下に戻って喫茶でH社長とよもやま話。彼とは入社同期の中でも同じ大学の同じ学部で学科まで同じという唯一の同期。入社以来彼はずっと縁もゆかりもない中部地方中心の勤務だったので一緒に働いたことはありませんが、昔話が尽きることはありません。でも、着任早々の社長を長時間拘束しても申し訳ないので、断腸の思いで三方五湖を後にします。三方五湖、もう1回来るぞぉ~!
この日の宿は五湖近くの海辺の宿。兎に角刺身の舟盛が凄いという口コミで選んだ宿。旅館と民宿の中間のような宿なので事前に電話して階段の手すりの有無を確認したところ「エレベーター、ありますよ」という言葉につられて予約した宿。確かに、刺身は凄かったけれど、それ以外の料理が少し…

その意味でも、三方五湖にはもう一度… ですね!


6日目:7月6日(月)

 

この日は妻はともかく私が”もう一度行きたい!”と熱望していた伊根の舟屋を訪ねるのがメインの一日。天気は相変わらず良くはありませんが、舟屋の風景を見ることが出来ればよいので雨さえ降らなければ良しとします。伊根の舟屋に行ったのは2015年、寅さんがいしだあゆみさんを追いかけて訪ねた伊根の風景にかねてから猛烈に憧れていた私は、現地ガイドまで予約して万全の態勢で伊根を訪ねたものの、その時は台風がすぐ目の前にまで迫っていて、慌ててガイドさんと舟屋を巡り、美味しい海鮮丼のランチを急いで食べてから逃げるように城崎温泉まで向かったことが思い出。それ以来、もう一度ゆっくり伊根に来ることが私の念願でした。
曇天の三方五湖エリアを出て、京都府内までは約2時間のドライブ。まずは宮津市内に行き、探しておいたコインランドリーへ。ひっきりなしに利用者が出入りする大混雑のコインランドリーでしたが、何とか最後の一台の洗濯乾燥機を確保出来たのでこの数日分の洋服をぶち込み、仕上がりまでは1時間強。この1時間ちょっとの間に、1つ観光を済ませてしまおうと思います。コインランドリーの待ち時間に向かった観光地は、「天橋立」! 日本三景の1つに、コインランドリーの待ち時間に行くなんてなんて贅沢な旅なんでしょう! 天橋立には2つの展望台があり2015年には両方行ったのですが、「どっちかに行けばいいね。」というのがその時の我々夫婦の結論だったので、宮津からは10分で行ける天橋立ビューランドの駐車場へ。前にも乗ったモノレール、どうやらそこにいる人は全員が中国というか台湾人で、モノレールは満員!

頂上には股のぞき台があり、本来はここで”股のぞき”をする場所なのですが、台湾人たちは股のぞきのことなんて知らないのか、順番に台上に立ってポーズをとっています。我々は日本人らしくちゃんと股のぞきのお手本を見せましたが、異邦人は皆知らんぷり。

11年前に続いて股のぞきの風景

天橋立を堪能してコインランドリーに戻ったのは70分後。ちょうど洗濯は終わっていました。何という絶妙なツアーアレンジ! 
いよいよ伊根に向かいます。妻は「伊根の海鮮丼が美味しかった!」とかねてから何度も言ってましたが、ここに来て、「あの油屋さんの海鮮丼が…」と、お店の名前を思い出した模様。普段、妻も私も旅で食べたお昼ご飯のレストランの名前なんて絶対覚えていないのに、何で11年前のこのレストランの名前だけ憶えているんだろう…?? そうだ! 今日の我々の宿の名前はこの近くの奥伊根温泉の「油屋」なので、その宿の名前を見て11年前の記憶が蘇ったのかもしれませんね!? 妻がお店の名前まで覚えていた(思い出した)ことに敬意を表して、11年振りに油屋さんの海鮮丼を食べようと天橋立付近のその他のチェックしておいたスポットをスルーして伊根に向かいます。伊根の道の駅にある懐かしのお店は妻の記憶通り確かに油屋さんで、今日の宿と同じ経営のようです。

1時過ぎでも少しだけ待ちがありましたが、すぐに記憶にあるカウンターに案内されます。我々のオーダーは勿論海鮮丼2000円也。確か11年前は1500円だったので、値上がりは然程ではない感じ。

海鮮丼は確かに美味しかったけれど、感動して11年もの間記憶に残る程だったかというといささか疑問ですが、妻はやや不満顔。「刺身、薄くなってる!」んだそうです。どうやらこの記憶だけは妻に軍配。 高台にある道の駅から伊根の景色を眺めます。憧れの伊根だぁ~!

11年前は台風で欠航だった遊覧船に乗りに行きます。ところが、ここも観光バスだらけだけど予想通り日本人団体客はオフシーズンなので皆無で、この外国人たちも恐らく全員が台湾人! そしてどうやら彼等は伊根の舟屋の風景や風情には全く興味がないらしく、彼らの興味はえさ(かっぱえびせん)を求めて船に群がるカモメたち。

どの船も大混雑でみんな外国人たちばかり

我々は船の中から伊根の舟屋群を眺めて景色を満喫しますが、目の前にはかもめにかっぱえびせんを取られて大騒ぎする彼らの嬌声が…

「お願いだからもう少し静かにして、我々に伊根の舟屋を楽しませて!」と、声は出さずただひたすら祈るばかり…

船を降り、11年前にガイドさんと歩いた伊根の町並みを散策。このあたり、11年前に来た時には台風が近いのでゴミがいっぱい浮いていた記憶のある場所。

途中カフェで休憩したりしながら、伊根の町並みを堪能しました。確かに二度目の訪問は初めて来た時の感動には及ばないかもしれないけれど、それでも伊根はやっぱり良かった! 通りを曲がったところに「寅さんといしだあゆみさんがいるかも??」なんて夢想してしまいました。

この日の泊りは伊根すぐ近くの奥伊根温泉の油屋本館。海鮮丼は美味しかったので期待度は高い宿です。部屋からは日本海が見え、この旅初めてと言っていいくらいの青空が見えています。今までの旅がずっとイマイチの天気だったけれど、これからはどんどん天気が良くなるのでは… という期待を持たせる日本海!

このタイミングが、正に天気が変わる潮目!

でも、本当に翌日からは打って変わって好天が続くことになるのです!
期待していた夕食、いきなり出てきた豪華海鮮焼き!

「これがメインかな?」と思っていたらとんでもない!刺身から海鮮のオンパレード!

今回の旅では疑いなくNO1の宿になりました。この宿には絶対また来たいとは思うけれど、埼玉からは遠いからなぁ~

 

7日目:7月7日(火)

 

今日はお昼過ぎに鳥取駅で妹と待ち合わせて、今日から3日間は人生で初めての3人旅。妹に初めての山陰をたっぷりと楽しんでもらうためにしばらくは運転手&添乗員に徹しようと考えている私は、朝からやや緊張気味。

京都府の奥伊根から鳥取までは約3時間、妹は東北新幹線の始発列車で仙台を出て順調に乗り継げれば1時半に鳥取駅に到着するので、遅刻するわけにはいかない我々は9時前には素晴らしかった油屋さんを出発!
最初に、その名前だけは50年以上前から知っている丹後半島をぐるっと回ろうとナビの指示とは反対方向に車を走らせます。丹後半島の一周道路は徐々に狭い道になり、本当の田舎道になります。ここは京都”府”なのに猿は大挙して道を歩いているし、熊も出てきそうなある意味怖い道。でも右側にはきれいな日本海が続き、我々を楽しませてくれます。 道路沿いにあるのは間人(たいざ)温泉、昔先輩から「間人温泉のカニは日本一旨い! 1人1泊10万円は超えるけど、その価値は十分にある!」と言われていていつかは行きたいと願っていたことを改めて思い出しました。次には来るぞぉ~!
道路標示に峰山の文字が目立つようになりました。峰山… 大学時代後輩になった男が峰山高校出身で、「ノムさんの後輩です!」といつも自己紹介していたのが印象的。約半年付き合いましたが、「やっぱり、医者になりたい!」と一念発起して大学を辞めて医学部を目指した彼は、その後どこかの医学部に無事に合格したらしいのです。彼は今どこでどんなドクターになっているのでしょう?
兵庫県に突入します。今回は往復とも兵庫県ではどこにも寄らずスルーするつもりでしたが、トイレに行きたくなりサービスエリアのない無料区間だったため、一番近い道の駅に寄り道。この道の駅… 2015年にも来た憧れの餘部陸橋だぁ~!

写真は2枚とも2015年の時と同じアングルですね!

鳥取駅前到着は12時少し前、妹も順調に東海道新幹線~在来線特急列車に乗り継げたようです。当初のプランでは鳥取駅近くの評判のいい回転寿司でランチにする予定でしたが、胃袋が不調気味の老夫婦はこの日も昼食は食べられず、かわりに鳥取の有名喫茶店「すなば珈琲」でティータイム。

スタバがなかった頃にシャレでできたすなば珈琲(ぎんりんグループ)

ケーキセットが十分なお昼ご飯でした!

1時半過ぎに少し遅れて到着した特急列車から妹が無事に降りてきて、私のウン十年振りの添乗員のスタートです!
まずは鳥取砂丘。これから見学地では妻は妹と姉妹仲良く見学して、私はひとりで行動です。鳥取砂丘3度目の妻は砂が靴に入らないようにビニールとゴムを持ってきているようで、早速準備を整え2人でスタスタと砂丘の先まで歩いて行きます。後で聞いたら、あの一番先まで行ったのだそうです。

私はと言えば、添乗員(・運転手)らしく何となく先まで行く気も起きずに砂丘を眺めただけで戻ってきてしましました。

妻たちが戻ってくるまで時間があるので、2023年にも行った砂丘のビジターセンターで時間潰し。前回は機械の故障で見られなかった「風紋」を発生させる実演を見学しますが、他にお客さんはおらず貸切状態!

でも、風紋って本当に神秘的ですね。実物が見たくなりました!

次に訪れたのは「鳥取砂丘 砂の美術館」。前回は8月の繁忙期に来たので駐車場に苦労したのですが今日は大丈夫。ここは展示が定期的に全て入れ替わるので初めてでも何回目でも同じように楽しめます。我々は3回目の訪問で、2015年はドイツで2023年はエジプト、そして今年はスペイン。何故かスペインが大好きで何度も行っているらしい妹はとても楽しみだったようです。

スペインと言えばサグラダファミリア。私が何度か訪ねた昭和の時代には「俺が生きているうちには、絶対に出来上がらないだろうなぁ~!」と思いながら眺めていたのですが、後10年もすれば出来上がりそうなのですから驚きです。

妻と妹は本当にゆっくりと見学しているようですが、私は早足でサクッと見学。

この日の泊りは鳥取駅前の東横インで、夕食は鳥取市内の日本料理店ぎんりんのコース料理。冬ならばカニをご馳走したいところですが、夏なので代わりに鳥取名物の「白イカ」。

白イカをはじめ鳥取グルメは期待通り。もう一つ感動したのは夏の名物「岩カキ」。

”この旅イチ”と思っていたのですが…

カキ大好きな我々も大満足でした。

 

8日目:7月8日(水)

 

妹がいい天気を持ってきてくれたのか、この日からしばらくは好天が続く天気予報です。この日の昼には「中国・近畿地方は梅雨明け」が宣言され、これからこの旅の後半は天気に一喜一憂することがなくなりました!
この日は島根県に移動して妹が一番楽しみにしている足立美術館に行く日。足立美術館の見学時間をゆっくり取るためにこの日の昼食は少し早めの予定なので、東横インの無料朝食は控えめに私はパン1個とコーヒーだけ。でも我々よりまだ若い妹は結構ガッツリ食べていました。羨ましい!
8時には鳥取市内を出て一路島根県を目指します。鳥取県には白兎海岸や倉吉や大山など妹に見せたい景色はたくさんあるのだけれど、今回は残念ながら時間がないのでスルー。米子市内で右折して一路境港を目指します。最初に、この辺りの地図通りの景色と大山の秀峰を妹に見せてあげたくて向かったのがこの辺りを遠望できる「夢みなとタワー」。入口目の前に車を停めて2人を降ろし、私は駐車場に車を停めて追いかけようとするとなぜか2人が車に戻ってきます。 「今日、休みみたい…」 慌ててHPをチェックすると「定休日:第2水曜日」 プランナー&添乗員である私の大失態! 月1回の休みまでチェックし切れなかったぁ~!
気を取り直して境港に向かい「水木しげるロード」へ。水木しげるロードの端で妻と妹を降ろし、ロードの真ん中あたりで待ち合わせをして私は駐車場を探し、早くから待ち合わせ場所でソフトクリームを食べながら2人を待ちます。半分まで歩いて待ち合わせ場所まで来た2度目の妻はここで私と一緒に休憩し、妹は残りの半分もガッツリ観光。 この時期だからなのかもしくは人気が落ちたのか観光客はまばらで、前に来た時にはいっぱいいたインバウンドも皆無。そうですよね、ゲゲゲの鬼太郎もゲゲゲの女房も知らない外国人にとっては、そんなに楽しい場所ではないのかもねぇ~!
妹の運転手役に徹する私は、この数日間妹と妻以外の風景だけの写真を殆ど撮らなかったようで、ブログに写真を載せようと探してみても適当な写真がありません。やはり初めてのことなのでペースが狂ったのかな?
同じく鬼太郎世代の妹は水木しげるロードを満喫してくれたみたいなので、少し早いけれどここでお昼に。向かったお店はすぐ近くの海陽亭境港店、まだ11時過ぎなのに空席を探すのに苦労するぐらいの客の入り。妻と妹は特選海鮮丼を頼み、ノドグロ好きの私はここでもノドグロ丼を。

私も海鮮丼にしとけばよかったぁ~!
境港から足立美術館までは約1時間のドライブ。この道路は以前に何度か通った道なので観光タクシーの運転手さんを真似てガイドしながらの運転。「ここが2017年に隠岐の帰りに立ち寄ったコインランドリーです!」なんて全くいらない情報まで喋ったりする一言多い運転手。 次に立ち寄ったのは我々は3回目だけど妹に見せたくて立ち寄った江島大橋で、通称ベタ踏み坂。もう15年くらい前にCMで話題になった坂なので、車を運転する妹なら覚えているかな?とも思ったのですが、流石に記憶にないようです。毎回立ち寄るファミマの駐車場からパチリ。

いよいよ妹のメインイベントである足立美術館、とは言え妻も「もう一度、あの庭園を観たい!」とずっと言っていたので、この旅のテーマの「再訪」スポットでもあります。足立美術館の標準鑑賞時間は2~3時間らしいので、「2時間半~3時間目安でゆっくり見てください。なんなら3時間超えても大丈夫ですよ。」と言い残して行動開始。まずは庭園、やっぱり凄い! 流石日本一だけある!

私はいくつかの作品を足早に見て回って1時間半後には車に戻り、我々夫婦が毎日飲んであっという間になくなった胃腸薬を買い足すために近くのドラッグストアまで往復。約束の2時間半後には駐車場で待機をしていましたが、2人が戻ってきたのは3時間を過ぎてから。二人とも、足立美術館を満喫してくれたみたいなので何よりです。
今宵の宿は玉造温泉の2017年に特に妻がものすごく気に入った宿である”湯之助の宿 長楽園”。旅館で妹と同じ部屋に泊まるのは、いくら義理の兄妹と言っても妹は気を遣うだろうと考えて珍しく宿に予約の相談の電話をしたところ、「そんなに高くない料金で1人部屋を用意できる。」とのことだったので2部屋を予約。我々は快適なベッドのお部屋で、妹も結構立派な向かいの和室にご案内いただきました。

早速この宿最大のウリである超巨大露天風呂へ。混浴ですが男女とも無料で湯あみ着が用意されているので、私は一人で巨大な露天風呂にのんびり浸かっていると、湯あみ着を着た妻と妹がやって来ます。この旅館、これだけ巨大な露天風呂があるのに日帰り客を取っていないので、あれだけ広い露天風呂でも他に入っているグループとの距離は数十メートルは離れているので気分は貸切状態! やはり、このお風呂最高ですね!
夕食は今回も十分満足できるものでしたが、昔はあった舟盛がない等やはり2回目が1回目を超えることは難しいのかもしれません。でも、チョイスメニューで私が頼んだノドグロの煮つけはやっぱり旨かった!

 

9日目:7月9日(木)

 

この日は妹がもう1つ楽しみにしていた出雲大社に行く日。玉造温泉は朝食も美味しく、今日までは妹と一緒でお昼もちゃんと食べる予定なのでお昼が食べられるかどうか心配をしながらも完食してしましました。
玉造温泉から出雲大社まではおおよそ1時間、私の方向感覚では反対側に向かっている気がしていたので、「このナビ、大丈夫かしら?」と一瞬心配になりましたが、文明の利器が老人の朧げな記憶に負ける筈はありません。
今回、出雲大社の正式な参拝ルートを調べておいたので、最初に向かたのは大社近くの「稲佐の浜」。

妹は結構信心深いようで、きちんと調べていて稲佐の浜の砂を大社に奉納する準備までてきているようなので、「参拝方法、調べてきておいて良かった!」と俄かガイドは一安心。天気もいいし日本海はやっぱりいいね!

次は出雲大社。出雲大社本殿により近い勢溜の大鳥居の目の前の交差点で2人を降ろし、12時までの2時間と少し二人には参拝と参道でのお買い物を堪能してもらうことにします。私は、まずはガソリンを入れにガソリンスタンドを探します。安そうなお店にあたりを付けて結構走った挙句、残念なことにリッター169円とこの旅の最高値!
私は出雲大社にはこの4月にも来ているので、参拝はスルー。今年4月に行こうかなぁ~と思ったものの歩きではやや遠いので断念した国鉄の旧大社駅に行ってみます。

重要文化財旧大社駅の入場料を払うと入場券は懐かしの硬券。

そんなに広くない駅舎をゆっくり見学

在りし日の大社線の栄華を偲びます。

参道に戻り、4月に下見しておいた駐車場よりも近そうな駐車場を見つけたので車を停めて時間通りに2人と合流。この日のお昼は出雲そばと決めていましたが木曜日は定休日のお店も多かったので集合したすぐ近くの蕎麦屋さんへ。食べログの評価はごく普通のお店でしたが、しっかりと美味しかったですよぉ~!

次に向かったのは日御碕灯台。でも信心深い妹は「日御碕神社にも参拝したい」というので灯台より前に向かってみますが、着いたらいきなり手すりのない階段なので私は参拝を断念。信心深い妹とクリスチャンなので本当は興味のない妻はしっかりと参拝したみたいです。次に訪ねたのは日御碕灯台。

妹は灯台の先の2時間ドラマに出てきそうな断崖の先の方にも行ったみたいですが、我々は灯台の下までで我慢。

次は今日の宿泊地である松江に向かいます。妹は去年の朝ドラ「ばけばけ」のファンだったのでばけばけ関連で行きたいところがいくつかあるようなのですが、そのことを知らなかった私が全くリサーチしていなかっためすぐにはご案内ができない状況。妹も、我々と別れた明日の午前中に行くつもりだったらしく今日はいいとのことなので、まず松江を味わうために松江市内の堀川めぐり遊覧船へ。遊覧船乗り場に2人を降ろし私は車内で待つことにしますが、我々はこの遊覧船には2017年に乗っています。確かに1時間で松江の風情を味わうには絶好のクルーズの筈! 満足げに降りてきた2人を乗せ、この時間に調べた小泉八雲ゆかりの「月照寺」まで行ってみますが、営業時間は16時までで、もう閉まっていました!
この日の宿も東横イン。この日は夕食までにもう1つ楽しみがあります。それは「宍道湖に沈む夕日」。今までも松江に来るたびに宍道湖の夕日が見られないかと松江市の「夕日指数」を常にチェックしていました。今までは残念ながら夕日が見られそうな天気に当たったことがなかったのですが、前日の段階でのこの日の夕日指数は100%! 今朝になって夕日指数は60%に下がったものの、トライする価値は十分にある確率。松江駅前からタクシーで宍道湖の夕日スポット”とるぱ”に行き、缶ビールを飲みながら3人で夕日が沈むのを待ちます。

いい雰囲気で日は徐々に沈んできましたが、最下部に雲のようなものがあるのが何か不穏。

数分後、その下の雲に夕日が完全に隠れてしまいます。これが「夕日指数60%」の正体なのね!?

これが夕日が隠れた直後に撮った写真!

その後も再び夕日が見られないかどうか諦めずに眺めていましたが、もう一度夕日が見られることは残念ながらありませんでした。タクシーが少ない松江なので帰るにはバスを使うのが一番安全、19時半夕日スポット発の観光客用のバスで松江駅前まで戻りました。でも、途中まで観られたので良しとすることにしましょう!
夕食は松江駅前の居酒屋にて。本当は松江市内の高級旅館の料亭を計画していたのですが1か月前に予約の電話をしたところ、「この日は全館休業でお休み」とのことで叶わず。仕方がないので今年4月に米子で食べた「さばしゃぶ」を2人にも食べてもらおうと米子で行った居酒屋の松江店を予約しています。 この日はコースではなく好きなものを食べることに

そして、勿論サバしゃぶも!

妻も妹も「美味しい」とは言ってくれたけど、箸の進み具合から見ると… 社交辞令??

これで3日間に渡る妹の添乗員&ドライバー役も無事終了。慣れないことをして、結構疲れたなぁ~ でも一定の満足感はありました。
3日間、妻と妹を見ていて、「やっぱり、兄弟姉妹っていいなぁ~。俺にも、兄弟欲しかったなぁ~!」とまたしても羨ましくなりました。

 

補足

2年前、2024年の同じ7月9日、私は同じく松江にいました。その時の松江は線状降水帯で凄く激しい雨が降っており、夕日どころか出雲大社にすらいけませんでした。その日と奇しくも同じ日だと気づいた時にはプランを変更すべきか迷ったのですが、「雷は同じ所に2度は落ちない」という言葉を信じて決行したのです。無事に楽しめてかなりホッとしています。

2026年本州周遊の旅<その1:信州&飛騨編>

毎年、1年に1回は二週間以上の長いドライブ旅行に行っています。日本二周目を無事に終え三周目に入った今年はどこに行こうかと考えた時、「三周目は、今まで行って良かったところをもう一度訪ねる旅はどうだろう?」と思い立ち、妻と共に今まで行ったところで印象に残っていたところを毎日ランダムに挙げる日々を続けてみました。
出てきた候補は、山岳風景で言えば何と言っても上高地、黒部立山アルペンルート、新穂高ロープウェイなどやっぱり日本アルプス付近が多くなります。海はみんな良かったのですが、隠岐や五島などの離島以外では伊根の舟屋や三方五湖などの日本海や瀬戸内海の島々等が挙がります。その他の観光地で言えば、高野山や足立美術館(の庭園)etc… もう一度泊まりたい&食べたい宿・料理では、玉造温泉、紀州のハモ、的矢牡蠣など… ”もう一度行きたいところ”は次から次に出て来ます。「じゃあ、三周目最初の旅は、”もう一度行きたい場所を巡る本州周遊の旅”にしよう!」とプランニングに着手し、今までに行って良かった場所+初めての場所も少しは加えて計画しました。
加えて、仙台在住の妻の妹が鳥取砂丘と足立美術館・出雲大社などに行く方法を模索しているという話を聞き、かねてより姉なのに妹には様々な場面で本当にお世話になっている妻はずっと”妹には、何か恩返しがしたい”思っていたようなので、全行程はともかくこの区間の行程を妹の要望に合わせる形に組み替える前提で「山陰、一緒に行かない?」と打診したところ、”行きたい!”とのことだったので、途中4日間妹と合流しての3人旅になる… という人生初の旅になりました。
出発は7月。梅雨の真っ最中ではありますが、私のイメージでは梅雨と言っても最近はそんなに雨ばっかりではないし、梅雨以外でも毎日雨に降られることも多いし… 何より夏休み前のこの時期は穴場の期間で空いているというのは業界にいた頃から知ってはいたし、そのため全体的に料金も安いので、多少ギャンブルではあるものの7月前半の16日間のプランにしました。
結果的には、前半の一番晴れて欲しい日は殆ど悪天… というかなり残念な結果になりましたが、それはそれでいい経験だったと今では納得しています。

 

1日目:7月1日(水)

 

この旅の全体的なマスタープランは、最初に日本海側を島根県まで南下してから、本州を縦断して瀬戸内海沿い~紀伊半島を訪ねて関東に帰ってくるというもの。でも、日本海側に行く前にもう一度行きたい信州や飛騨を観光してから日本海に向かうということで、この日は長野の山岳地帯を観光して松本市近郊の浅間温泉に泊まるという日程。信州の山岳地帯には仕事で何度も来た記憶はあるのですが、個人的に&妻と行くのは初めてだと思います。でも、美ヶ原だけは病気になる前の2010年のGWに来ています。(後から記憶を頼りに書いた写真のないブログはこちら)
家出発は7時の予定でしたが、早く起きてしまう年寄りの習性で6時過ぎにはもうエンジンをスタート。順調に圏央道に乗って… と思ったら圏央道が朝から事故渋滞でノロノロ。ナビはすぐ先の川島ICで降りるように指示を変更していたので、年とともに従順になった私は素直にナビの命令に従い、埼玉県内の一般度を東松山ICまで約1時間。計画からは約1時間のタイムロスですが、1時間早く家を出たお陰で信州インはほぼ計画通り。
残念ながら今日の信州は曇天。雨が降っていないだけマシだけれど、この雲では山並みも望めません。佐久で中部横断自動車道を降り、眺めのいいはずのビーナスラインを目指します。最初の観光ポイントは女神湖。

この辺りの湖は人造湖が多いようで、この女神湖も人造。取りたてて風光明媚の場所があるわけではなさそうで、ここ女神湖はパワースポットらしいのですがそもそもパワースポットにあまり興味のない我々夫婦は、写真を撮っただけで先を急ぎます。プランでは次に北八ヶ岳ロープウェイに乗って八ヶ岳の絶景を仰ぎ見る予定でしたが、目の前の山の上すら見えない今日、八ヶ岳の遠望を期待するのはどう考えても無理そうだったので、ロープウェイをスルーして次も人造湖の蓼科湖へ。

この蓼科湖も観光客は殆どおらず、ボートに乗る人もいません。我々はこの旅初のソフトクリームを食べただけて先を急ぎます。

次の目的地は白樺湖。少し早いけれど、ここでお昼ご飯に。湖沿いにあったお蕎麦屋さんはまだ12時前とは言えお客さんはゼロ! 改めて、「この時期、観光客少ない~!」と実感しました。 信州のそばなので、味はまあまあでしたが、観光地ですから…

昼食後、目の前の湖畔付近まで下りてみます。この山、蓼科山ですね!?

昔、この近辺のホテルで仕事をしたことを懐かしく思い出しました。少し山を登って展望スポットから白樺湖を眺めます。

あっちには八ヶ岳が見える筈ですが… やっぱり今日はダメですね! 私の頭の中では杉田二郎の曲「八ヶ岳」の歌い出しの部分だけが何度もフラッシュバックしていました。(というか、そこしか覚えていない!)

次に向かったのは霧ヶ峰。霧ヶ峰と言えば…自分的にはエアコン! 昔、キョンキョンが部屋の中でスイスイ泳ぐCMを観て、何も考えずに家電量販店に行って「霧ヶ峰下さい!」と言ったのはもう30年ぐらい前?に初めて自宅のエアコンを買った時の想い出です。思えば、あの頃はエアコンなしでも過ごせたんですよね!? でも、この日の霧ヶ峰は少し寒いくらいの天気。天気は悪いので散歩をしてもいい景色は望めません。

7月にはニッコウキスゲが綺麗だという車山肩にも行ってみますが、まだ7月になったばかりなので、まだ殆ど咲いてはいません。少しだけ咲いている花を探してパチリ。

ビーナスラインのドライブを続けて、次は美ヶ原。ここでは2010年に叶わなかった美ヶ原高原美術館に入場してみます。

入口では何も言われませんでしたが、この広大な屋外美術館は大規模な工事をしていて、かなりの見学通路が通行止めになっています。作品をたくさん見るつもりでしたが、通行止めが多く坂道なのに行っては引き返すという事態が続いたので途中で疲れてしまい、早々にめげてしましました。

美術作品はと言えば… やはり、私に高尚な美術作品は不似合いですね!

この日の宿は松本市近郊の浅間温泉。当初は松本市内のビジネスホテルにでも泊まるつもりでしたが、浅間温泉に超安い宿を見つけたので、つい予約してしまいました。その宿とは、柳葉敏郎さんが温泉でゆったりするCMでお馴染みの”伊東園ホテルズ”。経営が行き詰ったホテルを買い取り、格安チェーンホテルとして運営するホテルチェーンで、今回は部屋に窓がない昔の添乗員部屋を思い起こさせるような”訳ありツイン”でしたが、2人で1泊2食でたった1万4千円だったんです! この金額で夕食と朝食が付いているだけでなく、夕食時のアルコールも呑み放題+長野県の宿泊税まで入っているのです! ということで、一人7千円という価格は松本市内のビジネスホテルの素泊まりよりも安いので、妻には「この価格なので、文句は言わないでね!」と念押ししてチェックイン。

駐車場がホテルから遠い… とかツッコミどころはたくさんありましたが、この日オフ期にしてはこの価格でもホテルは意外なほどにガラガラ。大浴場は貸切に近く、待ちや行列を覚悟したバイキングの夕食はガラガラでゆったりと食べられたので、生ビールやお酒を散々飲んで&料理をしっかり食べての1人7千円なんて、イマドキ居酒屋でもこのぐらいは覚悟する金額ですよね!
この時ばかりは、「空いてるこの時期を選んで良かった!」とご満悦だったのですが…


2日目:7月2日(木)

 

窓がないお陰でぐっすり眠れた翌朝、ホテルはガラガラだったので朝食も快適。料理のクオリティはそれほど悪くはないのでこのくらいの混雑状況だったらまた来たいとは思うものの、「もし満室だったら、バイキングの席待ちや行列に辟易し、我々は絶対にイライラして、『もう、二度と来るか~!』なんて言ったんだろうなぁ~」と夢想。この手の宿のポイントはやはり混雑度合いなんでしょうね。
この日は2日目にしてこの旅の「メインイベントその1」で、”絶対に晴れて欲しい日ナンバー1”の日である上高地に行く日。日本一周を始めてから「どこが良かった?」と人に聞かれるたびに、妻の答えはいつも「上高地!」。2015年にあえて群集心理の裏を突いて最高に混雑しそうな”お盆中日の土曜日”に初めて挑んだ上高地、そのギャンブルが見事に成功して混雑もさほどではなく、おまけに天気も最高だったあの2日間は、たくさんの旅の中でも一生忘れられない珠玉の2日間であったことは間違いはありません。 ”もう一度あの上高地に会いたい”というのは我々夫婦の悲願だったので、”再訪の旅”のメインイベントは当然の如く上高地なのです。
でも生憎この日は朝から小雨模様。どの天気予報を見てもこの日の天気は曇りか雨なのですが、少しでも晴れてくれることを信じて松本から上高地まで約1時間半のドライブ。11年前は奈良井宿に立ち寄ってから上高地に向かったのですが、今回は”少しでも長く上高地を満喫したい!”という思いから上高地に直行です。上高地行きのバスのターミナルがある沢渡駐車場に到着、やはり駐車している車はそう多くはなく、バスターミナルに一番近い第3駐車場に空きを見つけて駐車、1泊分の荷物をリュックに詰めていざ上高地へ。雲は低く垂れこめていますが、幸い雨は止んでくれているようです。

バスターミナルは空いています。30分毎に来る上高地行きのバスをのんびり待ちます。

11年前のお盆時期はほぼ満席だったバスは約半分の乗車率。前回同様左側の窓側に陣取った私は、梓川の清流を眺めます。でも、梓川の水量はかなり多い感じです。これって、上流の上高地あたりでたくさん雨が降った影響かしら?

バスは釜トンネルに入ります。ここからが一般車通行禁止のエリア。

いよいよ上高地だぁ~!

前回はきれいな湖面が見えた大正池。天気が良ければここで降りることも考えていましたが、この天気では大正池の散策は断念。

林の中をバスは走ります。天気はともかく、上高地に再び来られた高揚感と満足感で一杯。

終点の上高地バスターミナルへ行き、少し早いけれどターミナル2階のレストランでお昼に。待っている人も数組いたようですが、丁度食べ終わった先客の退出と重なりスムーズに店内へ。私が頼んだのは松本名物”山賊焼”。松本付近に来ると必ず食べるメニューですが、観光地の食堂でもやっぱり旨い!

昼食後には上高地の中心である河童橋に行き、曇ってほとんど見えない山並みを恨めし気に眺め・想像しながらコーヒーを飲んだりしばし寛ぎタイム。

天気は悪いけれど、やっぱり上高地はいい!?(負け惜しみ??)

この日は午後2時半~の1時間のガイドツアーを予約しています。これは河童橋の目の前のホテルが主催するツアーで、前回はこのホテルに泊まって朝の1時間のモーニングツアーに参加していて、その時は足が悪い私でも歩けないところはなかったので今回も大丈夫かなと考えて申し込んでみたのですが、時間前に来たガイドさん曰く「昨日から今朝の雨で歩道に水たまりが多く、今日は足場の悪いところを避けてご案内する予定」とのこと。とりあえず、約10名の他の方に迷惑を掛けないように必死について行きます。

1時間の散策ルートは河童橋の周辺が中心。11年前に来た場所等を思い出して感動したり

高山植物を愛でたり

カラマツソウ だったかな?

でも、途中で私が歩けなさそうな段差やギャップなどがあったため、我々だけ別行動して合流するなどガイドさんや他の参加者の方々に少なからず迷惑を掛けてしまいました。本当に申し訳ない!

ツアーは3時半過ぎに終了。ガイドさんに「泊り、このホテルじゃないの?」と聞かれましたが「このホテル、取れなかったんです。取れたのは少し歩く温泉ホテル。」「あ~ら、少し遠いわね。15~20分くらい掛かるよ。」等と話をしているうちに、ザーッと激しく雨が降り始まります。これはまずいと思い、10分以上雨宿りをしていましたが一向に雨は止む気配はありません。仕方なく少し小降りになったタイミングで宿まで歩き始めます。宿まではアスファルトの舗装道路なんてなく、当然バスもタクシーもありません。砂利道を雨の中たくさんできている水たまりを避けながら歩くしかありません。小降りになったと思った雨は出て早々更に雨脚を強めて、久々の豪雨っていう感じです。でも周囲に建物はなく、雨宿りする場所なんてなさそうです。かなり大きくなったたくさんの水たまりを避けながら歩くので、景色なんか見る余裕なんてなくずっと下を見て慎重に歩を進めます。冗談じゃなく「これ、遭難レベルじゃない?」とか、随分前の八甲田山の映画のように「天は我々を見放したぁ~!」なんてことを必死に考えながら歩くこと約30分、ようやく見えてきた温泉ホテルに「助かったぁ~!」と安堵した瞬間。
ずぶ濡れでホテルに入った老夫婦を見てホテルの方が乾かすもの等をたくさん使わせてくれて、ようやく温泉に入って本当に一命をとりとめた1時間でした。今回、早くから上高地内のホテル予約のアクションを開始したものの、河童橋近くのホテルで洋室の部屋が取れず、洋室が取れたのはこのホテルだけ。河童橋近くではないことや近くにバス停がないこと等を危惧していたのですが、その心配がまさに的中した感じです。温泉はどうでもよかったのですが、結果的に温泉に入って命拾いをしました。
夕食は山小屋風のホテルにしては(?)結構本格的な和食のコース料理。

「今日、本当に大変だったね!」

新たな上高地の思い出がもう一つ増えました。

この日本酒も、上高地思い出の味!

3日目:7月3日(金)

 

この日も”絶対に晴れて欲しい日、その2”だった一日。この日の天気予報は悪くなく、晴れまたは曇りの天気だったので山並みが見えることに期待してホテルを出発。昨日は豪雨の中その全貌なんかゆっくり見る余裕なんか全くなかった温泉ホテルの外観をゆっくりと眺めてから出発。

お世話になった「上高地温泉ホテル」

取りあえず河童橋まで昨日豪雨の中歩いた道をもう一度歩いてみようと、昨日あれだけあった水たまりはかなり減っていて歩きやすくなったていた道を散歩。ホテルそばには上高地を開拓した宣教師ウェストン卿の記念碑があります。昨日は、この記念碑を探す余裕なんてなかったなぁ~!

梓川の水は昨日同様かなり多めです。

天気は悪くはないものの、残念ながら全ての山にはもれなく雲がかかっており、景色は… 昨日より少しだけマシ というレベル。

再度河童橋に立ってみますが、やはり昨日よりは少しだけいい景色で、今回の上高地はこれで満足することにしましょう!

何回来ても綺麗な景色を見られない人もいるのだから、前回あんな素晴らしい景色を観られた我々はラッキーだったということに無理矢理自分を納得させます。

最後に少しだけ上高地のお土産を求めて、バスで沢渡駐車場に戻ります。24時間振りに愛車に戻り、今回の長野県部分の行程を終えて、次は2015年の時同様に安房峠を超えて岐阜県へ。まずは上高地の岐阜県側の玄関口だという平湯温泉付近の観光を。結構遠くから”ゴォー!”という滝の爆音らしきものが聞こえて、滝好きの私をキュンキュンさせてくれた平湯大滝。

Google Mapによると、近くには平湯展望台があるとのことなので向かってみますが、地図の場所に行ってみても展望台らしきものは見つけられなくてあっさり断念。ランチは近くの道の駅の中にあったこじんまりした食堂にて。

私のお目当ては岐阜名物の”鶏ちゃん”。鶏肉が苦手な妻のために別メニューがあることを事前にリサーチしての訪問でした。鶏ちゃんは今年3月に多治見で食べて以来ですが、その時も今回も悪くはないけれど… まぁ、名物に感動するほどの味ではないかな?

でも、次回も岐阜に来たらまた鶏ちゃんを食べるのでしょうね。
この日のメインイベントは、”もう一度来たかったところその2”の「新穂高ロープウェイ」。ここは頂上が曇っていたらどうしようもない場所なのですが、この日は今我々がいる下の方は晴れてはいるものの山の上の方には雲があるようなので、油断できない天気です。2015年も上高地に続いて最高の眺望が見られたので、今回も何とか見えて欲しいと祈りながら車を走らせます。
記憶にある駐車場に車を停め、2つのロープウェイの乗車券を買うカウンターに設置されている「山頂ライブカメラ」を覗くと… 何と真っ白! これじゃぁ、昇っても景色は期待できなそうなので、「どうする?」と相談してみますが、ここまで来て登らない選択肢はないし、今は”山の上だけ雲”なので、もしかしたら雲が晴れる可能性もあるので、運を信じて昇ってみることにします。11年前はお盆の日曜日だったので大混雑のロープウェイでしたが、この日は外国人が中心でしたが全体的には前回の半分程度の乗客。乗り継いだ2階建てのロープウェイも懐かしい!

頂上についてエレベーターで最上階に上がって見ますが、残念ながらやっぱり真っ白!

本来なら、こんな景色が見えていた筈なのに?? 

(特別に、2015年の時に撮った写真です!)

すぐ下のコーヒーショップで雲が切れるのを待つコーヒータイム。でも、1時間近く粘っても雲は切れそうにもありません!

諦めて、最後にもう一度だけ頂上に。所在無げだったプロカメラマンと雑談。「今日は、仕事にならないんじゃない?」「仕方ないよ。年のうち200日はこんなだから…」

そうか… 確率50%の我々はまだツイてる方なんだ!

この日の宿はすぐ近くの奥飛騨温泉郷。温泉郷周辺をドライブしてから4時過ぎには宿に入ります。奥飛騨温泉と言えば、一昔前に流行った曲「奥飛騨慕情」が懐かしい! 今回、上高地も新穂高ロープウェイも景色も楽しめなかった私の心の中には、”涙”雨が降っています!
夕食は山の幸が中心でしたが、”飛騨と言えば”の飛騨牛と朴葉味噌が旨かったぁ~!

 

4日目:7月4日(土)

 

この日は岐阜県の白川郷と富山県の五箇山の合掌造りを満喫してから石川県の金沢まで移動する日。五箇山と白川郷は共に2010年のGWの病気になる前に来ているので、日本一周を始めてからは来ていないのですが、再訪である事には間違いないので”もう一度、来たかった場所”のカテゴリーに入るのでしょうか? 今年3月、飛騨高山から高岡までバスで移動した時に白川郷の駐車場を通り、バスの中から白川郷の合掌造りを久し振りに見て「久し振りにここにも来なきゃ!」と思ったことがこの日のコースを組むきっかけです。
でも、この日は運悪く土曜日。白川郷は土日関係のないインバウンドに大人気ですが、加えて土曜日だから日本人も多そうなので、奥飛騨温泉から白川郷までは2時間程度必要と少し早めに宿を出発。山深い国道を快走して少しだけ高速道路を走ると、間もなく白川郷ですがまだ10時過ぎなのに早くも駐車場は”満車”。流石は大人気の世界遺産!
何とか車を停め、入場料を払って合掌造りの集落へ。「あれ、16年前に入場料なんて払ったっけ?」と訝しがりながら合掌造りの家を見学。

でも、どう考えてもおかしい! 人は少ないし16年前には土産屋などももっとたくさんあった記憶があり、いくら16年前の記憶でも「同じ合掌造りでも、流石にこれは違うところだろう!」と確信する家並み。

確認の結果、ここは白川郷の合掌造り集落の別の場所にある「民家園」という有料施設であることが判明! 駐車場に戻ってこっちは記憶のある庄川の橋を渡ると、正に記憶のある合掌造り集落がありました。でも、ここまで歩いて少し疲れてしまったので、合掌造りを見て回る前にお団子とアイスでしばし休憩。

白川郷の合掌造りには大抵人が住んでいて、資料館や売店などで営業している記憶。トボトボ歩きながら「どう見て回ろうか?」と妻と相談していると、お客さんを乗せた人力車が通りかかります。歩くのが嫌いで人力車好きの我々は運転手さんに、「この人力車の乗り場はどこ?」と聞くと、「間もなくこのお客さんたちを降ろすので、すぐに迎えに来るのでこの場所にいてください!」と言い残して急ぎ足で去っていきます。待つこと10分弱で無事にやって来た車夫さんによると、複数台で営業している訳ではなく、たった1人で1台で営業しているとのことで、乗れた我々は正にラッキー。

地元で生まれ育った車夫さんは流石に白川郷にはメチャ詳しく、様々なことを教えてくれます。おまけに車夫以外にもここ白川郷のために様々な活動をされているとのことで、興味深い話もたくさん伺いました。

30分白川郷を満喫して、人力車代はたった5000円と他の観光地と比べても格安。また来た時には乗りたいとは思うけれど、一人でやっていておまけに他にも仕事をされているとのことなので、再会できる可能性は限りなく低いのでしょうね。

人力車のお陰で白川郷を満喫して、次に向かったのは隣県富山県。16年前、ここの道の駅で食べた「岩魚寿司」が美味しかった記憶があったのでもう一度味わうため。

ところが、旅行開始以来朝・昼・晩と毎日3度の食事を毎回たっぷりと食べているため、老夫婦の胃腸はかなりお疲れ気味。夫婦とも1人前の寿司はどうやら食べられそうにないので、1人前の寿司を半分づつ食べることにしてテイクアウトを車内でいただきます。でも、16年振りの岩魚寿司はやっぱり旨かった!

次の見学地は五箇山のこちらも合掌造り。五箇山には菅沼集落と相倉集落の2つの集落があり2010年には両方訪ねているのですが、今回は時間の都合もあり前回我々がより気に入っていた相倉集落だけを見る予定にしています。先に菅沼集落駐車場の横を通ると駐車場も白川郷程ではないものの混雑していたので予定通りスルー。相倉集落は菅沼集落から更に15分ほど走った山奥にありますが、少し遠いお陰か駐車場はやや空いています。昔懐かしい集落の道を散歩。

ここの集落の商売は売店よりも民宿が中心のよう。16年前、まだ麻痺がなかった頃に「この民宿、絶対泊まりたい!」と思っていたことを思い出しました。今では、出来ないことも多い私が合掌造りの民宿に泊まるなんて流石にもう無理なのでしょうね?

やっぱり五箇山も良かった。 白川郷&五箇山はやっぱり両方行くべきですね!大満足で今回は滞在2時間だけの富山県に別れを告げ、石川県へ。因みに、富山県には来年一般開放されるであろう黒部立山アルペンルートの新ルート「黒部宇奈月キャニオンルート」に来る予定です。またね!
この日の泊りは大都会金沢。久し振りの都会の道にナビの指示を間違えながら中心街の近江町市場目の前のホテルへ。この旅唯一の繁華街のシティホテルです。

ホテルから見る金沢市内

夕食は少しいいお店の海鮮ディナーが食べたいと一休レストランで探した高級居酒屋。

刺身はかなり分厚い! これだけ厚いと満足感があります。

旬ではないけれど、カニも味わえました。

本当は3月にも食べ損ねた”金沢おでん”が食べたかったのですが、夏なので流石におでん屋さんはやっていません。金沢にも… また来るからね!
金沢以降、今度は日本海沿いを出雲まで南下する予定ですが、今回はとりあえずここで1度投稿します。

 



 

2026年北海道鉄道乗りまくりの旅

このブログを書き始めた今は7月の下旬で、書き終えて投稿出来るのは恐らくは8月の上旬以降になると思われます。北海道旅行は6/22~6/26の5日間だったのですが、その後たった数日のインターバルで7/1~7/16の間に今年度の最長の旅に出ていたため、本当に久し振りに未投稿の旅行が2つ溜まってしまったのです! これから、この2つの旅行記を健忘症と戦いながら、少しずつ作成・投稿してゆきます。
最初の旅、北海道旅行は6/22(月)出発の「大人の休日倶楽部(おときゅう)パス」を使った5日間の鉄旅。おときゅうでの北海道鉄旅は2024年に妻同行で洞爺湖まで行ったのが唯一なのですが、私が北海道に嵌った昭和の時代にはあれだけくまなく張り巡らされていた北海道の鉄道網ですが、その頃から徐々に廃線が始まり、どんどん減り続けます。あの頃は鉄道路線図だけで北海道全体の地図が書けたのに、今では本当にほんの僅かしか残っていないのです。それでも「この上、まだ減らすの??」というくらいにJR北海道はまだまだ減らし続けるので、本当に冗談ではなく「北海道の鉄道、新幹線以外は全廃になってしまうのではないか?」と思われるぐらいの惨状で、挙句間もなく北海道新幹線が札幌開業になると、函館本線の長万部~小樽区間の(通称)山線までもが廃線になってしまうのだとか… そう考えたら、僅かしか残っていない北海道の鉄道にも「今、乗っておかなきゃ!」と考え、この旅を計画しました。
あれだけ少なくなった北海道鉄道網ではありますが、おときゅうパスの有効期間を目一杯使っても広大な北海道なのでたった5日間で全路線を乗りつぶすのは流石に無理。「じゃあ、どこに行こう?」と考えた時、「そういえば、今残っている区間で過去に乗ったことがない区間ってあったかな?」と思い返してみました。大学生時代、「乗りつぶし」にそんなに興味があった訳ではなく(というより、宮脇俊三さんや種村直樹さんのような「国鉄全線完乗」なんて、私には絶対無理だと諦めていた)、当時スタートしていた「いい旅チャレンジ2万キロ」にも参加していなかった私は、鉄道の乗車記録なんて全く記録していなかったので、当時の記憶を忘却の彼方から何とか引っ張り出して来てみましたが、どうやら根室本線の「厚床~根室」の区間はどう考えても未乗区間のようです。これは、大学生時代の私の旅が冬の北海道の流氷区間とお酒が飲めて楽しい民宿が中心だったため、流氷があんまり来ないらしい根室には行ったことがなかったことが原因。初めて根室と納沙布岬に行ったのは会社に入ってから添乗員としてバスで行って以来で、その後何度となく訪ねた根室はすべて車(観光バス・マイカー)だったのです。ということで、今回のメインは最東端の未乗車区間と、間もなく廃止になるという函館本線の山線に乗ることを中心にプランを組みました。なお、長距離の鉄道移動が苦手な妻は当然のように同行しないので、今回も一人旅です。

 

1日目:6月22日(月)

 

鉄旅の初日は旭川までの移動日。いくら早くなったとはいえ、埼玉から列車を乗り継いで旭川までは最速でも約10時間は掛かるので、単純に旭川まで行くのならやっぱり飛行機には絶対敵いません。でも、昭和の時代に我々貧乏旅行者が旭川に行くためには夜行列車に2回は乗る必要があったことを考えると、たった10時間だなんて本当に隔世の感があります。
7時に始発のはやぶさで大宮発。この日が「おときゅうパス」の初日だったので、毎回のようにはやぶさは満席で通路は立ち客で溢れています。暇人なので早くから計画を立てて1か月前に格安で指定券を入手する”おときゅう老人”が大勢座っていて、間際に出張が決まって正規価格でも指定券が入手できず仙台や盛岡まで立って移動しているビジネスマンを見るにつけ、少しだけ申し訳ない気持ちになります。この日はまだ梅雨なので天気は梅雨空、車窓の景色は梅雨がない北海道(とは言え、私は今の気候では北海道にも梅雨はあると強く信じています!)に期待しましょう! 2年前のはやぶさは停車駅が最少だったので本当にあっという間にトンネルに入りましたが、今回の列車は丁寧に停まりながら北海道を目指します。2016年に訪ねた青函トンネル入口が見える展望台、2年前は最速スピードであっという間に通過してしまったため見られなかったのですが、今回は奥津軽いまべつ駅発車直後だったのでしっかり見えましたが、慌ててカメラを取り出しても間に合いません。
北海道上陸、予想通り雨は降り続いています。景色は楽しめずに順調に新函館北斗駅に到着。次に乗る特急北斗の乗り継ぎ時間は僅か10分強、予想通り駅の売店はあっという間に大行列が出来て凄いことになっているようです。新函館北斗駅で定刻通りにやって来た特急北斗。

特急北斗も予想通り完全満席。2年前はおときゅうジジババと大声の中国語客の影響で立ち客大勢でしたが、今回はインバウンドが少し減った分混雑度合いはあの時程ではないような… これも中国人旅行者が来ていないお陰なのでしょうか? 新函館北斗駅売店混雑を見越した私は大宮駅でつまみとアルコールを仕入れていたので、早速この旅初の呑み鉄。

でも、天気は最悪。大沼は綺麗には見えずに駒ヶ岳も羊蹄山も全く楽しめません。2年前には北斗車内で昔の職場の同僚に会ったり、洞爺湖のホテルでは元上司にバッタリ会ったりする偶然の邂逅が2回もあったので今回もお手洗いに行く際にそれとなくキョロキョロしてみましたが、当然の如くそんな奇遇がある筈もありません。札幌が近くなる頃、特急列車のスピードが落ち、どうやらダイヤが乱れていてこの列車もそのあおりを食って札幌到着が遅れそうとのこと。私は札幌ですぐに乗り継ぐ特急ライラック旭川行きの指定券を持っていましたが、北斗が札幌駅に着いたのがライラック出発時間の直前。とは言え、ホームを走って移動できない私はトボトボとライラックのホームに(少しだけ)急ぐと、有難いことにライラックも遅れていて何とか乗り継ぎはギリギリセーフ。札幌から旭川への特急ライラックは確か2007年頃に旭川支店に販促活動で行った時に乗って以来。その時は、ビジネスパートナーだった会社の美人担当者とのほぼ初めての列車での2人旅だったので、ワクワクドキドキだったことを思い出しました。

旭川駅に着いた特急ライラック

列車は少しの遅れで無事に旭川駅に到着。埼玉から約10時間の鉄旅を終え、5時前には旭川駅前のイオンの上にあるホテルにチェックイン。部屋に入って窓から外を眺めると旭川駅のロータリーが見えます。目の前には大きな病院が見え、何となく「こんな巨大駅の駅前に、病院かぁ~!?」と不思議な気分になったことを記憶しています。思えば、今晩の嫌な出来事を暗示したかのような…

ホテルの部屋から眺めた旭川駅前

まだ5時ですが夕食に向かいます。旭川でどうしても食べたかったのはジンギスカン。ここ旭川にある有名店は4時の開店時の予約は受け付けていても、その後は先着順で平均1時間以上待ちとのこと。海鮮好きの妻と来ると旭川に限らず北海道ではどうしても海鮮中心の夕食になってしまうので、今回は旭川のジンギスカンを食べる千載一遇のチャンス! でも、1時間も待つのは嫌なので今回は少し早めに5時にはお店に行くべく、そのために昼食を抜いてお腹ペコペコの状態にしておいたのでタクシーで名店に向かいます。

大黒屋 旭川本店!

予想通り5時過ぎでも店内は完全満席ですが、流石にまだ早いので待ちは数組程度で、たった15分程度で席に着くことが出来ました。注文した夕食は4種類の肉を一気に味わえるセットと、個人的にジンギスカンには絶対欠かせない野菜焼きともやし。

最初は親切にも店員さんが焼いてくれるシステムらしく、肉と野菜を手際良く焼いていただき、いざ実食。

う~ん、旨い! これが憧れ続けた旭川のジンギスカンなんですね!

その後、肉をお替りしてこの時期の北海道と言えば絶対欠かせない新鮮なアスパラも満喫、大満足の夕餉になりました。「次に旭川に来る時も、妻を説得してもう一度このジンギスカンを食べにくるぞぉ~!」と、決意を固めた帰路でした。ホテルに帰り、部屋で寛ぎながら高校生時代からの旭川駅の思い出をフラッシュバックしてのんびりしていたのですが…


(この先は、本当に恥ずかしい自分の旅の失敗談です。本来なら隠したい恥部ですが、自分への戒めのためにも記憶しておくことにします。)


しばし部屋で寛いでいると、口の中に違和感を感じます。どうやら舌から出血しているようですが、間違えて舌を噛んだにしては痛みも全くなく、ただ結構激しい出血だけがあるようです。「まあ、しばらくすれば血なんて止まるだろう。」と放置しておきましたが、気づいてから30分経っても血が止まる気配がありません。少し焦り始めて、「あと30分は待ってみよう」と考えて後30分つまり気づいてから1時間血が止まらなかったら真剣に考えることにしたのですが、結局1時間経ってもまだ血は止まりません。とりあえずフロントに電話して救急病院の所在を聞いたところ、タクシーですぐの市立病院なら行けば夜間救急で見てくれるらしいという情報を入手し、慌てて着替えてホテル目の前の駅のタクシー乗り場へ。千円強のタクシー代で着いた市立旭川病院の緊急外来、過去には緊急外来でも待たされた経験は多いのですが、事情を説明すると看護師さんが夜間担当の医師にスムーズにつないでくれて、すぐに診察していただけました。 その頃には、どうにか血も止まっていたようで医師からは 「恐らく、問題ないと思うけど… 帰る? それとも1泊していく?」 と、入院を打診されます。当然、荷物はホテルに置きっぱなしなので何時に退院できるかはわからない入院は避けたいところです。帰っても大丈夫かが心配な私ですが、医師は「私は専門ではないので、これ以上の診断は明日専門家の判断だね。」と言い、親切にも私の目の前で専門の医師の携帯に電話を掛けてくれて、「専門の〇〇先生を明日9時に訪ねて下さい。」とアポイントらしきものまで取ってくれました。結局、万一重症化した時の対処法などをご教示いただき、ホテルに無事に帰ることになりました。なお、旅行中なのでマイナンバーなんて持ち歩いていないのですが、精算は翌日でいいとのことで面倒な精算は一切せずにタクシーを呼んでいただきホテルまで戻りました。全く情けない最低の数時間でしたが、旭川市立病院の緊急外来には本当に感謝です!

 

2日目:6月23日(火)

 

結局、昨晩は無事に眠ることが出来て、翌朝目覚めても口腔内の血はすっかり止まっています。やはり、私の騒ぎすぎ。「大山鳴動鼠一匹」だったようです。あぁ~、恥ずかしい! 情けない!
この日の本来の予定は8時半の特急で網走まで走り、網走の街を久し振りに楽しんでから釧網線で釧路に向かう予定でしたが、市立病院には9時のアポもあるしお金も払わなくてはいけないので、一瞬「このまま、網走まで行っちゃおうかな?」という誘惑が自分の中で少なからず膨らみましたが、「それは流石に大人としては如何なものか?」という理性が自分の悪の虫を押しとどめます。
旭川のみどりの窓口がオープンするのは朝の7時、オープン時間に窓口に行きとりあえず網走行きの特急オホーツクの指定席を取消、今日の宿泊は釧路ですが病院が何時に終わるのかがわからないため、代案の列車の手配はできません。そのまま駅前からバスに乗り市立旭川病院へ向かいます。昨晩お世話になった病院の外観を改めて眺めます。

初診の受付は8時から始まります。大病院らしく患者は大勢いてみんな大人しく受付を待っていますが、最近の病院は本当にシステマチックで想像以上にスムーズ。そんなに待たされることもなく9時過ぎには無事に診察へ。昨日夜に当直の先生が電話した相手の先生、気難しそうなおっさんを想像していましたが、意外にも美人女医でした! 昨晩の出来事を詫びますがニコニコした美人女医は丁寧に診ていただき、「大丈夫ですね」と太鼓判を押してくれました。普通、舌を強く噛むと痛みが強いのですが、麻痺のある私はこの辺りの痛みも麻痺している部分があるらしく、その後の注意と万一の対処の簡単な薬を貰って治療終了。マイナンバーを持っていないので全額負担で2日間で数千円の全額負担をカードで支払い、丁寧に診察券まで作ってもらって無事に受診終了!

もう使うことはなさそうな診察券

なお、マイナンバーカードでどうやって後日返金手続きをするんだろうと疑問に思っていましたが、帰宅後マイナカードと読み取り機を準備して病院に電話すると、この電話だけで後日ちゃんと健保との差額が振り込まれました。旭川市立病院、いい人達ばっかりで本当に感謝!
旭川駅に戻ってきたのは予想よりも大分早い10時過ぎ。これで無事に旅を再開できます! でもこれから網走経由で釧路に行くと、釧路到着は夜の9時を超えるし、ということは釧網線の車窓なんか楽しめそうにないので網走経由を断念、札幌経由特急おおぞらで釧路に行くルートに決めて特急おおぞらの指定券を取り、おときゅうパスで6回特急に乗れる権利は既にオーバーしているので札幌に戻るライラックは旭川までの往路同様えきねっとのチケットレス特急券で購入し、出発直前のライラックに飛び乗ります。

ライラック@札幌駅

札幌駅到着はお昼前で、この日は朝から何も食べていないので流石に空腹。札幌駅ビル内で何か北海道らしいお昼を食べたいと考え、ライラックの車内でネットサーフィン。札幌駅内と言えば有名なのは回転寿司の根室花まる、でもホームページを見ると開店直前の11時の段階で既に約100組待ちで、開店して30組ぐらいはお店に入ったらしいのですがそれでもまだ70組待ち。平均滞在時間を30分と見ても2時間並びは必至のようです。 でも、この根室花まるの札幌駅店には立ち食いカウンターがあり、ネットによると立ち食いなら僅かな待ち時間で食べられる可能性が高いとの情報が… とりあえず駅ビルのレストラン街に向かってみますが、やはり花まるは約2時間待ちらしく、立ち食いは15分程度とのこと。もう1つ目をつけていた豚丼のお店も結構な待ち時間のようなので、意を決して花まるの立ち食いを待つことにします。

一見、待ちは少ないようですが…

意外と早く10分で立席に案内され、コーラスグループのような”ドゥーワップ”式にやや体を斜めにして立ち、狭いカウンターで1人の板さんを約10人で囲む形式で、まずは花まるお勧めの5貫からのスタート。

立ち食いなのにビールも飲んですっかり北海道の寿司を満喫。ここでも大好物のアスパラを満喫して大満足のランチでした。

特急おおぞらに乗るのなんて、恐らく大学4年生の卒業直前の時以来。

私が大学生時代に開業した石勝線の昔から本当に何もない景色を眺めながらの呑み鉄。

このお酒は、昨晩寝酒用に買い求めていたたもののお酒なんぞ飲める状況ではなくなたため、リュックに入れて旭川からずっと持って来たもの。 

この川は十勝川でしょうか。

昔、車内で一緒に旅した人と池田のワイン城の位置を掛けたゲームをしたことなどを懐かしく思い出しました。一昨年にも来たワイン城はちゃんと見えました!

大学生時代から何故か大好きだった街、釧路。JRの釧路駅は昔から変わっていないような気がします。

今日から2泊するホテル「釧路ロイヤルイン」は、釧路駅の本当に目の前。

このホテル、最高でした。チェックイン時に対応してくれたのは広末涼子似の美女、足の悪い私を見て部屋をエレベーター近くに変更してくれただけでなく、宅急便でこのホテルに送っておいた荷物を持って一緒に部屋まで来てくれて、さまざまなことを教えてくれました。その後も彼女はフロント前を通るたびにフロントから出てきて話しかけてくれ、本当に気分がいいホテルでした。
昨晩のトラブルで今晩何時に釧路に来られるかがわからなかったので予約しておいた夕食をキャンセルしてしまっていたのですが、釧路は名物の霧というか小雨が降っていたのであんまり遠くまで行く気にならず、フロントの彼女に薦められたホテルに一番近い居酒屋で夕食。特に美味しかったのは大好物の釧路町産の仙鳳趾(せんぼうし)の牡蠣。

仙鳳趾の牡蠣は厚岸に負けず劣らず美味しいとは思っていたのですが、お店の人曰く「厚岸より、断然上」なんだとか… この日の牡蠣は、そのことを信じるに足る十分な旨さでした。もう一つの大好物は学生時代の北海道旅行の夜の宴会のつまみですっかりはまってしまった「氷下魚(こまい)」。料理というよりお酒のつまみなので、旅館などでは出ずに居酒屋に来ないと食べられないメニューです。

満足してお店を出て、小雨の中ホテルに戻るとフロントの彼女がお出迎え。「美味しかったでしょう?」という会話で更に気分が良くなり、気持ちよく床に就きました。

 

3日目:6月24日(水)

 

基本ビジネスホテルでは朝食は頼まない主義なのですが、今回2泊する釧路ロイヤルインには無料朝食が付いているので、朝早くとりあえずコーヒーとヨーグルトだけを食べに最上階の朝食会場に行ったのですが、この朝食が凄かった! 無料朝食のレベルを完全に超えています! 朝はパン食派の私の大好きなパンの種類がたくさんあり、しかもパンもおかずもとっても美味しい!「コーヒーとヨーグルトだけ」のつもりで入ったのにすっかり満腹になるまであれこれたくさん食べてしまいました。
この日のメインは今では花咲線の愛称で呼ばれていますが、私にとってはいつまで経っても根室本線。8時過ぎ出発の列車ですが混雑状況が読めないので早めに釧路駅へ。釧路駅では昔ながらに列車ごとの改札制度を取っているようですが、改札は自動改札なのでおときゅうパスを持っている私は他の改札中の列車に乗るふりをして改札を通り花咲線のホームへ。

ズルをした感覚で多少気が咎めましたが、誰もいないかと思っていたらとんでもない! 発車50分前でももう窓際席は殆どが埋まっています! 何とか残り僅かの窓際席を確保できましたが… 早く来て大正解!

花咲線という名前にはどうも馴染めませんが…

その後も乗客は増え続け、出発の20分前には全ての座席が埋まります。出発10分前に来て空席が全くない車内に唖然とする地元民らしき人の驚いた顔… おときゅう期間中だからなのか普段からそうなのかは謎ですが…
結局、席がない鉄ちゃんたちは全員運転手後ろに貼りつき、満員電車の花咲線根室行きは定刻通り出発進行。 しばらくは、かって何度も乗った馴染みのある風景の中を走ります。この列車、景色の良い区間では徐行運転をしてくれるらしく、まずは厚岸が見えてきます。

厚岸駅 ここには何度来たことでしょう? でも、最近はみんな車ですが…

霧多布湿原も見られます。

浜中町の茶内駅。モンキーパンチの画があるかな?とカメラを構えてみると… 銭形警部らしき人(?)がいました!

学生時代に毎年通っていた民宿きりたっぷ里がある浜中駅。毎回降りていた駅なので、通過するのが何となく不思議。

昭和の時代、中標津から標津線の支線が延びていた厚床駅。私は毎回、ここで乗り換えて中標津の民宿「地平線」⇔きりたっぷ里に行っていたのです。このホーム跡は昔の標津線のホームだったのかしら?

この線路の先には標津線が中標津まで続いていたのかもしれませんね。

ここから根室までは私にとっては未乗車区間。別当賀、落石、昆布盛… 時刻表の地図の上では何度も旅したのに、列車では初めて来た私の、ウルウルは止まりません!

昔、日本最東端の駅だったのは東根室で、私は2015年に車で来ています。2025年というか昨年、東根室駅が廃止になり日本最東端の駅は文字通り根室になったのですが、廃止からまだ1年なのでまだ駅跡の面影くらいはあるだろうとカメラを構えて待ちますが、面影はすっかりなくなっていました!
花咲線の途中駅での乗客の乗り降りは殆どなく、釧路駅で立っていた人は結局最後まで立ったままの2時間半で終点の根室駅に到着。

次の駅は、「東根室」だったのですが…

とりあえず最東端到達の記念にパチリ。

当初は根室で散歩して次の列車で釧路に戻ろうかとも考えていたのです。でも、昼飯候補にしていた根室花まるの寿司は昨日札幌で食べたし、今朝のホテルの朝食が超ボリューミーだったのでお腹も空いていません。それ以外の根室駅付近の散歩も思いつかないので、折り返しの花咲線で釧路まで戻ることにします。帰りの花咲線も根室駅には行列が出来ていましたが、行きほどではなく何とか後ろ向き通路側の座席に座ることが出来ました。毎年、冬の北海道に来ていたのは1980年~1983年までの4年間、その頃のことを思い出しながらの根室本線の旅は本当にあの頃に帰ったような超不思議な時間。私が持っている切符、おときゅうではなくその時だけは「北海道ワイド周遊券」でした!
釧路到着はお昼過ぎ。この後は、全く予定はしていなかったのですが前日に乗れなかった釧網(本)線に乗ってみることにしました。今朝の花咲線の経験から大人しく改札口で改札を待つことはせずに釧網線のホームに向かいますが、そこには同じことを考えている鉄ジジババたちの大行列が! 向こうのホームには花咲線のルパンのラッピングトレインが… あれにも乗りたかったなぁ~!

やって来た釧網線は当然のように1両ですが、同じ1両でも花咲線よりやや短い気がします。また、座席数も少なく並んでいる全員が座れない感じ。私は何とかロングシートの端っこを確保できましたが、立ち客は座っている人よりやや多い感じです。
釧網線に乗るのは2022年に「ノロッコ号」に乗って以来。ノロッコ号では釧路湿原の景色をそれなりに楽しめたのですが、ロングシートで目の前に立ち客が多数いる状態では景色なんぞは楽しめる筈はありません。みんな、釧路湿原駅などで降りるのかなぁ~ と期待しましたが、各駅で乗降客はそれなりにいるものの下車する人と乗車してくる人の数はほぼ変わらず。 
懐かしい茅沼駅。昔、ここで雪の中で丹頂鶴を見た想い出。

”鶴は千年”っていうけれど、あの鶴、元気かなぁ~?? 
私の好きだった駅標茶は、いつもここで標津線に乗り換えて中標津を目指した思い出の駅。あの時一緒に開陽台を目指したあの女性、元気かなぁ~??
昔の弟子屈駅は今の摩周駅。1980年2月にこの辺りの駅で走行中の列車が豪雪で運休になり、急遽駅員に案内されて先輩2人と駅前旅館に泊まった出来事を思い出しました。あの日の午後も豪雪で他にやる事もなかったので、3人でただひたすら浴びるように呑んだなぁ~!! まだ私が19歳の時の思い出です。
釧網線のメモリーは尽きることがありません。
どこかで降り、折り返しの列車で釧路に戻らなければいけないので、下車駅を降りたことがない川湯温泉駅に決めて、まだ満員の釧網線を降ります。

川湯温泉にはバスの団体旅行で1・2回宿泊経験があるけれど、駅と温泉に少し距離があるのは経験で知っています。でも、温泉行の路線バスの乗客はたった一人だし、他に駅前には誰もいません。 川湯温泉、すっかり廃れてしまったのかな?

昔、元上司がここの旅館の支配人になったことを思い出しました。あの時も「行きます!」と言ったけど、結局行かなかったなぁ~  川湯温泉駅前には足湯もありますが、誰も入る気配がありません。

折り返しの釧路行き各駅停車は、本当なら前日網走から乗ってくるはずだった列車。

この列車もメチャ混んでいて立客多数。ほんの数人がここ川湯温泉駅で降りて優先席が1席だけ空いたので、図々しく座ります。もう、2時間立っての移動は辛いので…
19時前に釧路駅到着。本来ならば夕方前に釧路に戻り、幣舞橋近くの繁華街で釧路本場の炉端焼きを満喫する積りでしたが、1日中列車に乗っていたお陰で少しお疲れ気味、結局駅近くのGoogle高評価の炉端焼き屋で晩餐。

色々頼みましたが、やっぱり炉端焼きと言えば私的に外せないのは”ほっけ”。

そして、昨晩に続いて絶品の仙鳳趾の牡蠣。

満足してホテルに戻ると、フロントの彼女がお出迎え。「今日は、どうでした?」と会話が盛り上がり、釧路にもう1泊したくなりました!


4日目:6月25日(木)

 

この日は札幌に戻り、夜は昔の会社の同期入社の仲間たちと久々に呑むという一日。プランでは朝から釧路の和商市場をぶらついたり、朝昼兼用で釧路のラーメンを食べることなどを考えていたのですが、ホテルの朝食が十分に美味しいので和商市場などには行く気になれません。元々、さまざまな魚を選んで自分で作る和商市場の名物丼である”勝手丼”は片手の私には厳しいと思っていたので、結局釧路散策を諦めてホテルの美味しい朝ごはんをこの日も満喫。でも朝にはフロントにあの彼女はいないし、これ以上ホテルにいても仕方がないので早めに釧路駅に行き、1本前のおおぞらに予約を変更して早めに札幌に向かいます。

昔、熱狂した超赤字ローカル線「白糠線」の終点は北進駅。北進駅、本当に何もなかったなぁ~! と、昔の盲腸線乗り歩きを懐かしく思い出します。今、北進駅辺りはどうなっているのでしょう…? 訪ねてみたくなりました。今、白糠と言えば私が家でよく呑んでいる”しそ焼酎”の「鍛高譚(たんたかたん)」の産地。紫蘇の広がる畑を想像していましたが、どうやら見られるところに紫蘇畑はないのだそうです。
おおぞらは釧路付近~白糠の先までは太平洋沿いを走ります。

北海道の列車は、特急・各停に限らずしばし急ブレーキが掛かります。運転席の後ろにへばりついている訳ではないので詳細は不詳ですが、急ブレーキの大半は野生動物の線路立入なのでしょう。 鹿、きたきつね、もしかして熊? 「昔、野生動物ってこんなに多かったかなぁ~?」と考えてみますが、どうやら今の方が動物の飛び出しは多い気がします。もっとも私が昔北海道の列車に乗った経験は圧倒的に冬なので、季節による違いも大きいのでしょうね。
おおぞらに乗りながら、「早く札幌に着いて時間が少し余るので、この時間何をしよう?」とあれこれ検討した結果、終点札幌の一つ手前の新札幌駅で下車。ここからは私が乗ったことがない札幌市営地下鉄の地下鉄東西線に乗ってみようと思います。
札幌、旅行会社時代はしょっちゅう来ていた懐かしの街ですが、近年は北海道に来ても札幌を素通りすることも多いので、本当に久し振り。もしかしたら2015年以来11年振りかも!?
札幌の地下鉄、昭和の時代からある南北線には札幌に来るたびにほぼ必ず乗っているのですが、東西線はどう考えても未乗車。地下鉄の駅「新さっぽろ」は、JRとは違いひらがなの駅名。

乗りつぶしが目的ではなく私的には”あしあと”が残せればいいので、東西線全線には乗らずに大通り駅を超えた西11丁目駅で下車。ここからは歩いて久々に乗る札幌市電でロープウェイ入口駅で下車。

目指しているのは「札幌もいわ山ロープウェイ」。もいわ山には2015年にも上ろうと来たのですが叶わなかったため、11年振りのリベンジです。でも、ロープウェイ入口駅からロープウェイ乗り場までは想像以上に距離がありおまけに凄い上り坂。「もう、止めようかな…」と迷い始めた時に何とか辿り着きました。ロープウェイを2本乗り継いで初もいわ山に到着!

大都会札幌はよく見えますが、昼の風景は何と言うことはないのかな? 「夜景が素晴らしい」とのことですが、海もないしどうなんだろう… 少なくとも私に再訪のモチベーションは生まれませんでした。でも反対側には支笏湖方面の山並みが見えます。昔添乗員として女子高生と一緒に2回登った樽前山が見えて懐かしい! 嬉しい!

驚いたのは昼からほぼ満員のロープウェイの乗客、従業員と私以外は全員が外国人で、台湾人らしき団体客が次々とバスでやって来ます。これに、中国人団体が加わったら… と考えると、いささか恐ろしくなりました。

この日の晩は、1983年に同じ会社に就職した同期との会食。札幌在住の2名と、私と同じように”おときゅうパス”で北海道を旅している友人の4名。中でも札幌在住のうち1名とは、何と1983年4月30日に研修所で別れてから44年振りの再会! 44年振りでも、あっという間にあの頃に戻れるのですから不思議ですよね!?

 

5日目:6月26日(金)

 

北海道旅行最終日は、”廃止を前にして、混雑が凄い!”と噂の函館本線”山線”に乗ってから埼玉に帰る1日。でも、この日は朝8時からサッカーのワールドカップで日本が決勝トーナメントに進めるかどうかの大一番であるスウェーデン戦があります。日本国民はほぼ全員がTVの前で応援する日なので、我々旅行者もホテルでTV観戦という手もあります。でも私は… 山線にはもう乗る機会はないだろうし、ジャパンは必ず決勝トーナメントには進めると固く信じて、今回はサッカーを観ずに旅を続けることにします。逆に、みんながサッカーにかじり付く分、観光地はガラガラではないかと少なからず期待したのも確かです。
札幌から小樽までの各駅停車は旅情のないロングシート。駅ごとに乗り降りは激しく旅行は感じられないなぁ~ と嘆いていたら、銭函付近からは海が見えて少し旅情が出始めた1時間。でも、終点小樽駅に着いて改めて見たら隣の車両は旅情たっぷりのboxシートでした! 残念!

小樽では朝食を食べようと思います。小樽駅前の市場と言えば有名な三角市場。

丁度サッカーも始まった頃なので、市場には誰もいないのでは… と、変な期待をしていたのですが…

お店に入ると、何と店内はほぼ満席! 「えっ、サッカー観てないの??」と改めて店内を見回してみると、そこにいたのは日本サッカーになんか全く興味がなさそうな外国人ばかり! サッカーの中継に興味を示しているのは店員だけで、台湾人中心の外国人はサッカーなんぞはどこ吹く風!

注文したのはANAと共同開発したという「ANA特製丼」。事前のリサーチでは3,500円でしたが、何と1,000円も値上がりして4,500円になっていましたが、他のメニューも同じように高くなっていたので、やむなく注文。

味は悪くはありませんでしたが、コスパ的にはどうなのでしょう?
食事を終えて戻った小樽駅の景色。

ここからが”山線”の本番、最近の山線の混雑は兎に角凄く、長万部~小樽まで立ちっぱなし… などの投稿を山ほど読んだので、混雑が騒がれていない花咲線や釧網線でもあの混雑だったので、山線の混雑に恐怖を感じて出発の数十分前からホームの行列に並びます。 でも、やって来た倶知安行きは有難いことに2両編成で、無事に1人用の窓際席をGET出来ました!

予想よりは結構少ない乗客を乗せて倶知安行きはスタート。やはり、みんなサッカー観てたのかな? 昨日呑んだ友人が細かく試合の途中経過をLineしてくれていたので、引き分けに一安心。少なかった乗客の半数も余市で降りて行きます。”マッサン観光”なのでしょうね。
山線に乗るのなんて何十年振りでしょう? 初めて乗ったのは1977年の初の北海道旅行の時、北海道上陸の初日に函館の観光&夜景を満喫して、函館から札幌行きの夜行各駅停車に乗ったのが初めてで、まだお酒も飲まないあの頃だったのでずっと眠れずに外を眺めていたのが想い出。あの頃の自分を窓の向こうに夢想していました。定刻通りに倶知安に到着。倶知安が近くなると、新幹線らしい工事が目立ってきます。

倶知安の目の前には羊蹄山が綺麗に見える筈… でしたが、残念!

最後の山線でも何とか座れるように改札開始前の改札口に並びます。改札後に大勢の人に追い抜かれましたが、何とか1両の長万部行きでも席を確保。花咲線&釧網線に比べてこの日の山線の混雑が然程でもなかったのは、やっぱりサッカーのお陰なのでしょうか?
山線の景色は楽しめましたが、釧網線の時のように昔の記憶は溢れてはきません。これは学生時代の私が道東・道北志向で道南ではいつも先を急いでいたからなのでしょう。あの頃でも札幌に行くには山線よりも海線(苫小牧経由)が多かったからなのです。
山線の終着駅長万部到着。ここは、以前勤務していた東京理科大学の長万部キャンパスがあり、2018年に訪ねています。
ここからは特急北斗から乗り継いではやぶさで埼玉に帰るので、長万部名物のかにめしを仕入れに駅前のかなやへ。

かにめしを食べるのも昭和の時代&2018年以来、何度目でしょう?

長万部駅にはビール売ってなくて、仕方なくノンアル!

特急列車は動物との衝突で遅れたようですが、無事に函館北斗駅ではやぶさに乗り継ぎ、最後は呑み鉄でウトウトしながら帰宅の途に就きました。

これで本当に列車に乗っていただけの北海道旅行の投稿を終わります。初日に自分の恥ずかしいトラブルはありましたが、何とか旅を楽しむことが出来ました。
自宅で数日間ゆっくり休養した後に、7月1日からは2026年で最長の旅に出ることになります。この旅のブログも徐々に投稿してゆきます!

 

八丈島に”キョン”を訪ねて

以前にこのブログにも書きましたが、本来八丈島には日本二周目の最終章として昨年11月に行く筈でした。でもその1カ月前に異常に大きな台風2つが八丈島を襲い、その爪痕をメディア等で見るにつけ「今は行くべきではない。」という思いを強くしたので、泣く泣くキャンセル料を払って旅行をキャンセルしたのです。
でも、今年になって東京都が”復幸旅”という八丈島復興の観光キャンペーンを始めたので、「もう大丈夫だろう」と思ってANAの航空券を格安で予約しました。この”復幸旅”は宿泊と食事・土産等で一人合計6,000円の補助があるキャンペーンで、これに昨年大島旅行でも使った伊豆諸島旅をお得に旅ができる「しまぽ通貨」が使えれば合計で1万円以上は安く旅ができるので大いに期待していたのですが、東京都の本年度のしまぽ通貨の決定・手続が遅れた故なのか、しまぽ通貨が購入できるのは”我々が宿泊する次の日から”という何ともアンラッキーなスケジュールになったので、今回の旅では残念ながらしまぽ通貨は使えません。でも、復興を支援したい気持ちはあるので、気持ちよく1泊2日の旅に出かけることにしたのです。

 

1日目:5月13日(水)

 

今回の旅のスタートは宮古島から帰ってきてから僅か5日後。この5日間で我々老夫婦の疲れはすっかり取れたので、気持ちよく旅をスタートできます。今回の八丈島の天気予報は1週間前には2日共「快晴」。今回は気持ちいい旅ができるぞぉ~! とテンションも上がっていたのですが、出発前日に掛けて天気予報は徐々に悪化し始めてきて、遂に前日には一部の天気予報に傘のマークが現れ始めます。
出発当日朝の関東地方は快晴。正に「雲一つない」と言いたいくらいのいいお天気で、同じ関東地方が旅行先なのだから天気は悪い筈はない… と、信じたいところ。この日のフライトは前回の宮古島に続いてANAで、前回と出発時間はたったの15分の違いなので、前回とほぼ同じ時間に家を出て前回同様に羽田空港に向かいますが、前回とは違ってGWではないので、然程の混雑はなく順調に羽田空港まで。
順調な羽田空港、日本全国好天気で欠航なんて文字はどこにもなさそうですが、たった1つ我々が搭乗予定の八丈島便だけが”天候調査中”。八丈島が豪雨らしく、飛ぶかどうかは今しばらく天候を見てから… らしいのです。我々はとりあえず前回は食べられなかった空港内で回転寿司のランチを食べながら状況を見守り、結果「羽田に引き返すこともあり得る」という条件付き運航となった羽田の一番端っこに停まっていた小型機で、無事にテイクオフ。
八丈島までの飛行時間は1時間以内なので、機内での飲み物サービスもなくあっという間に着陸体制に入ります。窓際席なのに雲に隠れて殆ど景色は見えなかったのですが、一瞬雲が切れた瞬間、左側に見えた山の島、これが”八丈小島”ですね!?

八丈小島を回り込むと、向こうに見えてきたのが八丈島の八丈富士だぁ~!

結局、引き返す雰囲気は微塵もなく定刻よりも10分以上早く八丈島到着し、あっという間にゲートを出て、ホテルの送迎車のドライバーさんとミート。飛行機からははっきり見えた八丈富士は、その姿を隠しています。

ホテルの送迎バスに乗り込んだのは平均年齢高めの3組の夫婦。地図で予測した通りのルートを順調に走り、2時過ぎには早くもホテルに到着しますが、ここでまた小雨だった雨が激しく降り始まります。

今回お世話になるホテルはバリ島のホテルのようなリゾート・シーピロス。チェックインは3時以降なので、「この雨の中、やる事ないなぁ~」と思っていたら、まだ2時なのに部屋に入れていただけました! かなり激しい雨だったので、とりあえず部屋で休憩。 4時頃になると雨が止んだので予定通り目の前の底土園地を見学。

噂によると、陸からでも時折ウミガメが見えることもあるらしいのですが、しばらく眺めていても勿論そんな幸運はありません。

すぐ隣には八丈島の玄関口である底土港。朝には竹芝からの夜行便で賑わうのでしょが、この時間は窓口も閉まっており、誰もいません。

八丈富士は見えてきました!

1時間以上の散策で、徐々に天気は良くなってきたみたいです。明日の好天に期待!



夕食は居酒屋を予約済。ホテルの送りサービスがあり、予約時間に合わせて居酒屋に送って貰います。

いきなりお通しが煮魚、これがまあまあ美味しく食べ甲斐があり、頼んだ料理が出るまでしっかり格闘できるので嬉しい!

明日葉の天ぷら。やっぱり旨い!

刺身は新鮮でやっぱり旨い! やっぱりイチ押しはキンメ。

2杯目からは「明日葉サワー」

ANAの機内アナウンスで「八丈島ではトビウオが旨い!絶対食べてください!」と言っていたので素直に従い、刺身はなかったのでフライを。

そして、満を持して頼んだのが「くさや」。

くさやは、大学生時代に”罰ゲーム”で食べさせられて以来。その臭さが無理で以降全く近づきませんでしたが、「八丈島のくさやはそれほど臭くない!」という言葉を信じて40年振りにチャレンジしてみます。 確かに、以前の記憶程臭くはないものの… やはり 「臭さ」>「旨さ」なので、もう食べないことにします。
妻は寝る時に「歯を磨いても、まだ口の中にくさやの匂いが残ってる…」と言っていましたが、確かに… 寝床まで臭かった!

 

2日目:5月14日(木)

 

夜中に目が覚めると… 外はかなり激しい雨が降っていて、凄い雨音です。昨日の天気予報でも今日雨が降る予報なんて全くなかったのに、何でこんな激しい雨が降っているのかは全く不思議です。「雨なんて、もう降らないはずじゃぁなかったの?」と、神様に愚痴っていても全く雨が止む気配はありません。結局、朝まで雨音を聞きながらウトウトして、朝食に出かけるときにも傘が必要でした。でも、天気予報では10時までには雨は止むという予報なので、今までの八丈島の天気予報は大外れの連続でしたが、今日だけは信じることにしましょう。
午前中9時から13時までの4時間は、いつもの通りに貸切タクシーでの観光を予定しています。予定通り9時に迎えに来てくれた車に乗り込み、八丈島観光のスタート。「今日は10時頃までは天気が悪いので、最初に八丈植物公園のビジターセンターで八丈島に関するビデオを観ましょう。」とまずは八丈島の概要をお勉強。
運転手さんから、「ところで、”八丈島のキョン”って、知ってますか?」と言われたので、「知ってる人、いたんだぁ~!?」と、思わず興奮。中学生時代、当時流行った下品な漫画の”がきデカ”の主人公”こまわり君”の「死刑!」等のギャグの1つに「八丈島のキョン」があり、当時熱狂したわけではありませんがこの漫画のお陰で八丈島の存在を知ったくらいの世代なので、「我々にとっては、八丈島=キョンなんですよ!」と言うと運転手さんは嬉しそうに、「最近、これを知っているお客さん、少ないんですよ~!」と私より数年若い運転手さんとしばし当時の話題で盛り上がります。「それならば、キョンを見に行きましょう!」と言って植物公園の狭い道をキョン舎までドライブ。

今となっては、どのような場面であの「八丈島のキョン」というギャグが使われたか等の記憶は全くありませんが、下品でPTAから徹底的に嫌われた漫画だったというのは何となく覚えています。「死刑!」というギャグはポーズ付きで私も使った覚えはあるけれど、「八丈島のキョン」は使った覚えはないけれど、記憶には残っています。

実はキョンを見るのが八丈島に来た影のメイン目的だったりしたので、私的にはキョンが見られて大満足!

天気予報通り雨が止んだので八丈富士の7合目あたりにあるふれあい牧場まで。

まだ、八丈富士の上にある雲は完全に取れていないけれど、天気は徐々に回復傾向で良かったぁ~

八丈富士中腹から眺める八丈島真ん中の平地と向こうに見えるのが三原山。三原山というとどうしても伊豆大島のイメージが強いけれど、こっちも三原山なんです。島の両端に山があって真ん中に平地があるという島は、何となく佐渡に似ていますね。佐渡も八丈も2つの山がくっついて1つの島になったというその歴史も同じです。そして、佐渡にも八丈にも流人の歴史がある点も似ていますね。

八丈小島展望台から眺める景色。”八丈ブルー”なんだそうです。 宮古ブルー、波照間ブルー、仁淀ブルーに八丈ブルー。全く、青の幅広さは凄い!

有名な玉石垣。波に削られた玉石を積み上げた景色は本当に見事!

大坂トンネル展望台。八丈観光のハイライト。

海に向かってのんびりと足湯を楽しみたい「足湯きらめき」 八丈ブルー~!

名古の展望台には昭和天皇の足跡があります。

東南方面の海沿いには、昨年10月の時の台風の爪痕がまだまだ生々しく残っています。道路が全線復旧したのも最近だったとか。でも、そんな凄い台風だったのに死者が出なかったのは本当に何よりでしたね!

天気もすっかり回復して、楽しかった4時間の観光もあっという間。あたりを付けておいたレストラン「藍ヶ江水産 工場内 『地魚干物食堂』」でタクシー観光も無事終了。

キンメ好きの私はキンメの煮つけ定食を食べる気満々でしたが、品切れなので「3年B組金八丼」と妻と半分ずつ”島寿司”をオーダー。金八とはキンメとカンパチの丼でしたが、やっぱりキンメはムチャ旨かった!

帰りのフライトは八丈空港発17:30。当初のプランではこの時間に歩いて八丈植物公園のキョン舎に行く予定でしたが、やる事がなくなってしまいました。結局、八丈島のカフェを2店舗めぐり、ソフトクリームとカフェを楽しんでのんびり過ごします。

町中から眺める八丈富士、何となくいいなぁ~!

路線バスに乗って八丈島空港へ。他に乗客のいないバスの運転手さんは運転しながら親切に観光案内をしてくれて、思いがけず八丈島最後の観光ができました。
朝の時点では八丈島発着便は全便「天候調査中」でしたが、定刻に飛び立った羽田行きの便は、羽田空港着便にしては珍しく定刻より15分も早く羽田空港の一番端っこのゲートに到着しました。

 

2026年宮古島の旅

日本一周目の沖縄旅行は日本一周のスタートになった2014年、妻が沖縄未経験だったこともあり本島の見どころを丸2日間たっぷりかけてタクシーで旅しています。2024年の二周目では本島以外の離島に行くのが妥当なので候補は石垣か宮古島。海の綺麗さでは宮古に軍配が上がるようなのですが、散々悩んだ挙句我々は石垣島を選択。これは石垣島が八重山諸島の玄関口であることが理由で、その通り二周目の旅は波照間・西表・竹富等の島めぐりを満喫した石垣旅行というより八重山諸島満喫の旅でした。
ということで、宮古島にはいつかは必ず行きたいとずっと願っていたのですが、数か月前にANAのタイムセール運賃を眺めていたらGW明けの安い運賃が出ていて、GW終盤でありながら一人片道1万円程度でいい時間帯のANAの宮古島直行便に乗れるので、2人で往復してもほぼ5万円です。勿論、タイムセールの運賃ですから変更や払い戻しはできないのですが、意を決してポチっと予約。確か沖縄の梅雨入りは例年5月のGW明けぐらいの筈だからこの時期ならまだギリギリ大丈夫かな? と、楽観視してその後の予定は全てこの旅を実現するために調整して万難を排して準備を進め、結果予定通りにこの旅を実現することが出来ました。 ところが、出発前日に「沖縄地方が梅雨入り」。でも事前の情報収集で何度か見たYou Tube等では「宮古島の梅雨は、一日中雨が降り続くのではなくスコールのようにザァ~っと激しい雨が降ってすぐに止むことが多い。」という情報を信じることにします。確かに2年前の石垣でもまるで東南アジアの雨季のようにいきなりスコールが降ったことがあったけど、傘をさして観光した記憶はなかったので、あのような天気だと楽観視して旅を始めたのです。

 

1日目:5月5日(火)

 

GW終盤のこの日、この日から旅行に行く人はもう少ないんだろうとは想像しますが、それでも羽田の大混雑は予想が出来たので12時ちょうどに羽田を出る航空機ですが早めに自宅を出ます。でも、最初に乗った宇都宮線から凄い混雑で、乗り込んだグリーン車の1階と2階に最後の1席ずつ何とか空席を見つけて老夫婦は一安心。普段なら東京駅でグリーン車の大半の乗客は降りるのですが、この日は逆にどんどん立ち客は増えてグリーン車の通路までがラッシュアワーのような混雑となり、品川駅で降りるのも一苦労。この人たち、横浜に行くのかな? それとも、熱海?  京急も混んではいたのですが何とか羽田空港に到着できました。 私はJALのマイルを集めているので、羽田からANAに乗るのなんて何年振りでしょうか? 羽田から最後にANAに乗ったのは恐らく病気になる2010年より前、前々職でまだ出張が多かった頃だと思うので少なくとも17年以上振りです。従って慣れ親しんだ羽田空港と言いながら、ANAが発着する第2ターミナルには全く土地勘がなく田舎者状態。宮古島まで3時間のフライトなので食事をしたいとは思いましたが、空港内のレストランはGWの混雑が怖いので、狙いをつけておいたのは地下1階の”てんや”。 昔はワンコインで食べられた”てんや”の天丼、サラリーマン時代は月に1回以上は愛用していたランチですが、羽田のてんやの価格は当時の倍。空港値段なのか値上げなのかは謎のままです。

久々に乗るANAの大型機。

今回は3時間のフライトなので通路側の席を選択、景色は見られずに機内ではwifiを見ながらのんびりと過ごします。スマホのイヤホンを持っていけば映画も観られたようですが、スマホのイヤホンを持っていない私なので機内プログラムも楽しめません。羽田空港ではいつものように出発機混雑のために30分近く遅れて離陸しましたが、その後は順調で3時半過ぎに雨の宮古島空港に到着し、タクシーでホテルへ。 沖縄独特の話し方をされる運転手さんに天気のことを聞くと… 「昨日も今日も、朝からずっと雨。明日もずっと雨らしいよ。ここ数年GWの宮古島は天気が良かったためしがない…」のだそうです。最初の現地情報に少しだけテンションが下がります。
今回の我々の3日間の宿は繁華街ど真ん中の格安ビジネスホテルのスマイルホテル。高級リゾートホテルにしないのは経費を節約したいのも確かですが、老夫婦はプールや海で泳ぐわけではないのと繁華街に出るのに毎回タクシーを呼ぶのも面倒なので、毎晩歩いてお店に行けるロケーションを優先したためです。近くのコンビニで3日間滞在のために必要な物を仕入れ、本来ならホテル周辺を少し下見したかったのですが相変わらず小雨が降り続いているので止む無く部屋でのんびり。
夕食はすぐ近くの沖縄居酒屋へ。幸いなことに雨は上がってくれています。

まだGWなのでお店は完全満席。予約していないと夕食難民になりそうです。

宮古島といっても、石垣島同様料理には沖縄色はあるものの「宮古島ならでは」というものはあんまりないようです。沖縄といえばとりあえずやっぱりオリオンビール!

刺身は新鮮ではあるものの、普段食べているのものとは余り変わりません。でも、沖縄に来たら絶対に食べたいのは「海ぶどう」。

2杯目からは、これも沖縄に来たら必ず頼む”泡盛”

もずくの天ぷらも沖縄ならではですね。

宮古島に来て、感じたことを2つ。
1.宮古島の物価
昔、沖縄本島に来るたびに思ったのは、「沖縄の物価(特に呑み代)はムチャ安い!」。でも、宮古島の呑み代は石垣島同様決して安くないですね。これは観光地値段なのか上がったのかは不明ですが… でも、一昨年行った那覇は昔通り安かったのに…
2.「内地」という言葉 
「内地」という言葉は、昔は北海道の人が本州のことを指す言葉として使っていたという記憶があります。でも宮古島の人は那覇などのことを「本島」と言い、九州を含む本州のことを「内地」というようです。北海道で散々聞いたこのフレーズを宮古島で聞くなんて… 何か不思議です。
デザートは、ホテル目の前のこのお店。このお店ののぼりのフレーズが気に入ってしまったためです。

宮古島の人の締めはアイスなのかな?

明日も雨予報ですが、晴れてくれることを願って床に就きました。

 

2日目:5月6日(水)

 

この日から2日間が宮古島の観光ですが、天気予報は残念ながらこの日はお昼ごろまでは雨予報なので、天気予報が外れてくれることを祈るばかりです。この日は9時から15時までの6時間のタクシー観光を予定していて、翌日の3時間と合わせて9時間の観光で宮古島の見どころを見尽くそうというプラン。
ホテルは食事なしのプランで予約しているため、朝食はホテル隣の喫茶店でモーニングを食べようとホテル備え付けの傘をさして喫茶店へ。私は朝から大好物の沖縄そばの一種の宮古そばを食べる気満々だったのですが、残念ながら「今朝はそばは品切れ」なのだそうです。仕方なく頼んだのは「ポーク玉子」。沖縄での常識ではおにぎりだと思って頼んだのですが、単にポークというかランチョンミートと玉子の定食でした。

9時に迎えに来たドライバーさんの苗字は宮古島出身のアナウンサーと同じ。「親戚ですか?」と尋ねましたが違うようです。雨天の観光なのでまずは雨でもあまり影響がなさそうな宮古海中公園に向かいます。入口から眺める宮古の海、”宮古ブルー”どころか”宮古グレー”のような海。

宮古島海中公園と宮古らしくない海

宮古島海中公園は海の中を覗く施設。雨天だからからなのかまだGWだからなのかはわかりませんが結構混雑しています。

雨でも関係なさそうな海の中では魚が泳いでいますが、宮古島だから特に魚が多いわけではなさそうです。確かに南国のカラフルなお魚さんたちですが…

宮古島の見どころは3つの島と宮古島を繋ぐ3本の長い橋。まずは最北にある池間島と宮古島を繋ぐ池間大橋。橋のたもとにある展望スポットは普段は大混雑で車を停めるのも大変らしいのですが、雨天のこの日は他の車はありません。タクシーの傘を借りて本来なら宮古ブルー見える筈の海を眺めに突端までほんの1分歩きますが…

この写真の海の色を覚えておいてください

たった1分ですが、強風で傘があっという間に壊れてしまいました! その後池間大橋を車で渡ります。宮古島の3つの橋はどこも駐停車禁止で橋の途中で写真を撮ることはできません。

池間島をとりあえず一周して今度は池間島側の展望スポットへ。雨が小降りになっているので、ほんの少しだけ”宮古ブルー”の片鱗が見えた…かな?

この色で一旦自分を納得させたのですが…

その後も宮古島をずっとドライブ。向こうに見える小さな島は大神島で、この島の話になるとこの運転手さんの話に少し熱が入ります。思わず「出身ですか?」と聞いてみたくなりました。

この後も小雨状況での宮古島のドライブは続きます。東海岸で有名な比嘉ロードパークの海岸線。

宮古島最東端の東平安名崎の見晴台から有名な東平安名崎を遠望。

この時だけは少し雨が止んでいたので、東平安名崎の灯台までのんびりお散歩。

お昼ご飯の時間で、運転手さんが案内してくれたのは宮古そばを始め様々な料理を食べられるという宮古島海宝館という大型レストランですが、何故か臨時休業。まだGWなのに臨時休業なんて不思議ですね。「このあたり、他にお店ないんだよなぁ~」と悩んだ運転手さんが次に連れてってくれたのは喫茶店。でもランチには品切れのものも多くあり、食べられるのは「宮古そばではないけれど、そば。」ぐらいしかないようですが、他に選択肢がないのでは仕方がありませんね。

でも味はまあまあでしたよ。我々が最後の空席に座ったため、それから30分で数組のお客さんを断っていたようです。
宮古島3つの橋のうちの2つ目は来間大橋。

来間島に渡った展望台でも眺望は期待できないので、橋のたもとの漁港から雨の中の橋を遠望。

雨は昼過ぎには止むという予報でしたが、宮古島に戻って一番海が綺麗だという与那覇前浜に行く頃には雨は止むどころか豪雨に変わっており、車を降りるのも一苦労な状況ですから、当然海岸には誰もいません。

ここがこの日の一番きれいな海岸!?

結局、タクシー観光終了の3時まで雨が止むことはなく、最後にお土産を買うべく”島の駅みやこ”まで送っていただき、この日のタクシー観光は大雨の中で終了。お土産が一番揃っていそうな島の駅で友人には宮古島産の泡盛を送り、先週10歳になった孫には宮古島のお菓子を送ります。あと10年経ったら、孫と一緒にお酒飲めるかなぁ~!?
1時間弱ゆっくり買い物をしたので、あれだけ激しかった雨はすっかり止んでおりこの旅に来て初めての青空が見えています。「宮古島には流しのタクシーはいないので、タクシーGOではなくDIDIというアプリを入れておいた方がいい。」というアドバイスを受け、沖縄県シェアNO1のタクシーアプリを入れておいたのでこの機会に初使用。このアプリ、結構いい! 近くにいるタクシーが地図で表示され、運転手が決まると地図上にその車が今どこにいるかリアルタイムで表示されるのです。「今、あの角で信号待ちしてるよ。」と言った途端に信号が変わってタクシーが左折してくるのです! 支払は登録しておいたPAYPAYなので手間いらず。後で支払い額を見るとたったの100円! どうやら「初めて利用割▲500円」が自動適用されたらしいのです。ムチャラッキー!
夕食はホテル目の前の民謡居酒屋。6時の予約ですが席は完全満席で、まずは沖縄のお酒と沖縄料理を楽しみます。私の大好物、沖縄と言えばゴーヤチャンプルー!

大好物のゴーヤ尽くし!

6時半からステージが始まります。

馴染みの曲は少なかったけれど、女性歌手の唄は夏川りみ張りで上手い! 沖縄らしく踊り出す人も多く、最後には全員で”涙そうそう”を合唱し盛り上がりました。

そしてこの日の〆は念願の宮古そば。朝・昼と2回も振られた宮古そば、まいう~!

明日の天気予報はこの旅唯一の晴れ。この1日だけでも宮古ブルーを満喫できることを祈って早めに床に就きました。

 

3日目:5月7日(木)

 

この日は午前中の3時間タクシーで宮古の見どころの残りを見た後に、ランチクルーズに乗って宮古の海と海底を船から楽しむという予定。天気予報ではこの日が唯一の晴れ予報なので、老夫婦の期待は否応にも盛り上がります。
この日の朝食は港近くまで10分弱のお散歩。パンが美味しいという噂のレストランを朝なのに予約しておいたので港までの下り坂をトボトボと歩き、お店へ。このクロワッサン、本当に美味しかった!

この日のタクシーはホテルではなくこのレストランに迎えに来ていただくように予約しておいたので、昨日とは違う運転手さんが時間通りにお迎えに来てくれます。この日の3時間で行くのは昨日残しておいた伊良部大橋からの伊良部島と下地島。まずは宮古島最長の橋伊良部大橋の展望スポットへ。 

凄い!凄すぎるぅ~! これが、宮古島なのね!!

これが本当の”宮古ブルー”なんですね!? と、運転手さんに言うと、「まだまだぁ~!」でも、海の色も空の色も本当に凄いんです!

最長の伊良部大橋、最高の景色の中のドライブ。

次に向かったのは下地島空港滑走路横にある「17エンド」。超人気のこのスポットはすぐに駐車場が満車になってしまうので、兎に角先を急ぎましょうと向かっていただいたお陰で、駐車場にはギリギリ空きがありました。
何、この海?? 宮古の海ってこんなに綺麗なの??

空の色も凄い!

丁度この時間、台湾からのLCCのフライトが到着する時間ですが、この日は定刻より15分早着とのことで滑走路の下まで行く前にフライトが来てしまいました!

でも海の色は本当に凄い!

運転手さん曰く、「最高の宮古ブルーは、ここか(昨日行った)池間大橋のところ」なのだとか。「今日の海は、”上の中”だよ!」とのこと。

これが”上の中”なんですか?

運転手さん、これ以上言わないで! また宮古に来たくなっちゃうじゃない! 先に見えるのは飛行機の誘導灯です。

ここに来ただけで、本当に「宮古に来て良かった!」と心から思いました。
次に向かったのは通り池。この2つの池と海は下の方で繋がっているのだとか。

時折、ダイバーが海からこの池に上がってくるらしいのですが、残念ながらそんな僥倖には巡り合えません。

負けず劣らずきれいな海と海水浴場なのが渡口の浜。

いつまでも、どこまでも見ていたい最高の景色です。

本当に我ながら凄い色の写真。この空の色!

いつまでも眺めていたいのですが、我々のタクシー観光はたった3時間!

伊良部島の最後に海の駅から伊良部大橋を遠望。

あっという間の3時間ですがこの天気があまりにも勿体ないので、ランチクルーズが終わった2時過ぎから、改めて3時間の貸切が可能かと運転手さんに訪ねたところ快諾いただいたので、2時過ぎの再会を約してランチクルーズに乗船。
海は本当にきれいな海でしたが、ランチビュッフェはごく普通のビュッフェでした。少しは、沖縄色があってもいいのにね… でも、船から見ても海はキレイ!

クルーズ船は伊良部大橋の下をくぐります。

スポットに着くと船の下のキャビンに移動するよう案内があります。海の中のお魚が見られるようです。

クルーズも十分楽しみましたが、今朝は朝から宮古の凄い景色に圧倒され続けていたため、感動は少し薄れがち。2時にクルーズを終えると、運転手さんが迎えてくれて、改めて3時間の観光のスタートです。3時間のタクシーチャーター追加なんて随分太っ腹なような気もしますが、この機会を逃すと宮古ブルーがもう見られないかもしれないと思ったことと、通常タクシーの貸切料金は1時間6千円台なのに、宮古島は4千円台と内地に比べても破格だったので思い切って頼みましたが、大正解でした! 午後は昨日行ったけど充分に景色を堪能できなかった場所にいっていただきます。まずは、運転手さんイチ押しの池間大橋!

昨日強風で傘を壊された場所。その時の写真と海の色を比べてみて下さい!

池間大橋から見る海の色、本当に凄かったです!

その後もあちこちご案内いただきましたが、凄すぎて放心状態です。あまりに凄い宮古島の景色に圧倒されすぎて写真を撮りまくり、挙句どこがどこだかすっかりわからなくなりました。
昨日、大雨の中で無理矢理車を降りた与那覇前浜、今日は駐車場への道が大渋滞で駐車場にすら行けません。ジモティーの運転手さんがすぐ隣にうまく案内してくれたので、砂浜はありませんが海の色は同じくらいに美しい!

最後は来間島大橋を渡って昨日は行かなかった竜宮城展望台へ。

対岸から見る与那覇前浜とリゾートホテル。最高でした!

合計12時間の宮古島タクシー観光、本当に最高でした!前半6時間は悪天候でいい景色は見られませんでしたが、この6時間があったからこそ後半の最高の6時間が本当に楽しめました! 昔から「宮古島大好き!日本で一番好き!」という人がたくさんいることは知識としては知ってはいましたが、その人たちの気持ち、充分に理解できました! 宮古島、最高!
この旅最後の夕食は宮古牛。今日の運転手さん曰く「最近俄かにブランドになった宮古牛。我々ジモティーには手が出せない値段になった。」とのことですが、確かに高かった!

石垣牛も宮古牛も特に他の牛肉との差別化の味が判らない味音痴の我々、宮古にはまた来たいけれど、宮古牛はもういいかな?

 

4日目:5月8日(金)

 

楽しかった宮古島旅行。昨日1日だけで来た甲斐は本当にありました。今日はまた雨予報のようですが、神様がくれた昨日1日の晴れ間に感謝です!
帰りのフライトは午前中の出発。中途半端な時間なので朝食は宮古空港で朝昼兼用で済ませることにして少し早めに空港へ。今回もホテルからDIDIでタクシーを呼ぶとすぐ近くから2分以内で来るとのこと。運転手さんの名前とナンバーに見覚えがあったので”もしかしたら?”と思っていたら、予想通り一昨日乗った車と運転手さんでした!
「一昨日は散々な天気だったけど、昨日はよかったでしょ?」愛する宮古島を案内する立場の方も、やっぱり天気が悪くて客が落ち込んでいると悲しいものなのでしょう。一昨日落ち込んでいた老夫婦が今朝は満面の笑みだったので、運転手さんも一安心という感じでした! 宮古島、本当にありがとう!
空港のレストランで朝食。沖縄そば好きな私は最後もソーキそば。

お土産を少しだけ仕入れて、ANAの窓側に座ります。宮古島大好き、また来るからねぇ~!

離陸後、飛行機は旋回してまるで今回の旅をフラッシュバックするように宮古島の景色を見せてくれます! あの長い橋は伊良部大橋!

あの島は、来間島!

あそこは、東平安名崎だぁ~!

本当に、宮古島、最高でしたよ!!
またね!

広島から出雲への旅

実はこの旅を最初に計画したのは1年半前。2024年の12月に茨城と千葉の紅葉を見に行った1週間後に行くことにしてJALのマイルで飛行機を予約、広島在住の旧友のスケジュールも押さえて準備万端だったのですが、ここで私が体調を大きく崩して以降数カ月の間病床に臥せってしまうことになり、当然この旅行も中止。次にこの旅のリベンジを計画をしたのは、体調が回復し眼の手術も無事に終わった昨年9月。今度は私に問題は起きなかったのですが、今回の旅のメイン目的の1つであるローカル線木次線の一部区間が運休し代行バスになっていることが発覚、木次線のメインは珍しい三段スイッチバックなのですが、何と正にこの区間が代行バスになっているとのことで今行っても仕方がないことが判明し、またまたマイルで取っていた航空機だけでなく旧友の予定もキャンセル。こうなると2回も断った友人の手前もあり「出来るだけ早く、どうしても行かなければ…!」という義務感に似た感情も生じ、このところ結構旅行も多く多少疲れ気味な私ではあるのですが、結構無理矢理に4月の後半に”三度目の正直”として予約、今度は何とか実現することが出来ました。
この旅の目的は、広島では海沿いを走るローカル線呉線に乗ってから旧友と久し振りに呑み、山陽から山陰を縦断するローカル線である芸備線と木次線を楽しみ、山陰地方では鯖好きな私にとって憧れの”サバしゃぶ”を食べてから最後にはここ15年ずっと憧れ続けてきた”バタデン”こと一畑電車に乗るという2泊3日にしては多すぎるくらいの盛りだくさんの旅なので、1年半前に決めていた日程を殆ど変えずに今回の旅に臨むことにしました。

 

1日目:4月21日(火)

 

この日の予定は朝のフライトで広島空港から三原へ、三原名物のお好み焼きである”三原焼き”を食べ、その後は海沿いを走るローカル線呉線で広島に行き、夜は大学時代3年間ほぼ毎週のように酒を酌み交わした旧友と呑むというもの。朝予定通り6時前の電車で羽田空港に向かい、8時前には羽田空港に着いて1時間後の便で広島に向かうことで一番端っこの出発ゲートまでとぼとぼ歩いたのですが… でも、この日の羽田空港、何かおかしいんです。朝8時の羽田ですからいつものように人が多く混んでいるのは同じなのですが… 不思議なのは、途中通ったどのゲートでも飛行機に搭乗する気配が全くなく、目指すゲートに着くと待合室の椅子は完全満席、よく見るとこのゲートを使うまだ前の便の乗客がおとなしく搭乗を待っているようなのです。もう、出発時間を過ぎているのに… スタッフに聞いてみたところ、「現在、管制のシステムトラブルで全フライトが止まっています。復旧の見込みは未定です。」とのこと。どうやら、朝からまだ1本のフライトも出発していない模様で、どおりで空港に人が溢れている筈ですね。仕方がないのでおとなしく復旧を待ってみますが、1時間経っても全く復旧の目途は立たないようで、ビジネスマンの中には諦めて新幹線に切り替える人も出始めているようです。勿論、無料のマイレージで乗っている私は新幹線に切り替えるなんて選択肢はなく、まな板の上の鯉よろしくただ黙って待つしかありません。9時半を過ぎた頃になって、ようやく徐々に離陸が始まったらしく爆音が聞こえ出しました。その後、欠航になるフライトも徐々に出始まる中、我が広島便は搭乗ゲートは変わったけど何とか2時間半後に出発することが出来ました。到着後の予定は広島空港到着後に考えることにして、とりあえずいつものように景色を満喫します。この日も、見事な富士山!

この高い山々は、南アルプスでしょうね!?

いつもの通り、木曽川と長良川が伊勢湾にそそぐ地図通りの風景。

瀬戸内海。あの大きな島は小豆島ですね!?

遅れはやはり2時間半で、何とか広島空港に到着。”新幹線なら2時間以上遅れたら特急料金の払い戻しがあるけれど、飛行機は何もないよなぁ~ ましては今回は管制のトラブルで、JALのせいじゃないしなぁ~…” などと淡い期待を抱きますが、勿論何のサービスも払い戻しもありません。バス乗り場に行って三原行のバスの時刻を見ると次のバスは約2時間後の3時過ぎなので、今から三原に行って呉線に乗ったら夜の友人とのアポにはとても間に合いません。仕方がないので広島駅行きの高速バスに乗り込み、広島駅までの長い長い1時間の乗車時間を使ってこの日以降の予定についてあれこれ調べ、被害が最小限に留まるように計画を見直し。
広島駅に着いてまず向かったのは駅前の「ひろしまお好み物語 駅前ひろば」。ビルの6階にお好み焼き屋さんが何軒も並ぶここは、昔何度も行った”お好み村”の小型版の雰囲気。

もう2時を過ぎているので店内にお客さんは殆どおらず、下調べも出来ていない私はとりあえず近くのお店に入り、ビールと一般的な”豚玉焼き”をオーダー。流石は本場の広島で、お好み焼きを焼いている人は、全員がギャル!

味はいつも通りの広島のお好み焼きで、ギャルが焼いていたって最低限のクオリティは充分に満たしており、旨かった!
今日午後に使える時間はあと3時間弱なので、本来なら明日の朝に予定していた広島の新交通システム「アストラムライン」に乗りに行こうと思います。その前に、一度乗ってみたかったのは、「2階から出る路面電車」。広島駅の2階に向かうと、本当に駅ビルの2階に路面電車(市電)が停まっていて、何か感動的!

早速1号線に乗り込むと、午後の中途半端な時間帯なのに乗客は満員でとても座れないほどの混雑。そしてよく見ると、乗客の半数以上は何と外国人! 広島を訪ねる外国人が多いことは知識としては知ってはいたものの、想像を遥かに超える外国人比率で、この路線は原爆ドームや平和記念公園方面に行くので、彼らの目的地はその辺りなのでしょう。でも外国人といってもアジア人らしい人は皆無で、ほぼ全員が白人系。思わず「欧米か!」っと突っ込んでしまいました。 お陰で2階から1階に降りる路面電車の景色は人混みのせいで見られず、その後も住民らしい人の乗り降りはそれなりに激しい中広島市内中心部を走り、アストラムラインの始発駅「本通」で市電を降ります。

最新の地下鉄にありがちのように、通路はしっかり覆われていてアストラムラインの車体は全く見えません。発車後しばしの間は地下を走り、JRとの乗り継ぎ駅である新白島駅辺りから地上に出て、その後アストラムラインはずっと高架を走ります。この線が沿って走る大河は太田川。でも、私がこの川の名前を覚えたのは原爆の悲しい記憶からなので、何故かシャッターを押す気にはなれず黙ってその川の流れを眺めるだけにします。黙祷。
その後もずっと広島市内の住宅街を走ります。

このアストラムラインは「サンフレッチェライン」として車内放送ではサンフレッチェ広島の選手の声が頻繁に流れています。サッカーのサンフレッチェといい、野球のカープといい、フランチャイズとその街が本当に良い関係が出来ていて、とても羨ましい!ここに住んでいたのなら、ファンにならないわけはないですよね!? 絶対!!
アストラムラインを終点の広域公園前まで乗り通して、折り返し。本来の予定では途中駅大町でJR可部線に乗り換え、最近出来たらしい終点の新駅「あき亀山」駅を楽しむ予定でしたが、夕方の旧友との待ち合わせにギリギリになってしまうために可部線乗車を諦め、新白島駅からJRを広島駅まで一駅乗り、今宵の宿東横インにチェックイン。

夜は1年後輩である旧友と一献。お店は広島駅前ですが、カープのユニフォームを着た人たちが大勢スタジアムに向かってお店の前を歩いてゆきます。居酒屋では、勿論大きな音でカープ戦の実況中継が流れています。当然、全員がカープを応援!
昭和55年から58年まで、正しく同じ時を一緒に過ごしたポン友との久し振りの呑み。話題は40年以上前の昔話が中心ですが、私が鮮明に覚えている記憶が彼には曖昧で、逆に彼が明快に記憶していることを私があんまり覚えていなかったり… なんとなくかみ合わないもどかしさはありましたが、いつまでもまた会いたいと思う得難い旧友です。昔は、飲みに行って一軒で帰る事なんて絶対になかった2人ですが、65歳にもなると”二次会”という言葉はいつのまにかお互いの辞書からは消えてしまうようですね。


2日目:4月22日(水)

 

この日のメインイベントは中国山地の縦断。超赤字ローカル線で廃止議論が取りざたされている芸備線と木次線に乗って日本海側に出る日程ですが、超ローカル線なので乗り継げる列車は少なく、広島発11時過ぎの芸備線がほぼ唯一の山陰まで辿りつけるダイヤ。11時まで時間があるので、あさイチに新幹線で三原まで行けば昨日乗れなかった呉線に乗れて、11時の芸備線に十分間に合うということは昨日広島に向かうバスの中で調べていたので、今日の午前中に呉線に乗るべく朝6時過ぎには新幹線のホームへ。そこでひかり号を待っていると、昨晩呑んだ旧友からLineが入ります。
「今、山陽本線が止まっている。経験則では山陽本線が止まると呉線のダイヤが乱れるので、今日の呉線は危険。芸備線を優先した方がいいのでは?」 という、ジモティーの鉄ちゃんらしいアドバイスです。今日の私の危なっかしいスケジュールで山陰に行けなくなることを心配してくれていてありがたいのですが、もう新幹線の切符も買ってホームにまで入ってしまったので、行くだけ行ってみようと思います。やって来た始発のひかりは”東京行”。何か変な感じです。順調に三原駅に着き、止まっていた山陽本線も少しずつ動き始めたみたいで、私の目的であった呉線にも無事に乗り継げました。

私の長年の憧れだった海沿いを走る呉線。海沿いを走る列車は五能線をはじめたくさんあるけれど、呉線に憧れた理由は、”島なみをたくさん見られるから”。始発駅の三原を出てすぐ、呉線は海に寄り添い、”ゾクゾク感”が始まります。

徐行区間も結構多いようで、列車はしばしば25キロ以内で走ります。普通なら船はあっという間に抜き去るのですが、徐行中は船と並走することもあります。

沿線にはドックなども多く、瀬戸内海の活況を感じます。

しばらく見えていたのはしまなみ海道、忠海(ただのうみ)駅の先には、ウサギの島として有名な大久野島が。この島には今年7月に行くことで宿の予約を済ませています!

次に見える島々は”とびしま海道”。ここも2015年に車で来ていて、本当に素晴らしかった想い出があり、懐かしさに思わずウルウルします。この辺り、島影と並んで多いのは牡蠣の養殖筏。流石は、広島じゃけん!

懐かしい呉の街を過ぎ、しまなみの最後に見えたのは江田島。本当に、たくさんの島を見られて呉線は最高です! 自分的にも好きなローカル線のベスト5には入れてもいいと確信しました。呉線に乗りに来て&諦めなくて、本当に良かった!
僅か数分遅れで広島駅に到着、山陽本線は朝からのダイヤ混乱が続いています。でも、私が次に乗る芸備線だけは時間通り動いているみたいで、途中駅まで行く1本前の列車も定刻に目の前を発車していきました。

芸備線 一本前のこの列車は、定刻に出発していったのですが…

唯一山陰までこのルートで乗り継げる列車は、11:10発の三次行き快速の”三次ライナー”。前の列車が定刻に出て行ったのですっかり安心していたのですが、定刻の11:10を過ぎても一向に折り返しの列車はやって来ずに、おまけに何のアナウンスもありません。広島駅では遅れている他の列車のことは散々案内していますが、乗客が少ない赤字ローカル線の芸備線のことは全く無視したかのような対応です。それでも芸備線を待っている人の行列はそれなりに長くなっているし、ホームにJRの係員は誰もいないし… この三次ライナーの終着駅三次で次の芸備線の乗り継ぎは僅か25分程度で、この次の列車を逃すと芸備線の乗り継ぎもその先の木次線の乗り継ぎも叶わないので徐々に焦り始めます。でも、相変わらず芸備線には何の情報もありません…
11時半過ぎに、ようやく折り返しの列車が到着します。この時間だと、三次での乗り継ぎはギリギリだなぁ~と大いに心配になりますが、そこからはこの三次ライナーは結構必死に走り、遅れを少しずつ取り戻したみたいで何とか次の列車出発の5分前には終着の三次駅に着いてくれました。
三次駅からは更にローカル色が強くなり、本数もぐっと少なくなった芸備線は当然の如く一両。発車間際に何とかその1両に滑り込むと、どうやらほぼ全員が鉄ちゃんらしい人でBox席もロングシートもそれなりの乗車率。最初は、Box席を独占したいと「誰か、降りないかなぁ~!?」と駅に着くたびにキョロキョロしていましたが、結局、家族連れもお婆さんも若い女性もどうやら全員が鉄チャンのようなので、終点まで誰も降りませんでした。
3つの列車が落ち合うことから名付けられたという備後落合駅。

我々が乗ってきた芸備線は一旦ここ備後落合が終点でこの列車は折り返すようですが、更にローカル色が強くなって岡山方面に向かう芸備線も向かいのホームに到着。

そして、私がずっと憧れていた木次線。

備後落合駅には、有名な元職員のおじいさんがボランティアでこの駅の説明をされています。本来ならゆっくりと説明を聞き、芸備線のこの先の岡山方面にも行ってみたいけれど、今回はとりあえず計画通りの列車に乗れたことに満足。
木次線は、定刻通りに出発。広島からずっと芸備線に乗ってきてそんなに山を登ったイメージはないのですが、この辺りにはまだ結構桜も咲いていて、木次線はいきなりずっと下りの坂。

三次駅から乗ってきた1両の鉄ちゃんたちは備後落合で芸備線組と木次線組の半々に分かれたみたいで、1両の乗客はさっきまでのほぼ半分で全員同じ顔ぶれ。山深いこの辺りでは乗客の乗下車は全くありません。 広島県と島根県の県境を超えると、ワンマンの運転手さんから丁寧なアナウンスが。
「この先、木次線のハイライト。まずは赤い橋と”奥出雲おろちループ”が見えます。その次が有名な三段スイッチバックで途中には出雲坂根の駅があります。」 早速、見えた赤い橋で、列車は徐行運転してくれます。

おろちループも全貌は見えないけれど、少しだけ見えました!

そして、ハイライトの三段スイッチバック。まず降りる線が近づいてきます。

運転手さんが後ろに行き、今度は逆方向に降り始めます。

出雲坂根駅到着。再び運転手さんが前に戻り、更に下って行きます。

出雲坂根駅には結構な数の鉄ちゃんがいて、皆ホームから写真を撮っています。でも誰も乗り降りする人はおらず、全員がホームから手を振って見送ってくれます。車で来ているんでしょうね。

木次線のハイライトはこれにて終了。楽しかったけど、本当にあっという間でした。やっぱり、木次線を楽しむには絶対今回の逆の方がいいですね。というのは、備後落合発だと乗車してすぐにというかいきなりハイライトが訪れることと、やっぱりスイッチバックはウンウン唸って坂を登るところに醍醐味があり、スイスイ降りるのはあまり楽しくないと思うためです。勿論、来られて嬉しかったことは間違いないのですが…
木次線でどうしても見たかった駅は、「亀嵩駅」。

そう、ここは松本清張の名作「砂の器」の舞台。少年時代、小説を読んで木次線と亀嵩の駅に猛烈に憧れ、その後映画にも熱狂し… あの頃、私にとっての島根県と言えば亀嵩だったんです。本当ならそばも食べたいところですが、ここ亀嵩の蕎麦もおろちループも7月に車で来る予定です。山を下りるにつれて徐々に乗客も増えてきて列車の行き違いも増えてきます。

高校生の乗客が徐々に増えてきて、18時前には山陰本線の接続駅である終点の宍道駅に到着。今宵の宿は名物”サバしゃぶ”を食べるために鳥取県の米子に取っています。ここから米子までは各停で1時間強ですが、丁度この時間が日没の時間に当たるために、天気が良ければ宍道湖に沈む夕陽を車内から眺められるかも…と、楽しみにしていたのですが、曇りだし今日は朝からもう12時間も列車に乗りっぱなしだったのでややお疲れ気味。少しでも早くサバしゃぶを食べたいと思い、少しだけ早く着く特急列車を奮発。

やっぱり、宍道湖の夕陽は見られなかったようです。
7時半過ぎに米子駅に着き、ホテルにも行かずに直行したのは駅前の居酒屋。

サバしゃぶを予約していたので、1人用の席にはもうサバしゃぶの準備がされていました。

初めて食べたサバしゃぶ… うぅ~ん、旨い! 絶品! また、高かったけれど折角山陰まで来たので、やっぱりノドグロは外せない! う、うめぇ~!

サバしゃぶの〆に頼んだのはそば。中華麺かと思ったら、来たのは日本そば。

でも、このそばにサバの出汁が出てこれも旨かった!! 大満足の夕餉になりました。

 

3日目:4月23日(木)

 

この日のメインイベントは15年間憧れ続けた一畑電車(通称:ばたでん)の乗車。私は2010年に脳卒中を起こし右半身麻痺になったのですが、まだリハビリ中で旅行に行くことや車を運転することなんて夢のまた夢だった翌2011年にたまたま見た映画が、中井貴一さん主演の”RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語”で、ほぼ同年代の中井さん演じる主役がサラリーマンを捨ててこのばたでんの運転手になる物語。あの当時はまだ島根県には行ったことがなかった私はそのストーリーや風景にすっかり感情移入して、「旅行に行けるようになったら、まず最初に島根に行き”ばたでん”に乗ろう!」というのを、毎日のように病状や気持ちを投稿していたブログに何回も書いていました。(こんな感じです)その後、徐々に旅行にも行けるようになり車の運転にも復帰できて、島根県には2015年と2017年に行ったのですが、その時は妻と車で行ったのでばたでんに乗るチャンスはなく、ようやくばたでんに乗りに行ったのは2024年、寝台列車サンライズ出雲で松江まで行きばたでんの始発駅まで行ったものの、線状降水帯による豪雨で松江で足止めを食らって目の前に停まっていたばたでんにすら乗れなかったという悲しい記憶があります。
サバしゃぶを食べるために泊まった米子ですが、折角ここまで来たのでローカル線の境線に乗って境港までは行ってみようと思い、朝7時代の列車で境港を目指します。

時間帯的に予想はしていたのですが、境線は高校生でほぼ満席。境線は珍しいとか素敵な風景というより普通の住宅街の中をずっと走ります。鬼太郎で町おこしをしているこの周辺、境線の駅名にも妖怪のニックネームが付いており、車内放送には目玉親父とネコ娘が登場。我々には懐かしいけれど、鬼太郎をリアルタイムでは知らない今の若者にはどうなんでしょうね?

珍しいのはローカル空港と接続している米子空港駅。この空港の愛称も「米子鬼太郎空港」。ANAメインの空港なので、私には来る機会がなさそうです。

学校のある駅で少し降りたと思ったら、また高校生が徐々に乗って来る状況が続き、最後に高校生が降りたのは終点の1駅手前。終点の境港駅の愛称は”鬼太郎駅”。

駅前には妖怪のモニュメント等がある”水木しげるロード”があるのですが、この日は雨だしここには2015年にも来たことがあるので今回はスルー。

でも、駅前に見えるのは確かに海。この旅で唯一見られた日本海だぁ~!

折り返しの境線で米子駅まで戻り、米子では次の普通列車までは1時間も開いてしまうのでまたまた特急列車を奮発して松江へ。松江駅は2年前に数時間運転再開をずっと待っていた駅なので駅ナカの記憶は鮮明、勝手知ったバス乗り場からばたでんの始発駅松江しんじ湖温泉駅に向かおうとしたのですが、何故かこちらも30分以上待ち時間があったためにここでもタクシーを奮発。松江しんじ湖温泉駅は今日も雨でしたが、流石に今回は列車は動いているようです。

憧れのばたでんはboxシートとロングシートが半分ずつの1両。

私は左側の宍道湖ビューのboxシートを確保し、前の中井貴一さんには似ていない運転手さんの運転を見ながら15年越しの憧れのばたでんの風景を満喫。

進行方向左側にはずっと宍道湖が見えていますが、反対側のJRと違ってこっち側からは宍道湖に沈む夕陽は見られません。

沿線の中心駅らしい一畑口駅。この駅、映画で見た記憶があります! 駅にもロケで使われたという案内表示もあるようです。

一畑口の駅で列車は反対に走リ始め、席を移るのも面倒なので今度は宍道湖ビューではなくこのあたりの風景を味わい、出雲大社行きの列車に乗り換える川跡駅に到着。

ここで列車に乗り換えて出雲大社前駅を目指します。

終点の出雲大社前駅に到着。憧れのばたでんを大満喫でき、15年越しの悲願が叶って最高!

この前の道、年に1回は大学駅伝の時に必ず見ています!

幸い、雨はほぼ止んでくれたようなので、とぼとぼ歩いて出雲大社を目指します。この旅館は昔1回だけキャンパスで見かけたこともある竹内まりやさんの実家!

参拝前にお昼ごはんを。出雲と言えばそばですが、私はもう1度大好きなノドグロが食べたくって、大社前のノドグロのお店へ。

頂いたのはノドグロ丼。やっぱり、日本海に来た時にはノドグロが最高ですね!

出雲大社に来るのも2015年以来。

でも、ここには3ヶ月後の7月に妻の妹と一緒にまた来ることになっているので、今回は参拝もだけどその下見も兼ねています。例えば、「どこの駐車場に車を停めたら一番歩かずに参拝が出来るか」等を調べながら参拝。

本来ならば、すぐ隣にある島根県立古代出雲歴史博物館を見たかったのですが、現在長期休館中とのことで見られないので、本殿すぐ横の宝物殿等を見学して時間を潰します。 帰りのフライトまではまだ時間があるので、再度ばたでんに乗り出雲市まで出て、そこからバスで出雲空港に向かおうとも思っていたのですが、結構疲れ気味の私の目の前に来たのは1日1便の出雲大社から出雲空港に行くバス。このバスに乗れば出雲空港に早く着きすぎることは判っていたのですが、天気も悪いのでついつい乗ってしまいました。
空港ではラウンジで時間を潰し、搭乗前には出雲名物のそばを満喫。

色々ありましたが、本当に楽しい旅でした。結局、今回の旅で計画していて叶わなかったことはたった2つだけで、1つは鶏のもつが入っている三原名物のお好み焼きである「三原焼き」を食べることと、もう一つはJR可部線の新終着駅である「あき亀山駅」に降り立つこと。
いつかの広島への旅では、是非叶えたいと思っています!