麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

"流されて"佐渡<後編>

3日目:5月14日(火)

 

天気予報ではこの日から天候が回復するという予報。昨夕の素晴らしい夕焼けで、「明日の天気は大丈夫!」と安心して床に着いたのですが、その通りになって嬉しい限りです。 まずは昨日寒くって観光に行かなかった宿近くの観光地へ。最初に行ったのは海辺の景勝地「弁慶のはさみ岩」。巨岩と巨岩の間にくさび型の岩がすっぽりと挟まっている場所で、その昔弁慶が投げ入れたのだとか… 運転しながら車からは見えるのですが、近くの駐車場に降りると岩を見に行くには私には少々きつい階段を上がらないと見られない感じなので写真に撮るのは断念して、車からの眺望だけで満足することにします。(念のため、弁慶のはさみ岩の観光案内はこちら)車から眺めた感想としては、「想像していたよりはやや小さめ」。とはいえ、実際近くで見たら投げるにはとんでもない大きさなのでしょうね!? それにしても日本のあちこちを旅していると弁慶の伝説は空海の次ぐらいにたくさんありますね。実在していたのなら、一度は見てみたかったなぁ~!

駐車場には、私の知らない偉人らしい人の墓所があります。

近くの漁港の景色。今日の天気は最高です!

次に訪ねたのは、”ラピュタの世界が体験できる”としてYou Tube等では大人気の「北沢浮遊選鉱場跡」。ここの夜のライトアップも幻想的で素晴らしいらしく、昨晩泊まったホテルでも無料のナイトツアーを実施していて、フロントの女性からも「本当に素晴らしいですから、是非!」と強くお薦めされていたのですが、元々我々はラピュタにあまり興味がない上に、夜酔っぱらって段差の多い暗い場所を歩くと私の場合さまざまなリスクがありそうですし、とはいえお酒を飲まない高級旅館の夕食は拷問に等しいので、参加を見送っていたのです。昨晩、夕食会場等に意外とお客さんが少なかったのはどうやらみんなこのライトアップを見に行っていたみたいなのです。
暗い中で歩くと危ないだろうなと思われる道をゆっくり歩き、You Tubeで何度も見た風景に到着。

この時間の観光客は我々だけですが、この時間多くの方が雑草苅りの作業をしていて、機械の爆音が騒々しくて、ラピュタの世界どころではありませんでした。

でも、確かに「ライトアップしていたら綺麗だろうなぁ~」と想像できる景色でした。

その後、昨日行った佐渡金山を超えて、佐渡の山の高いところである「大佐渡スカイライン」を目指し山道を登ってゆきます。このスカイラインからは佐渡島が本当に地図のように見えるらしいということで、何とか天気のいい時にドライブしたいと念じていた場所。数十分山道を登っても佐渡金山以降にはすれ違う車がほとんどないような状態で快適なドライブが続きます。時折左側には佐渡北部の海岸線と海の絶景が見えるようですが、車を停めるような場所もなく、助手席の妻は景色を楽しんでいるようですが、私にはそんな余裕もなくひたすらアクセルを踏み続けます。
ようやく「大佐渡スカイライン展望台」に到着。ただ、この展望台にはトイレすらなくただ駐車場と展望スペースがあるだけで、観光客も誰もいません。

肝心な眺めも手前の木々に遮られて、イマイチの感じです。

先を急ぎ、次はいくつかのサイトに推奨されている展望スポット「交流センター 白雲台」へ。ここには駐車場、ビジターセンター、トイレ等もあり、車も数台停まっています。

佐渡島はかって横に長い島が2つあったのが、その後真ん中の海が隆起して平野になり2つの島が繋がって1つの大きな佐渡島になったという話が頷けるように、向こうの山並みと手前の平野が眺められます。平野は穀倉地帯・米どころであり佐渡でもたくさんのコシヒカリが取れ美味しい日本酒が造られているのも頷ける景色ですね。一昨日呑んだ友人の家の田んぼもこの中に見えている筈です。

佐渡スカイラインの展望に満足して、今度は坂を降りて行きます。でも、この両津方面に降りる坂、結構急な坂で降りるのはともかくこの急な坂を上るのは結構大変なんじゃないでしょうか… 我々は相川・佐渡金山方面からそんなに急でもない坂を上り、両津方面への急坂を降りたので快適なドライブでしたが、反対だったら結構運転に気を使っただろうなぁ~ と、思いながら山を下りました。その意味でも我々はラッキーでしたね。

次の見学場所は一昨日雨で見学を止めた「トキの森公園」、大佐渡スカイラインを降りたすぐのところにあります。佐渡といえばトキ、昭和の時代から「トキがあと7羽になってしまった」とか「最後の一羽になった」などのニュースを見るたびに、昔教科書で学習した記憶のある「ニッポニア・ニッポン」の行く末に危機感を抱いていたものです。1979年に佐渡に来た頃には確かトキはあと数羽だったと記憶していますが、当時は佐渡に来ても観光客が気軽にトキを見られる施設はありませんでした。その後、日本のトキは絶滅/中国からの輸入を経て保護・育成され、今では佐渡には野生のトキもかなりの数がいるようで、一昨日呑んだ友人のSNSでも時折田んぼに遊びに来た野生のトキが投稿されています。
トキの森公園には傷ついたトキの保護などの役割もあるようですが、檻の中には少しだけトキが見られます。でも、トキは非常に用心深い鳥なので人になつくことはないようです。

中には黒いトキもいます。何となく、イメージ狂いますよね。

この施設のメインはトキふれあいプラザ。

運が良ければマジックミラー越しにほんの数十センチに近づいた水辺に来るトキを見られるようなのですが、この日は主役のトキ夫婦は生まれたばかりの卵の温め中で残念ながら水辺には現れず、案内人さんがセットしてくれた高性能の望遠鏡でトキの表情を見るだけで満足することにします。
この日のお昼は海鮮丼、有名な寿司民宿「長浜荘」でいただきます。海鮮で有名なこの民宿、最初はこの日の宿泊地として考えていたのですが、2階の部屋への階段の手すりの有無について電話で聞いてみたところ、「手すりなし」とのことなので宿泊を断念して昼食だけにすることに方針変更。人気店なので昼食にも行列ができるとネットには書かれていましたが、幸いなことに行列はなく、すぐに席を確保できました。注文したのは、海鮮丼(上)で@2,300円。数えきれないくらいのネタが載っていて、中には「これ、なぁに?」と訝しがりながら食べたものもありましたが、どれも美味しく大満足。

午後は南佐渡をドライブして、午後の観光のメインは小木のたらい船。私もたらい船に乗ってみたい気持ちはあるものの、足が悪いので乗り移る時のリスクが正直怖さもあるので、どうなるのか正直わからない感じでした。小木でたらい船に乗れる場所は3つあるようなのでどこにしようかあれこれ調べていたところ、バリアフリー対応もあるという記載を見て「矢島体験交流館」というところを選択。ここは他の2か所と比べるとややマイナーな感じ(失礼!)もあったので、障がい者の私にも真摯に対応してくれるのではないかという淡い期待もありました。着いてみると予想通り他には観光客は殆どおらず、妻1人でも乗せてくれるということで、私については「一緒に乗り場まで行って、乗れそうだったら乗って、乗れたらお金は後で払ってくれればいいよ。」ということで、乗り場まで一緒に行ってみますが、やはり私の巨体では乗降の際に小さいたらいが傾いたらたらい船を操るか弱い女性だけでは万一のことがあり得そうなので、私が乗るのは断念して今回はカメラマンに徹することにします。

でも、妻が喜んでくれたので、私も大満足。

その後小木の街並みをドライブして、宿根木の街並み観光へ。宿根木の街ですが、朧げなデジャブ感があります。「あの時、来たのかなぁ~?」と、必死に記憶を辿ってみますが、45年前のことは大野亀と尖閣湾以外は本当に全く思い出せないのです。情けない! でも、宿根木の町並みはやっぱりいい感じです。

宿根木一有名な三角屋敷。やっぱりデジャブ感ありです。

宿根木観光のゴール宿根木公会堂。これはYou Tubeで見た場所でした。

その後、佐渡の端までドライブしてみます。

向かいにはかすかに上越あたりらしい山並みが見えています。
佐渡島最後の宿泊地は小木の宿。どうやら地元民用に日帰り温泉にも力を入れている宿のようです。食事の評価が高いということで選んだ宿ですが、刺身などの他にカニが一人一パイ付き、カニ好きの私には大満足でした。

 

4日目:5月15日(水)

 

この日はいよいよ佐渡を出て、新潟市近郊の温泉に泊まる予定。両津港発昼過ぎのフェリーで佐渡を後にします。本来なら近くの小木港から直江津港行きのフェリーに乗って上信越道で真っすぐ埼玉の自宅に帰っても良かったのですが、今日泊まる温泉には個人的に泊まってみたいささやかな理由があったため、わざわざ新潟県内にもう1泊することにしたのです。
当初のプランでは両津港に行くまでの半日は、佐渡一周道路で佐渡島の下半分をドライブして両津港に向かうつもりだったのですが、何となく旅館の床の中で「そういえば、”流されて佐渡”とか言っているくせに、佐渡島に流された人に関する観光なんて全くしていないなぁ~!」ということに気づきます。佐渡に流された人といえば、鎌倉時代には承久の乱幕府軍に敗れた順徳天皇日蓮上人、室町時代には能楽の祖として知られる世阿弥etc… とはいえ、宗教に興味のない私は、今更日蓮ゆかりの寺などに詣でる気にもなりません。流された人のことを少しは知るためには、初日に行ったにもかかわらず何故か閉まっていた「佐渡歴史伝説館」が最適な施設… ということで、再び島中心部の平野部までドライブして佐渡歴史伝説館のリベンジに向かいます。
日曜日と同じ駐車場に車を停め、館の入り口まで。今日はちゃんと開館していて、とりあえず入場料を払ってから、係の人に聞いてみます。
「今週日曜日にも来たのですが、何で閉まってっていたのですか?」
「日曜日、開いてましたよぉ~。何時に来ました?」
「4時少し前だったと思います。」
「じゃぁ閉まってますよぉ。ウチ、3時半までなので!」
日曜日に呑んだ市会議員の先生も、「佐渡はのんびりしていて、地元民の観光への意識が希薄なんだよね…」と仰っていましたが、それにしても3時半クローズとは... あんまりですよねぇ~!
とはいえ、日曜日クローズの原因が判ったので我々的にはスッキリ。館の1階は”歴史”部門。佐渡に流された偉人の精巧な人形が、流された方のことをさまざま語ります。最初は順徳天皇の皇女から始まり、順徳天皇日蓮上人、世阿弥の順。

最初のナビは皇女

一つのストーリーが終わると観客(つまり我々)が横の展示にに移動し、次のストーリーが始まる… という仕掛けです。

結構精巧な人形も楽しめて、”流されて佐渡”の最後の観光に何となく相応しいような気分になりました。

2階は”伝説”部門。老夫婦がナビをして佐渡に伝わるさまざまな伝説の紹介です。

中には「鶴の恩返し」のようなストーリーも紹介されていましたが、鶴の恩返しって佐渡の伝説だったのでしょうか?
最後の観光も満喫して、両津港に向かいます。この4日間で何度か通った道も多かったので、行きの時には気づかなかったことにもいくつか気づきます。途中の町では初日にご案内いただいた寿司屋「翁寿司」に気づくこともできました。両津港近くには結構大きな湖加茂湖が見えます。「どこか眺めのいい場所があれば、この加茂湖もゆっくり見たかったなぁ~」と思いながら車を走らせます。

両津港到着は11時半前。最後の佐渡のお土産を物色した後は、佐渡最後のランチですがもう海鮮などはたっぷりいただいたので、新潟県として力を入れている(?)ラーメンで佐渡島最後の食事。

味は… ごく普通でした

今回乗った船も行きと同じ「おけさ丸」。行きと同じ1等椅子席の同じ席番を予約していましたが、行きと同じくキャビンは我々の貸切でした。

今日の宿泊地は新潟港から1時間程度の村杉温泉というややマイナーな温泉旅館の宿。新潟周辺には我々も2020年に泊まった月岡温泉など結構たくさんの有名な温泉旅館がありますが、村杉温泉という名前は旅行会社の社員とはいえ知らなかったのです。ところが、1990年代に1年間だけ私の直属の上司だった先輩が、2000年代の人事異動で村杉温泉のその旅館に出向になったことを人事異動速報で知り、「えっ、こんな出向もあるんだ…」と村杉温泉とその旅館名を一発で覚えてしまいました。その後の新潟県内の協定旅館のイベントでその元上司と再会、懇親会でお酒を酌み交わすうちにその元上司はお酒が入ると今でいうパワハラの傾向が少しあった方だったので、「必ず一度は、この旅館に泊まりに来いよ!」と言われて「はい、行きます!」と言ったことが思い出です。とはいえ、現役時代は簡単に新潟の旅館には行けるはずもなく、そのうちにその先輩も出向から帰任、酒の上での約束も幻に終わってしまいましたが、変に律儀な私はその後もずっとその旅館のことが気になっていたので、今回は20年越しの約束を果たすべく、佐渡の宿を取るより先にその旅館を予約していたのです。
宿は想像していたよりも更にこじんまりした宿。海外旅行の専門家としてバリバリ活躍していたその元上司が、この宿で働いていた姿は私にはとっても想像が出来ませんでした。

温泉は大好きですが、今日で温泉3連泊なのでお風呂は気持ちよくてもやや飽きが来ます。以前も同じような気持ちになったこともあったようですが、「やっぱり温泉3連泊は止めよう」と改めて思いました。

でも、やっぱり新潟といえば日本酒。佐渡に続いてここでも日本酒三昧を楽しんでしまいました。

 

5日目:5月16日(木)

 

最終日は直行して帰る磐越道に近い喜多方か、関越道に近い長岡でラーメンでも食べてから帰ろうかなどと考えていたのですが、いつもの通り最終日の朝にはどこにも立ち寄る気力がなくなってしまいます。村杉温泉でナビを自宅にセットして、磐越道会津若松経由郡山からは馴染み深い東北道に乗り昼過ぎには自宅着。
総運転キロ数は1028.5キロ。平均燃費は高速道路が多かったので24.5キロでした。

来月には、また長い旅に出る予定です!