麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

8か月振りの転倒!


毎日本当に暑いですねぇ~!
妻もさすがに毎日家でもクーラーをつけていないと過ごせない気候のようですが、もうすぐ値上がりになる電気代が結構真剣に心配です。
「最近の省エネエアコンや省エネ冷蔵庫なら電気代はぐっとお得!」という広告をジャパネットの社長が朝から宣伝していますが、我が家のエアコンはもうかなりの年代物。16年前にこの家に引っ越してきたときに前の家から持ってきたエアコンは、思い返せば全盛期のキョンキョン小泉今日子)がCMしていた「霧ヶ峰」。キョンキョンのスイスイ泳ぐようなポーズのCMを見て買ったことを思いだしました。
ということは、20年前? 家電好きの私は時間があるときにビックカメラヤマダ電機をブラブラすることが大好きなのですが、最近エアコンや冷蔵庫を見るたびに電気代がいかに安くなるかを見せつけられ、その都度「欲しいなぁ~!」と気持ちが傾きます。
間もなく値上げになる東京電力の売上に貢献するのはとっても勿体ない気がしています。冷蔵庫、毎月電気代が1000円違うのならば一年間で12,000円、理論上12万までの冷蔵庫なら10年で確実に元が取れる計算になります。
でも、間もなく旅行も控えており、浪費はできません。

ところで今日は、先週の最大のトピックス「半年ぶりの転倒」をご報告します。

 木曜日に今年初めて、派手に転倒してしまいました。思い返せば昨年は、ほぼ3か月に一回のペースで定期的に転倒していました。
2月、ちょっと早すぎた池袋駅の通勤練習中に通路で滑って転倒。
5月には、雨の日慶應病院のスタバの入口でコケて鼻血まみれに
9月前半の旅行初日には自宅駅前で見事に転倒
12月には、当時の池袋の家から徒歩5分の通勤中、交差点で転倒

今年になってからは、「絶対に転ばない」ことをテーマに気を付けてきて、今まで7か月間、「ヒヤリ」「ハット」は何度もあったものの、足が躓いても何とか留まって、転倒を回避してきました。「今年は今までまだ一度も転倒していない。このまま1年間転倒なしを目指そう!」と思ったのもつい先週のことです。

木曜日朝、いつものように宇都宮線通勤列車で赤羽まで向かっていましたが、車内放送で「京浜東北線が止まっています」とのアナウンスが… 嫌な予感がしつつ赤羽で降りてはみましたが、予想通り京浜東北線のホームには人が溢れていて、列車が来てもこの乗客たちが乗ると思われる満員電車に手足の不自由な私が乗るのは、超ハードルが高そうです。満員電車に何とか乗ってはみたものの、降りる時に後ろから思いっきり突き飛ばされて、本当に「死ぬか」と思ったあの台風の日の悪夢がまざまざと思い出されました。
と言って、埼京線に乗ろうかとも思いましたが、いつも大混雑の埼京線ですが京浜東北からの振り替えの乗客でこちらもこの日は京浜東北に負けないぐらいの混雑です。

ここで財布に余裕があれば赤羽駅から3千円払ってタクシーに乗れば会社まで着けるのですが、勿論タクシー出勤の経費が会社から出るわけはありません。その日は特段急ぎの用事があった訳でもなく、また今週も飲み会が続き、月末の旅行に備えて節約もしなければ… ということで、頭をよぎったタクシーの邪念を振り切り会社への辿り着き方をあれこれと考えます。
そう言えば以前Googleの地図を見ていた時、「宇都宮線の次の尾久駅から少し歩けば、確か都電の駅があるんだぁ! これは何かの時に使えるかも??」と小さな発見をして、我ながらちょっと自己満足に浸ったことの記憶を思い出しました。
尾久駅は赤羽と上野の間にある宇都宮線高崎線だけの駅で、貨物駅の中にある地味ぃ~な駅です。ほぼ併走する京浜東北線には尾久駅はありませんので、都内でもその「マイナーさ」は屈指の駅だと思います。勿論、この沿線に15年住んでいる私も、降りるのは全く初めてです。
ということで通常通り動いている宇都宮線に再び乗車、次の尾久駅まで乗り越し、自分版「ぶらり途中下車の旅・通勤編」のような楽しい気持ちで下町の工業地帯の駅尾久駅に降り立ちました。

車内で改めて確認した地図によると、尾久駅から線路沿いを戻るように歩き、右折すると都電の線路にぶつかり、間もなく都電荒川線の「荒川車庫前」という駅(というか停留所)があるようです。地図を見る限り私の足でも10~15分歩けば辿り着きそうで、「こりゃ、京浜東北が何かあった時には最適なルートかも!?」と嬉しくなって歩き始めます。

尾久駅は本当に都内の駅とは思えないほどの静かな駅です。駅前には交番はあるものの商店街も殆どなく、目の前には明治通りが伸びており、トラックなどが盛んに行きかっています。地図通りJR線路脇を戻るように明治通りを北進、駅前とは思えないような住宅やアパートが立ち並ぶ中をとぼとぼと歩きます。
5分ぐらい歩き、丁度このへんかなと予想をつけてガストのある交差点を右折すると、まだたった5分しか歩いていないのに商店もない完全な工場街です。
工場街と言っても、大きな工場が立ち並ぶ主に地方都市の工業団地では全くなく、いわゆる下町にある小さな町工場が立ち並ぶ風景です。都内では大田区、大阪では東大阪の工場がメジャーだと思いますが、尾久も負けずに頑張っている感じです。
時間は朝の8時半過ぎですが人通りは少なく、歩いている人もまばらです。工場は朝早いので、この辺りの工場の人はもうみんな働いているのでしょうか?
思いがけず朝からのぶらり旅で、出勤時間は気になりましたが思わぬ旅を満喫していました。

とは言いつつも出勤時間は気になります。ほぼ10分近く歩いた頃、ようやく都電の線路が見え、右側から私が乗るべき電車がチンチンとやって来ます。
「急いでこの列車に乗ろう!」という気持ちが働いたのでしょう。走れない私が急いだ瞬間です。8カ月ぶりに見事にドカンと大転倒してしまいました!!

今までの転倒はどちらかというとゆっくりとした転倒。「あぁ~あ、転ぶぅ…」と思い、転ぶ瞬間はスローモーションのように長時間(に思える)の転倒でしたが、今回は時初めてと言っていいくらい前振りもなければスローモーションもないバタッという突然の転倒です。
右手が支えられない私のいつものパターン通り、右から倒れるのは今までと同じですが、右手足と顔をしたたか打ちつけて、眼鏡は5メートル以上も大きく飛んでしまいました。

転んだ音はよっぽど大きかったのでしょう。人通りの少ない通りの向こう側から女性が2人すぐに助けに飛んできてくれました。
この女性2人は通勤の人たちなどではなく、いわゆる「下町の近所のオバサン」。「大丈夫?」と声を掛けてくれて、飛んで行った眼鏡を取ってくれました。(これは本当に大助かり。5メートル先のメガネを取るのは、今の私にはとっても大変なので…)

何とか自力で起き上がったものの、私を見たオバサン2人から出た言葉はは「ありゃ、すごい血!」。確かに右手の肘から結構出血しており、それ以外にも急遽手をついた(かばった)左手の平・指からも出血、あちこち6か所ぐらいから出血しています。
オバサン二人はティッシュを出してくれて止血をしてくれます。
「医者いった方がいいよ!」などとアドバイスをいただきますが、正直一番被害があった右半身の神経が鈍くなってしまっているので、特に痛いという感じはありません。とりあえずオバサン二人にお礼を言って再び慎重に駅を目指して歩き始めます。

久しぶりの転倒という影響もあったのでしょうが、ショックはそれなりに大きなものがありました。特に今回は一番その被害が大きかったようで、会社についてからゆっくり見ると右足も血だらけで、神経が鈍いからか自分では気付かないものの、全身にダメージはあるのでしょう。
とりあえずその日も通常通り何とか出社して時間通り勤務し、翌日も通常通りの勤務と飲み会をこなしました。
でも、日増しに首が痛くなったり何処かしらダメージが徐々に出てきています。

やっぱり油断大敵。気をつけなけれればなりません。
もう「今年最初で最後の転倒」にしなければいけないと思っています。