麻痺からの脱却~日本二周目挑戦中!~

2010年に脳卒中で右半身麻痺に。でも、「絶対に諦めない」をモットーに現在は『日本2周目』に取り組んでいます。

「埼玉県白岡市」 明日誕生!


全10回の九州旅行記を書き終えましたが、ほぼ1か月この件だけのブログになってしまっていました。今日は久しぶりに普段のブログに戻るつもりでしたが、あまりに久しぶり過ぎて、ペースが掴めなくなっています。
でも次に旅行に行けるのはとりあえず半年~1年後… 旅行記に頼らずにちゃんと闘病記や普段の生活の記事が書けるようにしたいと思います。
でも… 本当は闘病関連をもっと書きたい気もあるのですが、症状があまり変わらないので、書くこと… 無いんですよねぇ~!

でも今日は、自分の住んでいる街のことを書こうと思います。

実は私、気付いている方もいらっしゃるかもしれませんが、「自分の住んでいる場所」の地名を出さずにブログを書いてきました。
「埼玉の田舎」で「宇都宮線」の「大宮の先」と言う場所のヒントのようなな書き方をしていましたので、ちょっと想像すれば&地図で調べれば(そんな興味のある方はいないですよね!?)場所なんかすぐにわかることではあるのですが、何となく恥ずかしいというか名乗り辛かったのも事実なのです。

でも、今日のブログから地名を出すことにしました。
理由は、今まで名乗り辛かった密かな一つの理由でもあるのですが、実は私の住んでいる自治体は"市"ではなく、埼玉県でも数少ない”町”なのです。

市とは書けないのですが、それ以外の表現でも実は人知れず気を使っていました。例えば自治体の役所は「市役所」ではなく「町役場」と言うのが正当です。なので手続きをしに行った場所については、「役所」とか「役場」とかの表現を使っていたと思います。(念のため一応ブログの検索機能を使って調べました。)

ずっと黙っていた地名を何で今更出すのか… と言うと、実は明日2012年10月1日からわが町は晴れて「市」になります。それも合併による市制への移行ではなく、合併によらない単独市制移行で、明日より市に変わるのです。
なので愛郷心もそれなりに沸いているわが街の知名度を少しでも高めたいと思い、地名を出すことに決めたわけです。

その町の名前は、今日までは「南埼玉郡白岡町」。今日までは「日本で一番人口の多い町」という誰も知らない日本一を密かに持っていた町です。
そして明日からは、埼玉県40番目の市、「埼玉県白岡市」になります。

思えば我が家が白岡に引っ越して来たのは今から16年前、当時から都内勤務で通勤は近いほうが良いとは考えていたものの、田園風景が広がる田舎に住みたいというのが希望でした。
ということで、田舎ですが駅から近く、なおかつ目の前にスーパーマーケットがあり総合病院があるという今の家を選んだのです。
でも当然のごとく「市」ではなく「町」だったのが、二人の子供には不満だったようで、引っ越し後ことあるたびに、「横浜は良かった」と言われました。(横浜でも結構田舎の方でしたが…)

でも私はそれなりに田舎で静かでのんびりした風情が結構気に入っており、買い物も車があれば全然不便は無く、おまけに高速(東北道)も近くゴルフ場にも妻の実家の仙台にもすぐ行ける今のロケーションは、娘や息子には申し訳ありませんが、結構気にいっていました。

16年前に引越した当時から、駅に設置してある白岡町の人口表示は49,000人を超えており、市になる基準人口5万人にはすぐに到達しそうな勢いでした。子供たちは横浜時代の友人や高校に入ってからの同級生に「町に住んでいる」と言うのが恥ずかしいらしく、「早く市にならないかなぁ~!」と願っていたようですが、思ったより人口増加のペースはゆっくりで、「すぐに5万人は超えて市になるでしょう!」という埼玉県庁に勤務する知人のもっともらしい予想を簡単に裏切って、思うようには人口が増えて&市になってくれませんでした。

そんなタイミングで起こったのが「平成の大合併」。12~3年程前から、市町村合併がブームになり、次々と市町村が合併してゆきました。特に市の数が43もあり「市町村、特に市の数が異常に多い埼玉県は、合併で市町村が最も減るに違いない!」と言われていましたが、言葉通り市町村合併は大ブームになり、埼玉県の新聞の地方版に合併の話題が出ない日はありませんでした。

当然ここ白岡も合併のターゲットとされ、早速合併の話題が持ち上がります。最初に合併が話題になったのは隣の人口6万5千人弱の蓮田市と(鉄道が通っていなかったので)マイナーだった隣町菖蒲町との1市2町との合併。
(因みに隣の蓮田市は、東北道の浦和から乗って最初のサービスエリアである<蓮田SA>があり、このSAは仙台時代海外旅行に行く時にバスで成田空港に向かう時には、必ず休憩するSAでもあったので、ものすごく馴染みがあった地名です。)
この約10年前の合併は本当に実現寸前でした。合併後の新市名も「彩野市(あやのし)」と言う名前に決まっていましたし、合併後の市庁舎の場所もここ白岡に決まっていました。
でも「新市庁舎の場所が白岡」というのが特に蓮田市民の反対を買ったようで、合併の是非を問う住民投票では蓮田市と菖蒲町では反対票が50%を超えたため、合併話は白紙になりました。
因みに白岡町の票はやや賛成多数。やっぱりみんな市になりたかったのでしょうか… なお、個人的にはある理由があり合併には大反対なので、この時も子供たちの「市になりたい!」という要望を無視して、反対票を投じた記憶があります。

合併話が白紙になったので、当分は他の話も起きません。合併が破談になった相手先菖蒲町は財政がひっ迫していてとにかく「どこかと合併したい!」というニーズが強かったようで、蓮田・白岡との合併が破談になるや否や久喜市にアプローチし、さっさと久喜市編入されてしまいました。

白岡の隣市といえば蓮田の他には久喜ですが、久喜は合併を繰り返してどんどん大きな市になってゆきます。菖蒲の他に北部の鷲宮や栗橋を合併して大きくなった久喜市は、人口も15万を超えており、今白岡が合併を提案すれば、間違いなく吸収合併されて久喜市の一部になってしまいます。
その他では、さいたま市(旧岩槻市)や春日部市、宮代、杉戸両町などと隣接していますが、春日部などは東武線沿線で、生活圏と言う意味でも繋がりは殆どありません。
(因みに車のナンバーで云うと、久喜は春日部ナンバーですが、白岡は大宮ナンバーです。)

数年前に、蓮田市との合併話が再燃します。今度の話は2自治体だけの合併で、新市名は「白岡蓮田市」、前回蓮田市民に白岡に新庁舎を置く案が否決された経緯を受け、「合併後の新庁舎の場所は未定」と慎重に進められました。

でも今度も白岡町が住民に「アンケート」を実施した結果、反対票が65%を超えるというちょっと例を見ないほどの圧倒的な反対多数です。この結果を受けて町長は合併協議会を脱退せざるを得なかったようです。
(因みに、私はその時も勿論反対票を投じています。)

ということで、白岡は平成の大合併でも合併先が見つからず、結局単独での行政を実施せざるを得ない状況になりました。でも数年前から駅の人口掲示板は5万人を超えており、駅周辺にはマンションも大東建託の大型アパートも徐々に増えてきました。
そして前回の国勢調査で待望の5万越えを達成し、正式に市になるステップを歩み始め、明日から市になることになった次第です。

因みに私が「町」に住んだのは40年くらい振り。前回は幼稚園の頃に住んでいた「東京都北多摩郡保谷町」(現在の西東京市)でした。退職後にはどんなところに住めるのかまだ考えていませんが、田舎志向ではあるので、関東に拘るつもりはありません。

でも埼玉県、地盤は意外としっかりしており震災にも強く、結構気に入ってもいます。
この白岡も田舎でなかなか良いところですよ!!
 
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